わが道

口羽龍

わが道

 隼人は遺品整理士だ。ここ最近、孤独死でその件数が多くなっている。自分としては嬉しいが、孤独死は多くてはいけないと思っている。


 隼人には妻と子供がいる。裕福な家庭で、ごく普通の生活を送っている。妻は専業主婦で、明るい性格だ。子供は小学生で、多くの友達がいる。


 隼人は担当する部屋にやって来た。ここの主、庄吉(しょうきち)はおととい亡くなったばかりだ。身寄りはなく、少しの近親者だけで通夜や葬儀を行ったという。とても寂しい通夜や葬儀だったという。


「今日はこの部屋か」


 隼人は扉を見ている。その先には何があるんだろう。


 隼人は扉を開けた。部屋は散乱していて、所々にはゴミが散らかっている。まるで自分の家と大違いだ。孤独死した人々の部屋にはよく入るが、こんな部屋をよく見かける。本当にここに人が住んでいたんだなと感心する。


「散らかってるなー」


 その奥に行くと、机と敷布団がある。そして、中央にはちゃぶ台がある。つい最近まで、ここに人が住んでいたんだ。どんな暮らしをしていたんだろう。寂しい日々だったんだろうか?


 と、隼人は目の前に白い紙が置かれているのが気になった。その紙は4つに折られていて、中身が見えないようになっている。


「ん? これは?」


 隼人は手に取り、紙を開いた。そこには、手書きの文字が書かれている。どうやら、遺言のようだ。


「遺言かな?」


 隼人は遺言を読み始めた。




 私の人生は後悔だらけだった。強く生き抜いたけど、叶わなかった夢がたくさんある。思えば、私の人生は間違いだらけの道だったように見える。


 私の家庭は裕福な家庭だった。何不自由ない、普通の家庭に生まれ育った。両親は、愛情たっぷりに私を育てたという。


 小学校の頃は、4年まではよかった。だが、そこからいじめを受けた。思えばそれが運命の分岐点だったなと思う。


 それからの事、私は引っ込み思案になり、コミュニケーション能力が乏しくなってしまった。


 中学校になってもそれは続き、生徒や先生に度々迷惑をかけてしまった。


 高校になると、勉強にはげみ、友達に恵まれ、いい人生だった。そして私は、東京の大学に進む事ができた。


 だが、思えばそれがまた運命の分かれ道だったなと思う。東京にやって来た私は、ただの遊び人になってしまった。大学では勉強をあまりしなかったせいで、成績が下がり、落第してしまった。先生に注意された時には、時すでに遅し、就職活動にも出遅れてしまった。


 結局、ハローワークで仕事を探す羽目になったものの、なかなか仕事が見つからない。コミュニケーション能力に乏しくて、面接が大の苦手だったからだ。


 何とか就職できたものの、コミュニケーション能力に乏しい私は命令に従う事が難しく、なかなか仕事に定着できなかった。そして入退社を繰り返した。どれだけの会社に就職し、退社したんだろう。


 就職できても、賃金は低く、車すら買う事ができなかった。そして、独身のままだった。大学の同級生はみんな、車に乗り、結婚し、裕福な家庭を築いているのに。


 65歳を迎え、年金がもらえるようになると、会社を退職する羽目になった。それからは孤独な日々ばっかりだった。裕福な家庭を築いていれば、孤独じゃなかったのに。こんな自分になったのを後悔している。だけど、過ぎ去った時間はもう戻ってこない。


 思えば私の人生は、叶えられない夢ばかりだった。でも、それは全て、自分が悪いんだ。だけど、そんな中でも、裕福な人生を送りたかったな。


 天国のお父さん、お母さん、こんな自分でごめんよ。こんな自分でも、許して。




 隼人は思わず心を打たれてしまった。こんなに寂しい人生があるのか。叶えられない夢だらけで、孤独なまま人生を終えてしまった。後悔だらけの人生だったに違いない。だけど、力強く生き抜いた。こんな人生もあるんだな。


「こんな人生もあったのか」

「どうしたんだい?」


 その横にいる康太(こうた)は隼人の表情が気になった。遺言を読んで、何を思っているんだろう。


「今、こうして豊かに生活してるのがどんなに幸せなんだろうと思って」

「どうして?」


 突然、どうしてこんな事を考えたんだろう。康太は隼人の言葉が気になった。


「この人、しっかりとした職に就けずに、車も買えずに、結婚できずに、孤独なまま死んでいったから」


 康太はそんな事を考えた事がない。ただ、平和に普通に暮らしていれば、それでいいと思っていた。だが、世界を見てみると、貧困で苦しむ人々がたくさんいる。庄吉は、まるでそんな人々のようだ。今、幸せに裕福に暮らしているのが、どれだけ幸せなのか、教えてくれる。


「そうか。でも、世界を見てみろ。多くの人が苦しんでいるんだよ」

「そういえば、そうだね。それを考えると、自分は豊かな生活を送れてるし、彼らに比べると自分は・・・」


 庄吉の人生を知って、隼人は泣きそうになった。自分がそうなら、どんなに寂しいか。どんなに辛いか。


「今の平和な日々が奇跡だと思おうよ」

「そうだね。この世界から、貧しい人々がなくなる日は、いつ来るのかな?」


 ふと、隼人は考えた。この世界中の人々が、幸せに暮らせるようになるのは、いつになるんだろう。そして、庄吉のように、孤独に死ぬ人々がこの世界からいなくなるのは、いつの事になるんだろう。


「いつだろうね。そんな未来が来るように、自分たちが何とかしないといけないよね」

「うん」


 隼人と康太は空を見上げた。空の先には海外がある。その中には、戦争のある場所もある。彼らは、豊かな日々を送っている僕らを、どんな目で見ているんだろう。そして、僕らを見て、どう思うんだろう。

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わが道 口羽龍 @ryo_kuchiba

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