主はベッドに腰かけたまま、息を凝らして図書本を読んでいる。


 ……静かだ。

 俺たちがいる所は大概、静かにするように、と言われる。

 そこが人と本をつなぐ神聖な場所だからだ。

 人と目が合う、この中には何があるのだろう、と手に取られる、温もりを感じる、そうして文字が読まれ始めた時、人とひとは一つになる。

 今の主は図書本として世界を駆け巡り、その間、図書本は自我を失う。

 この一体となっている時こそが、本にとっては至福の時間なのだ。




 主は立ち上がり、図書本を元より下の段にしまった。その後、俺を手に取り、ぱらぱらとページをめくる。閉じてから一段下に差し込み、走り去っていった。


 おい、嘘だろ。しかも、最底辺の位置取りだ。

「おや、降格してきたようだね」

 隣本りんじんがにやけ顔で言った。

「ということは、君のポストは空いたのか。次にそこへ上がるのは……俺かな?」

「どうだろうね」

 下本とは目を合わせない主義だ。

「君は何刷なんだい」

「十刷だが」

「ほお。ということは、君の方が刷数は上か。……うむ、格上と見た」

「……そうなるかな」

 当然だろ、と言いかけたが、喉元で抑えた。

「君はどこの出身だい」

「豪勢市量販店3階の絢爛けんらん書店だ」

「出も華やかだね。ということは、ますます俺より格上だ」

「悪いが、もう話しかけないでくれないかな。不愉快なんでね」

「そんなこと、言うなよ。俺は君に興味があるんだ。今度は俺のことも聞いてくれよ」

「興味無し」

「俺はな、ハイテク・ブックなんだよ」

「いや、よせって」

「時代の先をいってるんだな」

 隣本は構わず続けた。

「俺の中にはな、『QRコード』なるものが埋め込まれているんだ。これが何の役に立つかって? 実は人間界の電子何某で読み取れば、本を読まずとも内容の一部を理解できるのさ。どうだ、凄いだろ」

「はぁ」溜め息をついた。

「しかも、本などの静止したものではなく、動きのある様子を目視できる。ついに本にも自ら動く時代が来るわけだ。どうだ」

 俺は一呼吸おいてから言った。

「本が動いてしまっては、せっかくの人と本が一つとなる時間が台無しだろう」

「ふふふ、分かってないな君は」

 隣本は頭をゆっくり左右に振った。

「いずれ、皆にこの技術が使われるようになる。これからは全てにおいて電子の時代が来るんだ。なにやら人の世もそうだと言うじゃないか」

 隣本は腕組みをしてみせた。

「ということは、だ。紙は時代遅れなんだよ」

「たとえどんなに時世が変化しようとも、紙は無くならない。一時は絶滅の危機となれども、ゆくゆくはまた紙に戻っていく。そうして人と本は共生していくんだ」

 俺はまっすぐ正面を見つめていた。

 正直本当のところは分からなかった。だが、分からないからこそ、自分が信じたい未来を述べてもよいのだと思っている。叶わないことも多いだろうが、いずれは納得のいく未来が待っていると信じたい。

 思いのほか熱くなっていることに自分で驚いた。

「やっぱり君とは仲良くなれそうだ」

 冗談じゃない、と思った。













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