十刷本

神崎諒

 俺は十刷本だ。

 これは何かの異名でもなければ、たとえでもない。

 正真正銘の本なのだ。

 飛ぶように売れた俺は、たちまち重版された。今では十刷のキャリアになる。

 この棚に配属されてから、わずか二か月で今の座に就く。異例のスピード出世と言えるだろう。

 周囲からの妬みもはねのけ、この位置まできた。まだまだ上を目指すつもりだ。



 階段を駆け上がる音、あるじが帰って来た。部屋に入った主はランドセルを投げ捨て、俺の隣にひとを差し込み、走り去っていった。 


「君はどこの出身なんだね」

 新入りには、自分から声をかけるようにしている。

「はい、堀井戸ほりいど市立図書館に寄贈されて一年目になります!」

「すぐそこのか」

「はいっ」

 書店の出と図書館の出では、格が違う。悪いが、俺とは雲泥の差だ。こいつも大したやつじゃない。

「まぁ、ここの棚は窮屈だろうが、頑張りたまえ。君はラッキーだ。入ってすぐに、上から二段目に置かれたわけだからね」

「はい?」

「おっと……。おい、動くな、はじ! ただでさえガタついているんだぞ」

 端の本は申し訳なさそうに何度も頭を下げていた。

「……ったく。……どこまで話したかな。……あぁ、そう。ここではね、序列が決まっているんだよ。棚の高さで位が決まるんだ。さらに、向かって一番左端から位は上がっていく。つまり、最上段の向かって一番右端が最高位なわけさ。皆そこを目指している」

「そうなんですね……」

 新入りの目つきがけわしくなる。

「あの……俺、頑張ります、もっともっと読まれるように」

 『借りもん』の時点で大した出世は見込めないのだが、それにさえ気づけていないのだろう。

「頑張ってね」

 俺は微笑んだ。

 

 しばらく間があった。

 やがて、図書本はうつむきながら言った。


「でも……本当は悩んでるんです」

「ん?」

「俺、初めの頃は新着コーナーにいて割と人気な方だったんです。それが奥に置かれるようになってから、あんまり読まれなくなって。この春もまだ、2回しか読まれてないんです」

「ふん」俺はうなずいた。

「何ていうか、このまま何者でもなく終わっていくのかなって……。神様が新しいひとをつくってくれないと、なかなか前の本も改めて注目されないよねって、図書で相談した時は言われたんですよね」

 図書本は依然うつむいていた。

「ふん」

「結局、どこにいっても競争なんですもんね……」

「ふん。まあ、君なりに頑張れば良いさ」

 無論、あなた程度でも、という意味だ。

「はい、ありがとうございます」

 励ましと思われたようだった。

















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