3
ドアが開いた。主の母だ。いつもこれくらいの時間帯に、掃除機をかけに来る。
丁度良い。これで、しばらくはゆっくりできる。
「あら、やだ」
掃除機が棚にぶつかった衝撃と棚のぐらつきで、俺は落っこちてしまった。
掃除を済ませた主母は、部屋を出ていった。
「勘弁してくれよ……」
「おじさん、だあれ」
児童向けの隣本だ。
「何でもないですよ~」
平静を取り戻せ。自分にそう言い聞かせた。
「おじさん、なんでここに来たの」
そんなの俺が
「なんででしょうね~」
上を見ながら言った。まったく、天井のしみも相変わらずだ。
「どうして」
「さあね」
「なんで、ここにいるの」
「そんな気分だからかな」
「どうして」
「気が変わったんだ」
「なんで?」
「そういう日だったの」
「どうして?」
だんだん
「ツイてなかったんだね」
「ツイてないってなぁに」
「運がないってことだよ」
「運がないってなに」
「悪いってことだよ」
「なんで悪かったの」
なんだ、これは。もう、辞書に聞けと言いたくなる。
よく見れば、この子の名前『なぜ?どうして?大百科!』じゃないか。
かの有名な有善書房出版だ。しかも、帯に推薦文まで載ってやがる。
子どもの、なんで、なんで、には懲りごりだ。
「ねぇ、しりとりしよう?」
「しません」
「おじさんからね」
「しません」
「リンゴでもいいよ」
「……はいはい、リンゴぉ~」
気のない返事をした。
「……ゴールデンゲートハイランドこくりつこうえん」
「は~い、”ん” ついたぁ~」
ここぞとばかりに声を上げた。
「……ひっ……ひっ」
百科ちゃんの目に涙が溜まる。
やっちまった、と思った。
「うぅ~わぁ~あ」
号泣。
下の階の本からたちまち苦情が入る。
なんとかして泣き止ませねばならない。
「す、すいません、はい、泣かないよー」
「うわ~」
号泣。
あちらこちらから苦情が入る。
「すいません、すいません、はいはいごめんねー大丈夫ですよー」
「もう、いっ、かい」
「うん、もう一回しようね~」
次はちゃんと負けてあげようと思った。
「はい、リンゴ~」
「……ごーやちゃんぷる」
「る? る……ルーマニア」
「あい、てぃ、ばぶる」
「る? る……留守」
「……すこーる」
なんと、『る攻め』である。なかなかやる百科だ。
というよりも、なぜこんなに小さい子がITやら、ゴールデンゲートハイランド国立公園やら知ってるのか。
るで始まって、んで終わる言葉……。
そこで初めてしりとりが途切れた。
恐るべし、有善書房。
「えーと、る……あぁ、そう、ルパン!」
俺は、ひねり出した。
「アルセーヌ・ルパン?それとも、ルパン三世?」
「……ごめんね」
めまいがしてきた。
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