昼下がり。眠気で俺は意識が朦朧もうろうとしていた。隣本の百科ちゃんは、泣き疲れたのか、ぐっすり眠っている。俺もそろそろ昼寝といこう。



……ギィィ。


 不気味なきしみ音だった。ゆっくりドアが開いている。が、そこには誰もいない。いや、そう見えただけだ。普段の人間よりも背丈が低くて気付かなかった。

 ベイビーだ。ベイビーとは、末の弟で、生後8か月ぐらいになる赤ちゃんのことだ。ベイビーは、両手を地面に叩きつけながら、一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。

 その不穏な振動で、俺は完全に覚醒していた。

 ベイビーは書棚横に積まれているプリントの山に向かって直進する。

 振動が徐々に大きくなり、俺の表情も思わずこわばる。

 プリントの山にたどり着いたベイビーは、片手で主が丁重に取り集めておられたプリントを握りつぶすと、ぐしゃぐしゃにして宙へ投げ捨てる。次々に犠牲者が増えていく。

 プリントに乗りかかり山を崩した。これでさらに扱いやすくなったわけだ。

 手探りで一枚をたぐり寄せ、左手でそれを押さえたまま、瞬時に右手で破り切る。

 ベイビーの笑顔は狂気的だ。

 無我夢中でベイビーはプリントを破り続ける。

 見るも無惨に散ったプリントが俺だったかと思うと、背筋が凍る。

 すっかり満足げなベイビーは、今度、俺がいる書棚に目を付けた。

 先ほどよりも勢いを増して近づいて来る。

 止めろ……。お前の目ぼしいものなんてない。

 ベイビーは棚に手をかけて、大きく左右に振った。

「きゃはっ」もう誰にもベイビーを止められない。

 がたつく棚はひどく揺れた。眠っていた百科ちゃんが目を覚ます。

 

 すると、ベイビーは棚から手を離した。諦めた。かに思われた。

 次の瞬間、ベイビーは棚に体当たりした。2回、3回。

 その揺れで百科ちゃんが落ちそうになる。

 危ない。

 俺は百科ちゃんをかばおうとして、端から手を離した。その時、ベイビー渾身の一撃を喰らう。その揺れで俺は棚から落っこちた。

 ベイビーが俺に狙いを定める。ベイビーは俺の表紙を掴み、力いっぱいに引き裂こうとする。だが、簡単には破れない。何度も破こうとするが、うまくいかない。

 俺は野放しにされた。


 間一髪だ……。心臓の鼓動が喉元まできていた。止めどなく汗が噴き出る。

 ベイビーは机に向かっていた。机上には丸々ふとった花瓶、中にはたっぷりの水が入っている。

 ベイビーが机の脚に体当たりしたとき、花瓶が倒れた。どっぷり水が俺にかかる。

 ……びしょびしょだ。水に混じった花粉が目に染みる。


 ベイビーが戻って来た。

 まさか……。俺は今、水に濡れて完全にふやけている。少しでも力を加えられれば、一巻いっかんの終わりだ。二度と元には戻れない。

 ベイビーが俺の前で止まる。左手でがっちり俺の首根っこを押さえ、右手で本全体の半分を掴む。手に力がこもった。真っ二つに引き裂かれる。俺は覚悟した。


「あらら、いけませんよー」

 部屋に駆け込んだ主母がベイビーを抱き上げた。

 ベイビーが俺から手を放す。

 主母はびしょ濡れの俺を棚の最上段に置くと、ベイビーと一緒に部屋を出ていった。


 た……助かった……。

 放心状態だった。体はびしょ濡れだが、破かれるよりはましだ。

 天井のしみが、愛らしく見えた。


 

 















































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