5
しばらく何も考えられなかった。どれくらい経ったか、ようやく俺は意識を取り戻した。
上に仕切りがないおかげで、とても開放的だった。それにこの位置からなら、部屋の全てを見渡すことができる。
「これが、最上位か……」
いつもなら目線の高さが同じだったアクションフィギュアを、ここからなら見下ろせられる。どこから拾ってきたのか、気色の悪い石やらどんぐりやらもそうだった。
悪くないな。ただ、ざらつく足元が気に入らない。多分、しばらく掃除されていない。所々にほこりも目立つ。あたりの汚さに、何となく咳き込んだ。
「やあ、ごきげんよう」
左隣の本だった。というより、その本しかここにはいなかった。
「随分と濡れているねぇ。これは大変だ」
間延びした声でおじい本は言った。口元には大きなほこりが付いている。
「ゆっくり休むといい。ここは安全だからね」
「……どうも」
おじい本は窓の外を見た。
「見えるかい。窓の外に広がっているのは、青空だ。そこに乗っかっているほこり、あれを
そんなことは知っている。なにしろ、俺は十刷本だ。
「眺めていればね、
「じゃあ、あなたはずっとここにいたのですか」
「そうだよ。ただいるだけさ」
「でも、手に取られてしおりを挟まれたり、指で中をなぞられたり」
「あぁ、遠い昔だ。懐かしいなぁ。あれは
書館の頃、 図書館のことか? 少し疑問がわいてきた。
「どうやってここに来たんですか」
「何年もしてから、古書店に出たんだ。ちょうど年号が変わったぐらいに。同書の新参者は、三つも年号を刻まれていた。驚いたよ」
「あなたは、何刷されているのですか」
「昭和六十三年初版、平成十九年、八十九刷」
俺は目を見ひらいた。
「どうしてあなたほどの
「持ち主によるさ。私は親戚さんちからここへ来たからね」
八十九刷本は唾をのんだ。
「僕も、あなたのようになれますかね」
八十九刷本は空気を含ませながら、ふほっ、と言って笑った。
「私のようにはならんほうがいい。ごらんよ、これは髭じゃないよ?ただのほこりさ」
そのとき、直感した。
俺が目指していたところは、俺が目指していたところではなかったのだ。
「これまでの生涯、楽しかったですか」
「それはもう、刺激的だったよ。大変なこともたくさんあったがね。だからこそ、読まれているときは至福だった。それに女の子と一緒にふとんでおねんねしたこともあるんだよ?」
八十九刷本は、頬を赤らめた。
「君も気張りよ。何があるかなんて誰にも分からんさ」
そのまま八十九刷本は、こっちが夢だったかのように眠ってしまった。
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