第2話 炭鉱村


 「おーい、門番さんよー」

 「な、なんだ」

 怯えた声で返事をしながら、門の上に頭を出して門番が答えた、先ほどの騒ぎが気になるようだ。

 「マヤマカガシ狩ったんだー、肉いる?」

 「さ、さっきの騒ぎはそれか?」

 「大きくて食いきれないんだー、どう?」

 「ちょっと待ってくれ、すぐだから、ホントに直ぐだから」


 刀に石粉を拭いて磨き鉱物油を刺し終わったころに門が開かれて髭親父を先頭に男衆が出てきた。

 「村長の深山 斎人だ、それか?、大きい、ほんとなんだな」


 大樹が少し気を出す、彼は農村出身で人との係りに幾らか慣れている。

 軽く頭を下げて村長が続ける。

 「さっきは済まない、先月逃げられたばかりで、その、失礼を致しました」

 この大きさのマヤマカガシを飼う意味は無いので騙り衆が来たのだろう。

 「そうなんだー」


 この男は分かってない、二か月前に詐欺った村に平気で向かう男なのだ。大樹が居るので行くことは無いが。


 「宜しければ中で、旅の話などお聞かせ願えませんか?」

 「それは助かります」

 静祢が大樹に薙刀を預けて礼を言う、先に入って手伝いをするつもりだ。

 優しく礼儀正しく強く物おじせず気を配る、見た目が強いだけで欠点がない、見るだけで大樹がいつも笑顔になる人である。


 門から入った直ぐの広場に夕涼み用の長いすや酒樽に板を渡した腰かけなどが置かれ準備が始まっている。


 皆が準備を手伝っている中、未在はしばらく突っ立っていた、建設的なことが苦手なのだ、計画を立てることが下手なのだ。


 火鉢が各家から出てきてやっと肉の事に気が付いた。

 何人かの村人が大蛇を抱えて運んでいる。

 「ここでいいかい?」

 わらを敷き詰めた場所を顎で指して聞かれた、皮と毒腺付きの牙は彼らの戦利品と知っている。

 「ああいいぞー・・ん?」


 上半分を持って来ていたがマヤマカガシを睨んでいる少年が居た、さっき物資を投げてきた少年だ。


 「おい少年よ、こいつの頭やろうかー」

 びっくりして少年が未在を見る。

 「あっ!、あの、僕は、ごめんなさいっ!」

 「ん?さっきのか?、俺が負けたんだよな?」

 本当にキョトンとしている。

 「い、いえ、ほんとにごめんなさい」


 「あいつらを味方につけたのはお前だ、ちゃんとした勝負だぞ?」

 彼にとって勝負とは真剣を使うか使わないかの二種類しかないのかもしれない。


 俯いた少年の頭を横の男性がなでる。

 珍しく未在がにっこりする。

 「これで盾を作ってやる、固いぞー」


 性格が歪な青年に組が出来た理由の一つがこれである、自分が歪んでいる自覚があるのか平均から外れた物を嫌う。

 何とかしようと言う訳ではないが、それなりの行動をとる。

 今回はたぶん念を感じたのだ。


 用意が終わって宴会が始まる、村には四十人ほど人がいるが、蛇だけで三百キロ近くある、焼いて、揚げて炒めて騒ぐ。

 「久しぶりの美味い酒だぁ」

 「やっといなくなったぞー」

 「山菜だ、畑もどうなったか・・」

 「今は飲め、肉もたっぷりだあ」

 「買出しに行くぞー、明日っ」

 「見回り組、来るようにならんかなぁ」

 完全に魔物を排除した区域は討伐組合から見回り隊が派遣される、環境保全が目的だが当然それには人間も入る。

 この辺りはまだ魔物がいるので無理だろう。


 未在が少し酔った風に立ち上がり自分の背負い袋を開ける、取り出したのは牙オオカミの肉、魔物は格段に旨くなるので高級品だ。

 先ほどの少年の前に行き、竹の皮に包んだ肉を突き出す。


 「やる」

 「あ、あの、僕」

 「すみません、こんな高級な肉はその、いただけません」


 横でかしこまる中年の男を無視して肉を突き出す。

 気を抜くと言葉が単語になって、岬に怒られるのを思い出したのか、つばを一度飲み込んで話す。

 「食べてない、食べれないんだー、違う?」


 少年が驚いた顔をして、目を潤ませて、こぶしを握る。

 少年の横で中年の男もじっと何処かを見ている。

 男の膝に肉を置いて未在は席に戻った。


 未在達は野菜をありがたがって食べている、彼らにとって肉は毎日食べる当たり前の食事、野菜こそ贅沢品なのだ。

 「みかんだぁ、トマトだぁぁ、いもだあぁぁ」

 何時も酒が優先される事が多いので章がとても上機嫌だ。

 大樹はそれ以上にご飯を食って感涙してるが。


 「未在さん、これ、これもいきますよ、どうです?」

 「村長さん良いんですかー。ほら、奥さん」

 村長の家から色白の都やかな腕をゆっくり振る女性が出てきていた。


 後ろをチラ見して、見るからに体温が下がった村長が、子樽を脇に隠して日和ってきた。


 「きも、そうだ肝を貰えませんか、それが有れば大丈夫です、たぶん」

 「いいですよ、日持ちしませんしねー」


 貰った肝を竹皮に乗せて後ろを向くと奥さんがにこりとして帰っていく。


 「わ、っわ、私は一杯で、ええ後一杯頂いて、これを食して、整えないと、はい」

 「村長ー、頑張れぇ」

 「あんたもだよ」

 「ひえっ」


 未在が思い出して尋ねる。

 「伊我村ってどっちー」

 「違うでしょっ、まいまいむらぁ」

 「やまだむあだぁ」

 「今今村だよまったく」

 酔っていない章までが可笑しくなっている。


 「はあ、山麻衣村ですか?」

 「そう、そういってるぅ」

 大樹が嘘を言ってるが、村長は凄い人かもしれない。


 「ええと、門を出て右に行くと大岩が出てきますのでそこを・」

 「むき、方向でいいからー」

 「酔ってませーん」

 「今は山中いまわーだれ?」

 「だれが好きな静祢ちゃーん、裾、裾が乱れてるから、ほら皆も見るなぁ」

 むっちり太腿は実は需要が有ったりする。


 「だれか山麻衣村の方向知ってるかーとか、あ、啓介、彼奴、狼煙見たって言ってたような」

 「なぁんですかー村長うぅ」

 「煙見たって言ってたよなぁ、お前だっけ?」

 「アノくそどもが来る前のですかー」

 「おお、そんな前か、んーまあどっちだった?」

 「ありゃぁ千笠村だなこっから見ると一本松だぁ」

 「だそうだな、あははははは」


 酒は回るが酔いはしない未在がふわふわした思考で何かが違うと考えたとき、前に少年が歩いてきた、見ていると左手を前に出した。

 「千笠村」

 右手を出した。

 「山麻衣村」

 こぶし四つ位右だ、未在はある村で教わった敬礼をしてみた。

 「千笠村から連絡来ない気を付けて」

 耳を赤くして少年が走っていく、まだ大人に混じるのが恥ずかしいのかもしれない。

 背負い袋から紙を出して焚火から炭を取り出す。さっき沈んだ太陽と此処と今聞いた一本松を書き込む。後は朝になったら山を書き込んで完了だ。


 岬たちが熊皮にくるまって寝ている、家の空きが有ると言われたが雲もないし空気が止まっているより風がある方がいいと岬が言って外で寝ることになった。


 未在が一度剥いだ鱗皮を戻している、皮を燻って防腐処理したのだ、マヤマカガシの上頭蓋骨には穴が開き紐を通してある。

 鼻の部分が固いので殴ることもできる。

 下顎は皮を燻して裏返しに手を入れる穴をあけるだけで沢山の牙がある丈夫な皮の盾になる。

 上あごに有った牙は投げ矢になるので確保していた。


 近くに大きな火鉢が二つまだ火が付いている。炭鉱村であるここ佐山村は石炭を売りに行けずに困っていたらしい。

 魔物は野性より能力が落ちる、人を襲うことに特化するせいだ。

 大ましらなんかはサルなのに殆ど木に登らない、蛇も同じで大きくなりすぎたせいか殆ど地面にいる。

 村の囲いは意外に効果があって籠城も出来る。


 「終わったなら寝ろよぉ」

 大樹が目を開け切らずに言う。

 短眠属性の未在はまだ大丈夫なのだが必要のない時に逆らったりしない。


 自分の熊皮に入って汗の匂いに気が付いたが寝ろと言われたので目をつむったようだ。


 朝一番に目を覚ました未在が井戸で体を拭いている。

 村の女たちが新鮮な男を遠目で見ている。

 起きぬけてきた岬が視線に気付いて立ちふさがる。

 「チッ!」

 明らかに岬に聞こえるように舌打ちした娘がいた。

 「なんだー」

 「背中拭こう」

 「そうか」

 「また」

 「岬が先に言った~」


 びりびり、どすどす、きいぃぃぃ、バシバシ。

 二人が井戸小屋の影に行って拭き合っている間に聞こえた音だ。

 この後に大樹と静祢が、最後に静祢が手伝って章が水浴びをした。


 少年に盾を渡して首筋に青い痣を作った村長に挨拶をしながら出発の準備をする。薄っすらと靄が有るが空は青かった。


 南東に富士山が低く薄く見え、魔王城があった森の端が少し見える、人間の北の防壁と言える場所。

 組合から与えられたその丘の上に道場がポツンとある、辺り一帯が与えられたもので誰にも会わずに過ごすことも出来そうだ。


 長い髪を一つ結びのお下げにした女性が鼻歌を歌いながら洗い物をしている、当番制だが男連中は荒いし下手で見てられないせいで彼女が食事当番をする事が多い。


 一通り水を切って盥の方を見ると男三人で洗濯をしている、毎日の稽古着など厚手の服がすぐ溜まる。


 今年二十二歳になる光城 香こうじょうかおりが何かに気付いて後ろを見た。

 遠くの空に小さい影を見つけると一度家に入り直ぐに出てきた、手にはおむすびとちくわを持っている。


 「久しぶりー、吹雪ー」

 キュアー。

 声帯が少し弱いのか声が高いのでオスと知っているのに吹雪と呼んで白ガラスを手に乗せる。

 すぐに右胸の血に気付き治療布の魔法かける。回復の範囲魔法だがこれ以下の魔法を彼女は使えない。

 機嫌よく竹輪をついばむ姿には痛みは無いようだ。


 「おおっ、吹雪じゃねえか」

 神代 一樹かみしろいっきが表情を崩して手を拭きながら声をかけてきた。

 「あっもう。」

 キャァアー。

 白い羽を羽ばたかせて飛んでいく白カラスに呆れた視線を送る香。


 「久しぶりだなー、皆も落ち着いたのか?」

 彼の言う皆とは顔も知らない人々の事。

 「・あれ血?、禁魔獣にでも会ったか?」

 魔力を操る吹雪を並みの生物に傷は付けれないから出た名前。

 稀にある自然生物と魔獣の混血体を禁魔獣と呼ぶ、エサに魔素体をよく選ぶので魔虫退治に小型を随分作ったらしい。

 キ、アー。

 そうだと言わんばかりの声を上げて肩に停まって頭を擦り付ける。


 「あれ、吹雪がいる?」

 唯一の二十歳前の岩井 昭いわいあきらが目を決めて近寄ってくる。

 キアー、アー、アー。

 緊張したように一樹の周りをうろちょろしだす。


 「やめろよ、疲れんてんだぞ。大丈夫だこっちで水浴びろよ」

 大きな体の大賀氏 侑次郎が桶の前で手招きする。

 キアー。

 バシャバシャ。


 「血もとれたかい?」

 「んー、無いぞ」

 「あっ、文、文、足から取って、早く、読めなくなるからっ」

 香りが焦ったせいで慌てた一樹に小柄な昭が過剰反応して吹雪に緊張が走る。


 盥をひっくり返して追いかけっこが始まった。勇者二十一人その生き残りの四人である。

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