第7話 複製と討伐の真実

 夕焼けが村に届くころに九人は村に帰ってきた、魔力を回復しながら火が燃え広がらないか周りを巡回したり必要なら木々の伐採もした。

 疲れきっているが今しなければならないことがある。


 村の真ん中にある広場で村長と日真理さんに迎えられた。

 「終わりましたか、そうですか、いや此処まで熱風が届きましたよ、凄いですなあ。」

 「勇者様もお人が悪いですわ、応援を迎えるなら仰ってください」


 未来と一樹がどうした物かと頭を掻く、お互いが何を話したか知らないのだ。日真理さんの言い方もどうとでも取れる。

 一応の報告を先にする、魔王が捨てた実験体か隠していた生物兵器が独自進化したのか魔人、魔物を四十体以上集めた奴がいたと。


 「それはまた、何という、いや正に勇者様ですな、ははははは」

 「はい、とても素敵です」

 日真理さんが筋肉だるまを眩しそうに見ている、どうしたか侑次郎の目が泳いでいる、強めの外見が好みなのかもしれない。


 「背中が冷たいんですがー」

 背負い袋に氷を入れている章子がジト目で呟く。

 昭がいけないと背負い袋を持ち上げてやる。

 「ありがと」

 章子が小さく呟いてチラ見する。


 独自空気に触れまいと香が聞いた。

 「それで、どのお宅の子供か分かりました?」

 「はい、はい、そこの段の上の家で甚田って奴です、さよちゃんを使いにでも出しますか?」

 「見つかってないのか?、ならそうしてくれ」

 一樹が気が抜けて驚いた顔でそう言った。


 山に半分日が沈むまでおむすびを貰ったり体を拭いたり皆旧知の間柄のように過ごした。


 「おねーちゃんはー」

 「疲れたのよ、あんたがあんな所迄連れて行くから、はい、醤油持って、ちゃんと夕飯のお礼言うんだよ」

 「はーい」

 「お風呂も貰っといでー」

 「はーいぃ」


 家の裏から未来たちが旦那の甚田と出てきた。

 「親戚の重太の家で好物の煮っころがしを貰えるって出しました」

 奥さんの楓さんが後ろを向いて説明する。


 村に帰ってきたさよちゃんを見て夫婦で駆け寄ったそうだ、兎に角と急いで千切れた右手を甚田が優しく受け取ったのが抱き上げたように見えたらしくしきりに姉の事を聞いてくる。

 姉のゆかは少し病弱だったので疲れているで通しているらしい。


 幸い家好きの甚田家は部屋が三つあり小さい部屋の床下に油紙で包んだ手を隠しておけた。この季節の床下は冬の気温に近い。

 村長の助言だが甚太は信じていない、と自分では思っている。

 他人が見ればそうは思えない。明らかに心の支えになっている。


 「それでは確認します」

 戸板に子供の右手と心臓と左手首を並べた前で香が言う。

 「まず本人ではありません、これが一番大事です」

 「はい」

 「うっはぃ」

 甚田の方が声が小さい。

 「それでも幾らかの奇跡が有りました」

 香が戸板を見て言う。

 「その人の根幹を支える心臓は様々な心の動きを記憶します」

 「はい」

 「左手は情景を」

 「はい」

 「右手は決めてください、最後の思いのカギが記憶されます」

 「「・・・・」」


 先ほど聞いた分かる限りの情報をまとめると、最後の時、はらわたを食われながら悲鳴も上げず震えもせず優しい声でさよちゃんと約束して背中を押したことになる。


 どれほどの激情が詰まっているか分からない右手。


 「使って下い」

 「母さん・・」

 「それがゆかなんです!、一滴も逃したくありません」


 「承りました、最後に二つ、寿命は五年ほど縮みます」

 「「はい」」

 「酷ですが最後に彼女の身柄は私たちが預かります」

 「えっ」

 「連れて行くという意味ではありません、死ぬ直前の記憶がどれほどの物かわからないのです」

 「俺達でも抑えきれない時が有るんだ」

 侑次郎に言われて夫妻は頷くしか無かった。


 「では、さゆりさんお願いします」

 「はい姉さま」

 「え、あぁ、かおりとさゆりですか、いいですね」

 「はいっ」

 あいつ、あのおんな、を聞いていた未来が凄いもんだと頷いている。


 「それでは先ほどのように手当てを」

 集中しているせいか言葉が固い。

 「はい」

 一度気を失うほど魔力を枯渇させたので未だ半分ほどしかない、けれど細胞が限界に近くこれ以上は待てなかった。

 「男性は外に」

 章子に言われて、薄く光り出した二人を目の隅で確認しながら未来達は外に出る。

 「あれ?なんで」

 未来は実は覗きの常習犯である、後先考えずに見たいから見に行く、大樹が気付いて大抵は止めるが偶に被害が出る、その人が口角を上げる。

 「見張ですよ?」

 静祢さんが薙刀をもって一緒にいる。


 「始まりましたか」

 村長と日真理さんが七輪とどびんと籠をもって上ってきた。

 重そうなものを未来と大・・侑次郎が運んでくる。大樹が手をにぎにぎしている。


 七輪にヤカンを載せる、温めてはあるようだ。

 お酒はさすがに駄目だろうと急須と湯飲みが籠に入っていた、もう一つ籠が入っている。

 「野菜の天ぷらです塩を振ると美味しいですよ」

 「そうですか日真理さんは気が利く方だなあ」

 おい、侑次郎本気か、正気かと視線が来るが高笑いして気付かないふりをしている。


 「そう言えば勇者様のお話は噂ばかりですな、実際を伺ってもいいもんでしょうか?」

 「あんまり細かいことは勘弁してくださいよ、沢山の方が亡くなっているので」

 一樹が答える、実際沢山の人の援助や命で成功した討伐で無下には出来ない。


 「はい、気を付けます。まず二十人とは本当ですか?」

 お茶を継ぎながら村長が聞く。

 夕涼み用の長椅子に座った侑次郎が答える。

 「うちの修練所からは六人、北から五人、南は組が分からないが十人だったな」

 「二十一人ですかそれで国を落とすような決戦を討ち勝ったんですな、凄いことです」


 「ああ、そんな事に成ってんのか、みんなの反応が可笑しいとは思ってたけど」

 昭が葉っぱの天ぷらを美味そうに食べながら言う。

 「違うのですか」


 「ああ根本から違う、二百人は超えてたぞ」

 「???」

 侑次郎の答えに横に座った日真理が首を傾げる。それを見た侑次郎が慌てて続ける。

 「いやあれだ、日本中から腕達者を呼ぶわけだからみんな旅をするわけだ」


 一樹が続ける。

 「俺達も遠回りしながら合流地点につくまで旅をしてさいろんな人に会うよな」

 「魔熊から助けた商人、大野猪から守った村、攫われた姫を助けた城の人」

 昭が言いながらお茶を飲む。

 「俺らが夜中に集結場所に着いたら無数の影が蠢いてるのよ」


 侑次郎がジャガイモの天ぷらを目を剥いて食べながら言う。

 「みーんなそいつらだったわけ」

 「おおお、素晴らしい、それで最後は、魔王はどうしたのですか?」

 未来も大樹も息をのんで聞き耳を立てる。


 「知らないんだ」

 一樹が呟くのを皆理解できなかった。

 「えーと、あの、ごめんなさい、なぜそんなことに?」

 静祢が精いっぱいの質問をする。


 「俺達はさー、必死だったんだ」

 「ええ、それで討伐できたんですよね?」

 一樹と静祢の会話の齟齬に気付いた侑次郎が言う。

 「違う違う、俺達が必死だったのはあいつらを守る方だよ」

 「はい?」

 何をどう守るのかわからない顔で村長が言う。


 「あいつらは金も名誉も関係なく集ってくれてるのにさ」

 「俺達の前に出ようと必死になるのさ」

 「最後に泊まった宿屋の父娘を見つけたときは何かを呪いたくなったよ」

 一樹、侑次郎、昭が順番に言う。

 未来の目が空を見る。


 「集合場所でさ俺達を見るだろ、そんで一歩進むと」

 「あいつら一歩魔王城に動くのさ、ざざって」

 「二歩進んだらざざざざって具合。」

 「最後は追いかけっこだよ、俺の足引っ掛けた奴もいたぞ」


 「俺達はさ、生きて帰れるなんて思ってなくてさ、魔物を地面に縫い付けて地魔行路で魔王城と往復して最後の数人で情報を持ち帰る、筈だったんだ」


 「出来なくなったし仕切り直しも無理な空気だった。」

 一樹が俯いて言葉を区切りながら呟いた。

 だが実際には、この作戦どうりにすると全滅していたはずだ、魔王城の床は全て魔力を通さない石を敷き詰めていて、空いた場所には魔人を何体も置いていた。


 何かを思い出した様に侑次郎が言う。

 「もうさ、ホント勘弁してください状態で、火炎爆で吹き飛ばして氷山で橋作って流水刃で防壁切り刻んで、氷河ぶっ放した奴もいた」

 「それでも止まらないんだあいつら」

 「香が上乗結界だけで他に何もできない状態でさ、手や刀があいつらの前にやっと出る状態でさ」

 「正直城に入ってからあいつ等しか見ていなかった」

 「まあ、やり切ったけどね」

 昭の言葉どうり応援隊には死人が出なかった。


 未来の吐く息だけが聞こえた。

 成程魔王から見たら防げない魔法二百発が縦横無尽に暴れ狂っていた訳だ。


 この時怖い顔をした大人たちを恐れて、さよちゃんが裏口に向かったのに気付く人はいなかった。

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