第3話 山麻衣村と千笠村


 爽やかな風が流れて僅かに竹の葉擦れの音がする林の中。

 地面に波紋が出来てその中心から頭部が出てくる、肩、胸、腰と幅広の刀を携えて。

 未在が刀を振って気を飛ばす、鼻を使って獲物を探っていた大野猪が大きく反応した。飛び上がり、気の飛んできた方に頭を向ける。

 空中で体を反転させて未在を睨みつけ着地する。体も牙も大きく体毛が鎧のようになっている猪。

 罠に掛けたり出来なければ犠牲覚悟の討伐に普通はなる相手だ。


 罠の代わりに奇襲を掛けることにした、章の魔力感知と岬の魔力同士を繋ぎ地龍の力を借りて移動する地魔行路を使ったのだ。


 大野猪が向かってきたのを見て未在も迎え撃つと駆けだした、一瞬躊躇して速度を落とす大野猪。魔物は知能が少し上がっても野生の思考の方が強い、相手の出方を伺ったのを見逃さない。

 「炎弾!」

 左わき腹に異常な痛みを感じて右に転がって小さな脳が理解しようとする。

 当然右にもいる。

 「つええええぃ」

 転がっても腹部を見せまいとエビぞって足を戻そうとするが胸に異物が入る感覚がして絶望する。

 「ぬうんっ」

 薙刀で縫い留めたと同時に鉈刀が首に入った。

 岬が章と手を放す、地魔行路は範囲魔法で一人づつ移動させるのは少し疲れる。今回章が見つけたのは半里ほど離れていたので余計にだ。


 血抜きをしながら岬が呟く。

 「森じゃ無ければ炎塊でも火炎爆でも打てるのに」

 氷雪系が雹花止まりなのを気にしているのかもしれない。


 未在が一気に腹を裂く、太ももを裂く、脇を裂く、肋骨を砕いて心臓を切り裂く、ある程度血を出すと静祢が寄っていく。

 「水練」

 心臓に手を当てて呟くと腋や足、首から濁った水が出てきた。

 内臓や血管を取り、袋状にして木に吊るし今度は水で満たしてしばらく置く。

 頭と消化器官と心臓は埋める、手間が掛かったり癖が有ったりするからだ。

 魔物の皮は武器、防具にしか使えない、どうするか協議の結果詐欺る村への手土産になった。


 今の状況で組合に行けば今年分の討伐量が達成されるのだが、三日分程戻らないといけない。

 雨の月が過ぎると急に暑くなる、それまでに出来るだけ北に行きたかったようだ。


 肉だけでも五人でやっと持てる重さになる、食って減らすことにした。


 炭鉱村から山麻衣村に行くには間に山がある、高さが有るので邪魔だ、南西に除けると千笠村なので北東に除けて行くことにした。


 竹で櫓を組んで上になめした皮を置く、煙を閉じ込めて皮を燻しながら燻製をつくる。

 下で焚火をして上に作った棚に内臓と肉を載せて覆うように皮をかぶして燻す。


 下で串に刺した肉を焼いている間に大樹と静祢と章がさらに竹がいると取りに行った。


 未在の横に座っていた岬がもたれかかった。今まで求められたのは四回。


 彼女は巨大な魔力が認められ貧しい農家から移された。初代勇者に推薦されたが次代に回された。

 魔王が倒されて修練場が解体された時話も聞かずに家に帰った。

 家どころか村もなくなっていた。


 狩場さえ守れば魔法で狩りをして食うことは出来たがそんな日常についてくる人はいなかった。

 修練場と同じで魔力がありすぎて不快に感じるらしく人が寄ってこないのもあった。

 一人で飯場に来て酒を頼んだ時に未在に声をかけられた、あまり動かない顔が少し怖かったが大樹と静祢が覆い隠すように横にいた。

 おまけに小さい頬かむりが静祢の横にいた。当時十二歳の章だ。

 「かわいい」

 思わずつぶやくと俯いた耳が赤かった。


 話を聞くと未在は修練所の二世らしい、誰の子かもわからないいつの間にかいた赤子、修練場で戦うこと以外何もできない人。

 次の討伐隊が有ったら多分一緒だっただろう人達。


 声をかけた理由を聞くと昨日ここに来た時から未在が私をちょくちょく見ていたという、魔力のせいかもしれない。

 山賀夫婦が言うにはあんな未在を見たことが無かったそうで声をかける様に進めたと、笑われた。


 しばらく一緒に組むことになって、結局口説かれた。


 一緒に旅をしていると偶に皆いなくなる、察したが何も起こらず自信が無くなったころに未在に匂いをかがれた。


 子犬のようにあちこち鼻で弄られて気が付いた、知らないんだ、今の自分が何を求めているのか分からないんだと。

 生まれて初めて人を愛おしいと思って自分から手を取った。

 経験はないが幾らかの知識がある、生まれて初めてが導くことになった。


 それから三度求められて三か月ほど放置されるを繰り返している、私もだが山賀夫人も兆候がない。


 安心するような落胆するようなとは静祢さんと同意見だった。


 炎に照らされた未在を見る、あの時口説いてきた人だ雰囲気も変わらない、今は熟練夫婦のように私に全幅の信頼を寄せてくれる。

 それが逆に気になってはいる、今日はその気が無かったみたいだと少し落胆していた。


 「焼けたかぁ」

 見えない位置から声がする。

 「焼けてるよー」


 返事をするとずるずると竹を引きずって山賀夫婦が帰ってきた、章のお陰だろう器用に纏めてある。

 長さからして引き舟にするつもりか。


 章も手拭いにいっぱい、赤いヤマモモを入れて戻ってきた。

 「どうだった?」 

 「見てきたよ、天辺に岩がある山に向かうと後一刻ちょっと」

 山に登って位置確認をしてきたみたいだ。身が軽く早さに頼れる体力もあるのでちょっとした山登りも簡単にこなす。


 「美味しそうー」

 「肉だけだと偶にもたれるからなぁ」

 「章ちゃーん」

 大分前に一回だけ乗ったらいまだにからかって岬が手を広げる。少しほほを染めながらも苦い顔をして屈む。

 「流石に十四だし」

 そう言って焼けた肉串に手を伸ばした。

 岬がその様子を見て竹があるならまだ取れるかなあとぼんやり考えた。


 竹の引き舟を引きずりながらも空が茜色に染まり切る前に山麻衣村に着くと、いつものように大樹が声をかける。


 「手紙を貰って、きたぞぉ」

 たいした囲いは無いが門番は二人いる、声をかけると一人が走っていった。


 暫くすると初老の男と若い娘が歩いてきた。

 門番が元気に報告する。


 「村長、これ見てください、大野猪の毛皮っ、さっき倒したって、肉と、にく!」

 「おおっ、こんな大物を四人で・・五人?」


 瞬時に理解した大樹が静祢に合図を送る。

 「わたしが押しかけたのよ、いいでしょ?」

 「は、ははは、そうですか、めでたいですな。私が村長の山路 出馬です、こっちが長女の日真理です」

 大人しいが芯の強そうな目を伏せてお辞儀をする娘を見て岬が提案する。

 「いくらか話も詰めたいし肉もある、飯をいいかい?」

 姉御口調で普通に話すので章に背中を小突かれた。

 「て、あ、さっき皆で話してましてどうでしょう?」

 竹の引き舟を見て村長が破顔する。


 ここに来るまでにニンジン、ジャガイモ、エンドウの畑を見ている、タケノコを取ってきてよかった物々交換できるかなと話していたが引き舟のタケノコにただならぬ視線を向けている。


 「これは素晴らしいですね、あそこの大野猪でしたか、うれしいです」

 日真理さんがニコニコして言う。


 今年は食せないと諦めていたようだ、この集団はホントに運がいい。


 夕焼けが翳った頃に村長の家で宴会が始まった。

 ここには二百人ほどの村人がいる、土地から見ると少し多い。


 「何か遠慮してる人がいますねー」

 真っすぐな未在に当たり前のように村長が答える。

 「千笠村の人達ですよ、三十人ほどしか来ていませんが」

 少し下を見て杯を置いたので大樹が聞く。


 「順番を間違えないように説明願えますかぁ」

 「そうですね私達では分からないことばかりで」


 村長の話自体は割と分かりやすかった。

 千笠村は一時魔王軍の拠点になった場所で魔王が討伐されてすぐに討伐組に徹底掃討されて村が出来た場所。

 最も安全と言われていたが去年の夏、野菜が殆ど取れなかった。


 秋頃から木々も枯れ始め誰も村に訪問しても来ない。


 新年の挨拶を兼ねて送書鳥を送ったと、記した文に書いてあった。

 その後に音沙汰がないので心配していたが二月後に来た送書鳥には四度、人を送ったと書いてあった。

 文ではなく人を送るのは礼儀が必要な時、救援願いのためだ。


 自分達もだが千笠村も武闘派だ、でなければここでは暮らせない、それでも心配になった。


 出馬村長が去年食料を出したことも有って確認に人を出したが誰も帰らなかった。

 取り合えず状況を伝えようと文を書き鳩の足につける。


 送書鳥を出すと二日後に彼らがなだれ込むように逃げ込んできた。


 千笠村の住人八十三名全員で村を出るときは大字峠にある湿原の周りの野イチゴを取っていこうなどと軽い出発だったそうだ。


 千笠村の村長以下十四名が先発になって半里ほど先を歩きその後ろに三十人づつの計三班に分かれて移動したが村長の合図の太鼓が鳴り悲鳴が聞こえて、初めて恐怖の感情が芽生え、逃げまどってどうにか山麻衣村に着いたのは一班だけだった。


 その後三日たったが誰も来ず以前町に行ったときに聞いた勇者専用の白カラスを呼ぶ魔術を使ったと。

 丸一昼夜占いババと巫女十名が一心に名前を呼びやっと現れた白カラスはとても神秘的だったそうだ。


 実際は便利使いに組合が躾けた白ガラス、吹雪の使い方が裏に流れただけだが。


 酒が回り始めたころに未在と大樹が厠にと連れ立って外に出た。


 「逃げの一手だなぁ」

 「そうか」

 「全養成所1.2.3.4位のそろい踏みだぞぉ、この頃合いで顔を覚えられたくない」

 「朝一で出るか?」

 「夜は・・だめだなぁ」


 さっきの話が本当なら十体は屯している、大字峠まで二里ほどしかない、あまりに分が悪い。


 村長に見せ金を要求すると酔いも手伝って八両をだした。


 ここで振舞った肉だけでも三両になるが売れる村や町に腐る前に着くか分からないし、新しい肉が必ず増える、疲れるのでその都度処分を考える。

 どこか心の芯が楽しい集まりだ。

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