第4話 強襲


 「おい、起きろー」

 空がわずかに白みだした早朝、爆睡している面々を未在が起こして回る。

 村長の家は開け放たれていて沢山の村人がごろ寝している、三十人も増えれば当然だが未在は上機嫌で起こし役をしている。

 未在の声に一早く反応した岬が珍しいものを見たと得した気分になっている。


 鳥たちの声が大きくなるころに歩き始めた、その時に一行の横を慌てた女性が過ぎて、広場を見まわして愚痴る。

 「父さんが熱出したのにあの子たちはもうっ!!」


 ・・・五人全員が同じことを考えた。



 一番前を陽気に体を揺らして岬が歩いている、その後ろを未在が大樹が静祢が章が付いていく。

 思いは同じ少しでも持って帰る。

 今行かないと可能性もなくなる。


 三本の刀を持って器用に立札の所で岬が立ち止まり、振り向いた。

 強張るような、はにかむ様な寂しい笑顔、未在が初めて見たときの彼女の笑顔だった。

 「岬、言わないといけない事がある」

 未在も三本の刀を持っている。

 「ん?」

 未在に言われて聞こうと態度で示し目を伏せる。

 「俺の師匠は三人いる、一人は剣術の一人は体術の」

 岬は気落ちした顔をしたが未在の性格から軽い話ではないはずと目を見る。

 「もう一人が求道術の先生なんだ」


 山賀夫妻も知らなかったがさもありなんと眉を顰める。章は状況の変化に興味があるようで刀二本を抱えてジッと見ている。

 求道術とは人の心を解く学問だ。子供の頃の彼を見れば誰もが教えたくなるだろう。


 岬はだからと、首をかしげる。


 「師匠に女に使うなら絶対知られるな、と言われた話術が有ったんだ」

 岬の手が後ろに回る。

 「待てばかっ、ないだろっ、分かるだろうっ!」

 岬の目が座ったのを見て大樹が慌てる。

 章がいつの間にか岬に抱き着いている。


 岬の胸元で深呼吸をして一言をゆっくり話す。

 「そんなに好きなんだ」

 章に言われてすぐに納得した、こんなに激昂したのはいつ以来か、無いかもしれないと。

 一度深呼吸をして立札にもたれた。

 「どんな?」

 静祢が心配そうに未在を見る。

 「一度質問したら三度は掘り下げろ」

 大樹と静祢は思わずため息を吐いた、どこかで見たような気がする。未在にとって計算は罪なのかもしれない。

 章はキョトンとしているが岬は目を見張っている。


 「あ、あの時の。」

 「そう」

 「なぜ一人なの。なぜ一人が好きなの。ほっとけないんだ、何でもいいから話して。ってあ、あの時!」

 それは大切な思い出であったのだろう慟哭の響きが声に乗っていた。

 大樹と章が小首をかしげるが静祢は何か感じたようだ。


 「あなたが時間をかけたのをすぐに終わらせただけよ、信頼を得る一番簡単な方法。」

 静祢がチラッと大樹を見た後、岬を指差し微笑んで言う。

 「私・をわかってくれる人を演出したの」


 岬の目が泳いでいる、判断に困っている、感情が渦を巻いて捻じれる、吐き気がして下を向いたときに立札の文字が見えた。


 何かに耐えるようにじっとして、やがてユックリ空気を吸いながら上を向いてのけぞる。


 未在はただ見つめている。

 大樹と章は心配そうに見ている。

 静祢が峠を越えたとにこやかになる。


 立札を右手で持って全て飲み込んでやったと、大きく口を開いた。

 「それをここで言うあんたが好きなのさ!!」

 大字峠の立札が少し揺れる。



 一里は無理でも魔力探知に優れる章が直ぐに魔物たちを把握したが自分たちの目的はそれじゃないと遠距離爆撃はしない。

 「魔力はあそこだけ、信じられないくらい集まってる」


 刀を支給までしてくれた村長の顔が浮かんだ、未在は珍しく罪悪感を感じているがそれが、なにかは分かっていないようだ。

 胸中を押し出すように目を細めて集中する、状況を把握するには見なければならない。


 章も魔力感知で見ると湿地帯のあちこちに体を沈めた魔物がいる。多種多様な大型魔物が二十体位、そのさらに下にも何かいる。


 湿地帯は平面で隠れるのが難しい。仕方なく少し離れた土山にあるとちの木に未在は登っている。


 魔物たちは温泉にでもつかるようにジッとしている、こんな様子は誰も見たことが無い、なるほど見つけたら食われてしまうわけだ。

 大飛石龍、大ましら、牙オオカミ、魔熊、小さいが厄介な鼠魔もいる、大野猪が居ないのがせめてもの救いだ。


 何とか二つ見つけた、一つはこちらから見て湿地帯の入り口だがもう一つは真ん中にある。

 正面勝負しかないか、それとも大きい方を諦めるか。


 「不確定な要素もあるが現状では無理ではないなー」

 章が背負い袋から中身を放り出して空にする、構える武器は三折帯、職人が使う三つ折り定規のような鉄の板、動きが決まるほど威力が安定して複雑なほど最大効果が上がるのが武器、刀も人体を組み込めなければ只の刃物だ。


 髪をまとめていた色紐を外して答える岬。

 大樹が三本ずつ纏めた刀を見せる。

 静祢が襷をかけて薙刀の鞘を取る。

 未在が岬に微笑んだ。


 薄く靄のかかったしじまの中、動かない魔物の間の暗い水たまりが揺れた。

 波紋が広がった中心から束ねた刀が飛び出る、上がった先でばらけて散らばる、次々と計九本。


 さらに広がった波紋から五つの影が湧き同じ向きに走る。一番大きな魔熊に向かって。

 動き始めた魔物たちであったが目覚めが遅いような動きをする。

 「雹花!」

 「いえええっ!」

 一瞬脳を止められてさらに鈍くなった魔熊の目に薙刀が刺さる。

 「ぐっ」

 次の反応を起こさせないと鉈刀が静祢を襲う。

 「はっ!!」

 静祢が薙刀の下に屈む。

 「おおうっ」

 鉈刀の背が薙刀を打ち、脳を穿って後頭部から刃が飛び出した。

 章が下を凝視して周りに湧き上がる中型犬くらいの鼠魔を蹴散らしながら何かを探している。

 「じゃまぁ!」

 盗賊職の感に任せてたまに来る小さめのマヤマカガシも魔力を乗せて叩き飛ばしながら探す。


 未在は横から来た大ましらの両手を交わして顔の前に出た、大きな牙を見せて吠えたときに猿は岬の姿を見つける。

 「炎塊!」

 小さな溶岩が顔面に当たり、意識を無くした大ましらを左袈裟に切り付けるとずるりと上体が落ちた。

 魔物の体躯は魔力で固まる、意識を無くせば大きな猿だ。


 鼠魔が沢山出てきた。大蛇、青魔大将を切り飛ばした山賀夫婦が獲物を突き立てて落ちている刀を拾う。

 軽い相手に重量兵器は合わないし血糊で使えなくなるのはあとで困るかも知れない。


 「らあぁぁぁっ!」

 「やぁっ」

 後先は考えていられない魔力を載せて刀を振りぬく。

 四匹五匹引いたところで刀を投げ捨てて新しく拾いなおす、油が付いた気がしたからだ。


 「火炎爆!」

 空の相手に遠慮は無い、翼と牙を持ったオオトカゲ、大飛石龍の体表で火炎が広がり炎ごと体も爆散した。


 「せあっ!」

 ぎゃうんっ。

 未在が三匹目の牙オオカミを切り倒した時に歓喜の声を聴いた。

 「有ったー!!」

 章が赤黒いものを掲げる。

 「よし!」

 未在の目が愛し子を見るように細められた。

 「こっちに来て、岬さんいけるっ?」

 章と入れ違うように魔物に向かっていく静祢が叫んだ。 


 「二十の間お願いっ」

 通常は十の間で間に合うが地魔行路と二重詠唱なので時間がかかると言ったのだが正確に伝わったようだ。

 未在と大樹がどっしりと腰を下げた。


 駆け付けた夫人と大樹が鉈刀と薙刀を持って突進する大ましらを食い止める。

 奇襲時間は終わった、魔素を完全に纏わせた魔物は比較にならないくらいに防御力が上がる。


 それでも勝ったと皆が思った。


 近くに有った刀を拾いもう一体いた魔熊を未在が誘導する。

 足場の悪い湿原は体躯の小さい人間には正に足枷だ。

 「チッ」

 思わず舌打ちしたときに魔熊に追いつかれた。

 振るわれた右手の爪を避けきれずに二刀で受けるも爪が体に届く。


 彼らの間を鼠魔や牙オオカミが潜り抜けるがギリギリ間に合った章が弾き飛ばす。

 顔に血が懸かって眉を潜めるが岬は魔力を練り上げる。

 上から来た大飛石龍に気を取られて夫婦纏めて大ましらに殴り飛ばされたときに岬が焦って声を上げた。


 「地魔行路!」

 魔熊の次激が来る前に未在が水に消えた、水辺に叩きつけられるハズの夫妻が地面に飲み込まれるように消えた。

 自分の魔力に引き寄せた皆を確認して次称を唱える。


 「瀑布神!!」

 常時使える最大火力の魔法、水だろうと石だろうと見えるものを、魔力に合った範囲の物を強制的に爆破炎上させる、存在を直接焼く魔法。

 少し魔力を使いすぎたのでこの湿地帯の表面が限界だったが今見えていた魔物はすべて収まったはずだ。


 轟音と熱風を受けて皆蹲った、過ぎ去った熱風が戻ってきて元湿地帯の中心で竜巻を作って吹き上がる。

 お陰で煙が薄くなった。辺りの湿地は消えて焼けた大地が広がっている。


 未在が顔を払いながら慌てたように後ろを見るのを感じて章が道の近くに駆け下りる。


 しばらく辺りを見回して草の影から何かを拾って背負い袋に入れる、小さな手に見える。


 未在と大樹が静祢に慈光をかけてもらう。


 五人が脱力した瞬間に空気が変わった。


 章が背負い袋を担いだ姿勢で固まった。浮かれていたと言うにはあまりにも大きな間違い、分かっていたのに、さらに下にいると。


 悪魔が人間虐めをしようと作ったような異様な体躯があった、章と皆の前に挟むように二体。


 魔王軍が簡単に手に入る骨を使い作った生人形、牛魔人は焔を漂わせた目をむけ四本の腕に刀を持って立っていた。


 章の前の牛魔人は三本腕で棍棒を持っているので刀は奪われたのだろう。

 森に向かって走ろうとするとそこには更に異様な大きな目を持つ巨人、クジラの骨で作られた単眼魔人がいた。

 爆裂玉を投げつけて皆の元に戻る。


 轟音が響く。牙オオカミなら爆散するのだが、煙の中でこれだけは光を持った大きな目がぎょろりと章を追う。


 未在が胸から血を流しながら前に走る、牛魔人が刀を二本投げる、上に逸れるが感に従い一本は叩き落とした、その伸び切った体に残り二本の刀が迫る。

 「雹花!」

 残った魔力を使い、放ってから間違いに気づいた、牛魔人には脳も筋肉もない、骨を纏っているのは魔力を帯びた土だ。

 「でいやぁっ」

 牛魔人の刀の鍔を蹴り後ろに下がった未在を見て安堵したときに後ろで剣戟の音が響いた。


 大樹が棍棒の一撃を止めて静祢が刀の一撃を止めている。

 意思のない魔人が刀を受け取っていた。

 「土縛帯!」

 単眼魔人の三間もある巨体に土の帯が絡みつく、只の時間稼ぎだ分かっている、聞いたことが無い事態に章は対処行動しか取れなくなっていた。


 元生人形の魔人は思考能力がない、魔力が人間に反応して行動するだけの存在のはず、なのに今刀を拾ってかつ刀を投げて渡した。

 魔人が連携するなど生きて思考しているみたいではないか。


 「炎弾!」

 「炎弾!」


 未在の剣戟の間を岬の魔法が埋める、完全な足止めにはなる、今は。

 岬の息が限界になってきた、脳が声を出すなと止めに来る。魔力が枯渇してきた。

 二本の腕でつかみかかり、殴りかかり、刀で切り付けてくるのを躱して体力を振り絞り未在が一撃を入れる、左の肩に亀裂が入った。

 「火炎爆うぅっ!!」

 ここで打てないでどうすると目を見開いて魔法を放つ。

 豪火が体内から出てはどうしようもないのか左半身を吹き飛ばされる牛魔人。

 しかし動きは止まらないばかりか軽くなったように動き回り未在の剣戟を躱し出した。


 岬は薄れる視界の中で少女を思い出す、人を食う魔物は倒した、約束は果たしたんだ。後ろで叫びあって気合を入れる夫婦がいる。

 「炎弾」

 無意識で援護の魔法を放つ。

 単眼魔人が度重なる土縛帯から抜け出してくる、章が跪いていた。背負い袋を抱えて。


 少しづつ間を詰められてやがて五人は一纏めになった。

 岬は中心で炎弾を打ち続ける、半分は起動しない魔法を。

 未在は時折押し勝つが質量に押されて戻ってしまう。

 大樹が鉈刀で棍棒をへし折るも肩の肉を削られる、静祢が左手でわきに薙刀を挟んで牽制しながら慈光をかける。

 解けかけた土縛帯をさらに魔力を送って再生したせいで章の目が白く濁ってきた。


 岬がついに口にしてしまう。


 「かたきはとったよね」


 魔人たちを見据えながら皆が薄く笑った。


 魔人たちの動きが止まったように見える。

 章が背負い袋を胸に押し付ける、守るように、二回は酷いと。

 ただじっと見えにくくなった目で下を見ていた。

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