第5話 総力戦
章が完全に白くなった眼をつぶる、首を傾げた、未在の刀が魔人の骨を削り、血を吐きながら大樹が静祢の前に立ち、薄れた意識で岬が炎弾を作る。
それ以外に有ったわずかな可能性。
「きた」
つぶやいた声は静の中の波紋のように広がった。
「奴が恐れてる」
章が呟いたとき地面が戦慄いた。
地面が割れる、地響きを上げながらさらに五体の獣魔人と二体の単眼魔人が土を湧き上がらせて次々と出てくる。
それを追いかけるように白い波紋が焦土の端に現れる。
白い波紋が未在たちに向かって走る四つの影を生みながら。
「上乗結界!」
「しゃあああぁあ!」
「間に合ったかっ」
「やるよっ!」
周りに張られた結界の中で状況が分からない三人がぼんやりとした目で今現れた人たちを見る。
「炎塊、炎塊、炎塊」
岬の澱んだ目は火炎魔法を放ちつ続けるものを見ている。
目をつむり歩くだけで炎塊の魔法を連発する長髪を一つ結びにしている巫女衣装の女性。
「どっせーい」
猪や熊の魔人達に力で押し勝つ偉丈夫。
さらに現れた、刀を拾った牛魔人が三本の刀で切りかかってくるのを黒い互の目乱れの刀で全てさばききる均整の取れた体の男。
小柄だが魔力を纏い覇気みなぎる体術で単眼魔人を転がした男?、の子?。
「あの刀、一樹さんだな」
「動かないで、
「ああ、ごめん」
「あの女の人が香さんかー、炎塊の乱れ打ちだぞ」
「違う、炎弾よあれ」
目に光が戻った岬が言う。
「物理被害入ってるぞー」
確かに本人も炎塊と言っている。
「集中が桁違いなんだ、自分でも分かってないよあの女」
「集中なら岬もいつもやってるだろぅ」
大樹が一息ついて言う。
「桁が違うって言ったろう」
慈光で癒されて回復した大樹が首をかしげるのに岬が続ける。
「失念してるけど人間が生きるのは脅威との闘いなんだ、少し気付くだけで息をするのも怖くなるだろう」
静祢は昔魔人から逃れる為に井戸に逃げたことがある、助けられるのに二日かかった。意識が朦朧としたときに何度か息を止めたのを思い出した。
「ほら、見たか、今の、首に魔人の刀が食い込んでたのに眉一つ動かさない」
牛魔人が一樹の斬撃で一間以上飛ばされ、その頭部が炎塊の連続被弾に見舞われる。
魔人たちは言わば魔力の群体である一撃で倒れることが無いので押し戻しながら削っていく。
それが出来る人間、いや組でさえなかなか無いのだが。
両手に突起の付いた小さな盾を握って侑次郎が魔人を殴り飛ばす、威力がわずかでも足りなければ敗走するしかない攻撃。
昭が地面を転がり巨人の足を狩り転がす、どんなに小さい傷でも必ず蓄積すると信じている攻撃。
姫がその間隙を縫って四方に炎弾を飛ばす。
「瀑布神使わないのかなぁ」
「瀑布神は良くも悪くも魔力を大量消費する今使えば後がなくなる」
章が目に慈光を当ててもらいながら吐き捨てるように言う。
瀑布神は理不尽な効果のせいか調整が出来ない、範囲は力で変わるが必ずほとんどの魔力を消費する、一人一回の手札だ。
「まだデカいのがいるのか?」
「そいつが親、魔物の精気が餌、魔人が奴の手足と考えれば辻褄が合う」
章が正解にたどり着く。一つの生命の手足なら連携して当たり前である。
「それもだけど瀑布神は見えるものしか燃やせない、大きいと致命傷にならないよ」
岬が周りを見て言う、魔力の群体である魔人には効果が薄いかも知れない。
「にしてもあれだけの実力だ、もっと効率よく出来そうだけどねぇ」
「勇者は手紙で村に呼ばれたんだろう、見たんじゃないか?」
静祢の疑問に大樹が仮説を立てた。
「下をじっと見て歩いてたあの子?」
静祢がここに来る途中の光景を思い出した。
村を出て一里程歩いたときにその子に合った、左手に野イチゴの実が付いた枝を持ち、右手に千切れた子供の手をもって歩いていた六歳くらいの女の子。
流石に気になった静祢が訪ねた。
「お姉ちゃんを見ちゃいけないの、後ろも上も見ちゃダメなの、約束!」
そう言って一心に足元を見て歩いて行った。
「じゃあアレは切れてるのか」
岬が呟くと皆が勇者を見る。
四方に一度も止まらずに炎弾を打ち続ける巫女衣装の女、刀を無限に軌動させる男、大胸筋を震わせて両手を振り回す偉丈夫。
体幹、体躯の限りを尽くして一撃を重ねる男の子。
「そんな自分も許せない、力の頂点に立った物だけの思い」
大樹が何気なく言って自分でなんだそりゃと言う顔をする。
「だからあの修羅の顔なんだ」
未在が呟く。
少し間違うと滂沱の涙を流しそうな阿修羅の顔をして刀を振るい拳を繰り出し、猪魔人を投げ飛ばしている。
「それで彼女の魔力はどうだい」
未在に言われて仕方なく答える。
「魔力はあたしの半分だよ、あいつ自分が生きてる事忘れてんじゃないか?」
「相対計測するとさっきの
岬が胡麻化したことを章があっさり報告する、目の濁りはほとんど取れたようだ。
この状況で
「出れるのかーこれ」
「無理っぽいな」
大樹が結界を叩くが音すらしない。
岬が一瞬火炎の魔女、巫女服の香を睨むがすぐに肩を落とす。
「ほら」
手を当てるとその周りの結界が解ける。
「あの人どれだけ器用なんだ」
他人の魔力の質に合わせた結界、どれほどの技量によるものか。
実は魔王と側近が魔法の達人だったので血反吐を吐いて習得した物だったりする。未在たちの幸運を知れば勇者たちに呪い殺されるかもしれない。
「岬は魔力温存してね」
「今引ければいいんだけどなー」
「
岬が枯れかけた魔力のせいか身震いしながら言う。
討伐組は群れる人数が少ない、魔力の質や大きさで拒否反応が出るからだ。
今の状況以外で討伐が出来る相手とは思えなかった。
結界から一歩出たとき章が何かに気付いていう。
「気を付けて」
「ん?」
静祢がどうしたと章を見る。
「あ、ホントだー」
「魔力がうまく練れないなぁ」
「彼女何か二重詠唱してる」
岬が感嘆の声を出す。
「ずっとか?」
「多分」
感じるのが火の気配だけだったので未在や大樹は気付かなかったが魔力に敏感な章は正確に見極めた。
同じ種類の二重詠唱は並みの努力では出来ない、無限の早口言葉を言い続けるのに似ている、失敗が許されない命がけの。
「違う三つ」
章の言葉に目を見開いて岬、本名さゆりが巫女装束を見る、違う魔力が地に向かっているのに気が付いた。
無限に羅列された早口言葉をつぶやきながら万葉集を読んでいる巫女がいる、正気の沙汰ではない。
彼女の
香を見ていた岬が次第に震えてきた。
「駄目、ダメ、だめ、駄目ぇぇ」
岬の小さな悲鳴に押されるように未在たちが飛び出した。
香の唇を血が伝って流れ落ち白い巫女衣装に赤い点が生まれた。
昭が猪魔人を逆腕固めから投げ飛ばした横を章が滑り込む。香の前で地に伏せると地縛帯の流れを見てそこに魔力を送る、一度枯渇したので大したことは出来ない、それでも魔力道を整えて効率を上げるくらいは出来る。
地魔法は魔力を力任せに使う分威力が安定している、章の魔力技能で巨人を縛れたのはその為で力を集中させればその分確実に効果が上がる。
流れを整えるだけでも。
昭が良い人を見つけたと聞いてくる。
「どう?」
「解らない、相手が大きすぎる」
ぎいいん!
「よそ見はダメよ」
昭の上で牛魔人の刀を止めて静祢が覇気を飛ばす。水の固まりが生まれて牛魔人を少し押し返すとそこに炎弾が連続で飛ぶ。
炸裂音の中ふぃっと魔人に向いたほほが少し赤かった昭を見て章、本名
頼れる女性と青年と魔力親和が高いと瞬時に感じた少女の一瞬の出来事である。
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