第1話 騙り詐欺衆
恐れていた。
ただ逃げた、自分が食べた虚ろな目を思い出す。
次は自分だ、本能が告げる。
空に向かう、ダメだ追いつかれる、最近いろんな思いが胸を押し上げる。
いやだ、いやだ、人の顔が浮かんでは消える、以前は人から逃げていたのに。
大きな爪が目の横を過ぎる、ぎりぎり躱せた。
小さな体を生かして急降下をする、空気の抵抗差で幾らか離れるが翼筋がささやく、直ぐに片羽を広げて方向を変える。
黒い嘴が横を過ぎた。
地面に行きつけば大きな羽で覆われて逃げ道が無くなる。回転のまま上昇する。
大ガラスは体躯を広げて速度を落とし、小さな白いカラスを下から見る、感情が無いからこその遠忌が見える。
羽を必死に回して回転すると体当たりをやり過ごせた。さらに上に逃げる、奴が反動を殺している間に出来るだけ上に。
「大ガラスと送書鳥かすげえなー」
「どっちもカラスじゃないのかぁ?」
「大ガラスは何でも食うわよ」
「必死だな」
峠道を歩いていた一行が空を見上げている。
全員名字持ち、剣士の位を魔力測定で獲得した若者だ。
最初が石木
「白い方魔力を使ってる」
最後尾にもう一人歩いていた御岩
「てことは文があったら稼げるかもなー」
何気ない風に未在が言う。
魔物以外で魔力を使える鳥獣はいない、それなりの費用をかけて育てるので彼らのような騙り詐欺衆には絶好な獲物だ。
二年前魔王が討伐されて以来日本全土に散らばった魔物、その中の災害になる魔物を毎年一定数討伐すると得られる特権。
この権利を利用して人的被害を出さない犯罪を繰り返す集団を騙り詐欺衆と呼ぶ。
田畑を自由に荒らしたりもするし盗人もいる、人的被害さえ出さなければ野性扱いで罰を受けないというもの。
そんな中で去年盗まれた金子の為、自殺が有ったとして捕まった組が出てから、多くが本名を明かさないために付いた異名。
もちろん犯罪を犯さない魔物討伐組もいるのだが一般には同じ扱いで、当人たちも納得していたりする。
大型の魔物討伐にはそれなりの被害は必ずついて回るからだ。
何より自分の命の為には逃げることが一番大事、戦力的に貴重だから。
「こっちに来ないかなー」
依頼を受けても前金だけ受け取って逃げるのを生業にしているのが彼らだが未在の声は意外に明るく響く。
「今年の分は足りていたんでしたか?」
ガタイのいい静祢が聞くと小柄な章が答える。
「あと牙オオカミ三頭分ぐらいいる」
「旅さえしてれば安泰だな」
大樹が大胸筋を揺らして言う、旅好きの集まりのせいで依頼をこなさないのが発祥の悪行。
組合を通さないで安く済まそうとする連中からだからと気にしていない。
彼らの悪行には最後の手段がある、魔王を討伐した勇者を騙ること、其の為に章は男の格好をしているし岬は巫女衣装を着ている。
身を捻って後ろ回転すると大ガラスが羽を広げて急減速、首をねじって反転する。
大ガラスが追いつくのを見て右反転して急降下で逃げようとするがすれ違いざまに爪を受けてしまった。
右の羽の下がジンジン痛む、黒い目が喜んだように見える。
いやだ、いやだ、あの人間に会いたい、久しぶりなのに、もういちど。
急降下から左に旋回してすぐに右に回転する、爪が横を通過したときに炎が見えた。
炎の固まりが大ガラスの羽を幾らか焼いたみたいで、よろけて逃げていく。
あれは違う、気持ちよりも深い所の警告に従って必死に上昇する。
炎が少し離れたところを飛んで行った。
「未在は魔法下手だね」
「ちぇ、いいさ文は読めたー」
岬が軽口を言うが軽くあしらった未在が仕事はしたと薄く笑う。
彼は素読の魔法が使える、目に映った物の情報を得る魔法だが彼は文字に対する情報が一番得意だ。
「山麻衣村で三十両だー」
「おー、七枚は固いな」
「山麻衣村って組合有るのかぁ」
章が男言葉で、大樹が心配顔で言った。
「さあ?、依頼だったの?」
「ああ、大字峠で魔物退治だ」
「規模は?」
「書いてない、気になるのかー?」
「村の大きさが分かるでしょうが」
未在と岬の掛け合いを微笑んで静祢が見ている安堵する様に、慈しむ様に、そして体型に合った胸を揺らして聞いてきた。
「で、どっちに行きましょう?」
「「「「さあ?」」」」
彼らにはいつものやり取りだ、わりと悪運は強い方なのでたいてい何とかなっている。
「ジャンケンポン、アイコデショ、アァイ子って、誰よっ」
皆の動きが止まった、大きな手を握ったり開いたりしながら言う。
「おおー珍しい、俺が勝ったぞぅ」
「大樹の向きって北西かー何かなー」
「はいはい、決まったら移動する」
旅好きなのにいつも出発はもたもたするので章が引っ張る。
彼らの装備はあまり大きくない、二つ重ねの竹製の腰かけと熊の皮でできた大きめな雨除け、後は非常食と手拭い、軽い着替え、熊皮以外は小さめな背負い袋に入る、一日歩けば大抵民家があるからの装備。
肉はいつでも手に入るがご飯とは言わない。魔物討伐組の鑑札を民家で見せれば食事は貰える、実際いるだけで用心棒になる、魔物の肉は高く売れるし討伐義務もある、組合は犯罪者として目を光らせているので逆に安全だったりもする。
その中で討伐組の上級者である彼らは、変な話真面目だ。
詐欺と喧嘩以外をしたことが無い。
木々をかき分けるように進むが誰も文句は言わない、時々岬が章にちょっかいをかけるくらい。
やがて山の中の小さな集落を見つけたので近付くと誰何を受ける、貧相な装備を見て、聞いてどうすると思っているが、逃げることが出来る。
「討伐組だ少しでもいい、食べ物と軒を貸してくれないか?」
喋り言葉がまだまともな大樹が要件を告げる。
入り口が閉じている、丸太を繋げた囲いの上にいる男に鑑札を見せるとスイっと引っ込む。
しばらく待ってもシンとして何も動かなかった。
「嫌われたかぁ」
大樹は体に見合って声が大きい、それを気にして抑えるので間延びして聞こえる。
「さっきも牙オオカミ狩ったのになー」
未在が腰を下ろしながら愚痴る。
「火を起こしましょうか?」
静祢が小枝を拾いながら聞く。
「そうだね、背中に塀が有るだけでもありがたいよ」
岬が巫女服に似合わない姉貴口調で呟く。
「オオカミ狩っといて良かったなぁ」
「後は、塩、だれが持ってたっけ」
時々素になる章ちゃんが聞くと静祢さんが竹筒を振った。
未在が薪に火を付けた、何時も煙を出したり木を爆ぜさせたりするのが普通に点いたので一寸どや顔で周りを見る。
「なんだその顔?」
皆が自分を半決め顔で見ているのに出鼻をくじかれて不満顔で言う。
ごきん!!。
「痛ってーぇぇ!!、なんだこれ、丸太?、薪かぁっー」
「死ねぇ、くんなっ、どっかいけぇえ」
大声を出しながら十歳くらいの男の子が門の方に走っていく。
「いてえ、何だ、畜生教えろよ、ホントに痛いって薪束だぞ」
「ぶふっ」
「あははははは、スコーンって、縦に真っすぐひっひぃ」
「はははは、剣士だろ、一級剣士がぁ、いてえって、ははははは」
「久しぶりに未在のとんちを見たぞぉ、ふひぃ、ひゃはははは」
「笑いすぎだー」
未在が刀を振りぬく、当然近くにはもう誰もいない。
「ぬおおおう」
大樹の
思い切って後ろに下がった目の前を鉈が通り過ぎる、躱された瞬間に身体を鉈に一歩近づけて最小回転しての二撃目。
峰打ちでは有るが未在でなければただでは済まない。
彼らの腕は一級の組み人、人間を主食とする魔物が何処にでもいる今のこの国、ここで旅が出来るなら当たり前では有る。
剣戟の音が響き渡る中、女子組はさっき投げられた薪や筒などを拾っている。
「薪、結構くれたなぁ」
「お、お酒だよ、やった」
「僕のは何か無い?」
「みかんが一つあるよ」
「やりぃ」
魔王がいた時代に剣士になろうという人間は、生きることが目的の生活を強いられる。
そのせいか、周りの反応に余り頓着が無い。
殴られでもしない限り喧嘩もしない。他の騙り詐欺衆も笑う事が殆ど無かったことを彼らは理解していない。
魔王は魔物を作り出せた、獣でも爬虫類でも昆虫でも自分の魔力を定着させて意のままに操った。
魔王には十七人の同じ力を持つ側近がいた、人々が気付かぬ間に昆虫も含めれば大小合わせて億に近い魔物を従えていたが所詮は獣、理性も知恵も無いので大まかにしか動かない上に本丸の江戸には剣豪が沢山いて散らばるのを止められなかった。
南北に分かれた養成所で先鋭を募り20人ほどの少数討伐隊で一点突破の襲撃に成功したときには二十八年の月日が経っていた。
予想外だったのは魔力が定着した生物も繁殖が出来たこと、しかも子供が魔力を待って生まれる。
救いだったのは単眼魔人などの強力な人型は元が生人形で倒しても腐らないし繁殖もしないこと。
今はまだ討伐組が劣勢だ。
人間が増えるのはもう少し時間がかかるが、最近人型を倒してくれる討伐組も出てきて皆少し明るくなっている。
大樹が左に振りぬいた隙を見て前に進む未在、鉈刀の重さで一瞬下がるのが遅れた。
目の前に未在の顔が来たのを恐れたように鉈刀を前にかざす、その瞬間に未在が刀と入れ替わる。
がいいいいんん。
体と刀の重量のバランスを取って振り子のように体と剣を入れ替える、未在の山影流剣術だが大樹は何度も見ている。
「あっ、この袋カボチャの煮つけだぁ」
「すげーなおい!」
「コメを焚こうコメ」
「そうですね久しぶりの晩御飯にしましょう」
岬姉御が興奮して、章が提案し静祢が微笑む。
その時少し外れた林がガサガサ動き出した。
未在の円崩し月の型の刺突攻撃を大樹が体を沈めて躱すが剣先を自由に回す突きを交わしきれずに後方に転がる。
「危ないぞ、突き禁止だろぅ」
「しっ、何かいる」
大樹が体を起こさずに気配を探る。
彼らの剣戟は訓練の為も有るが魔物払いの役目もある、魔力を過剰に放出しての訓練で大抵は寄って来なくなる、爬虫類以外。
章に頼んでおけば直ぐに気付いただろうが。十間、人間十二.三人分の体躯を走らせて、口の中の無数の牙を見せつけているのは蛇型のマヤマカガシだ。
一度咥えられたら毒も含めて死以外の未来は無い、毒の牙もだが奥に向かって逆さに生えた小さめな牙は文字どうりに死んでも外れない。
「うんっ!」
ぎしぃん。
大樹が頭に一撃を入れるが皮膚が甲羅化していて刃が通りにくい。弾かれて後ろに飛ばされたのは運が良かった。
「
気付いた岬が様子見で放った一点冷却の魔法、目標点を中心に小さな吹雪が花のように広がる初級魔法。但し彼女の法力は威力が違う、一瞬だが対象が氷点下になって行動力を失う。
静祢が薙刀を振るう。
「いええいっ!」
開いた口から心臓を狙ったが外れたようだ。それでも血を吐いて苦しんだマヤマカガシは薙刀にぐるぐる巻き付いて固まった。
「こうなると僕は何もできないなぁ、燃やす?」
章が肩を落とすと薙刀ごと絡まってしまって動けない静祢が未在を見る。
「切り刻もうかー?」
「勿体ないよ」
適切に切れば売れるがいい加減だと二束三文になる。
「そうだなー」
実は金子にあまり興味は無い、ただ雨の月が近い、去年は二週間動けなかった。体も動かせずお金もないのは拷問に近い。
未在が刀から重りを兼ねた背当てを取った、峰打ちでも刀は痛む、刀を守り力をつける為に峰に鋼鉄の当て板を付けている。
そのままだと重くて速度を上げるのに時間がかかる、振りかぶりから振り下ろしで最速を出すための理想の重量がある。
刀の重さを確認してマヤマカガシを見る。さっきと違い動かない相手だ兜割りだってすぐ当てれる。
未在が刀を振り上げて気合を込めて振り始め、切りつける瞬間に力を抜き刀の動きに体を合わせる。
薙刀の少し先で二つに分かれたマヤマカガシの体が暴れまくった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます