12
長谷川秀樹はいつものように朝の六時過ぎに目覚めた。正確には六時五分前後。今日は秒針がうしろに三十秒ほどずれたが、そんなことはなんでもないことだ。だいたい合ってればそれでいいのだ。
両腕を布団から出して伸ばしながら見る天井の板の形は今日もやはり同じで、それを見た長谷川秀樹はホッとるとすぐにベッドから起き上がる。そして、いつものように自分の体の変化を観察した。
やはり思った以上になんでもない。
そのことに気づくと、長谷川秀樹は少し口角が持ち上がる。その顔を誰かが見たらどう思うのだろうか。しかしここは自分の部屋で、他人は誰もいないのだから、別にそんなことは気にすることではなかった。
いつも行う一連の動作にも狂いはなく、迷いもなく、いつも通りに納得。
そう。なんの問題もない。
季節は冬。最も寒い厳冬期だ。雪まつりを控えた札幌はその全てが雪で覆われている。だからこそ室内も当然寒いが、石油ストーブはあえてまだつけない。
服は用意してなかった。いつもの日常であればまずはあり得ないことなのだが、なぁに、いつもとは違うのだから当然のことだ。自分でいつものルーティーンをこなしておきながら「いつもではない」などというこの発想は、普段ならあり得ないことだが、長谷川秀樹はそれでも納得していた。昨日は深夜まで起きていた。だから仕方がないことなのだ。それどころか、深夜まで起きていても全く疲れを感じない。その証拠に今朝もこうして時間通りに目覚めているではないか。これは素晴らしいことだった。
心地よいなぁ
長谷川秀樹はそう思う。
しかしいつまでの全裸ではいられない。着替えの準備をしなけれならない。やはり寒いものは寒い。
けれども長谷川秀樹はまた布団に入った。そうするべき理由があったからだし、そうしたいと思ったからでもある。
布団の中は心地よい。
特に最近は。
寒いからこそわかるのだが、ぬくもりというもののなんと心地よいものかと痛感する。
どうりで多くの人がぬくもりを求めるわけだ。たとえ最初はそれを知らなかったとしても、それでも人は本能的にそれを求めるものなのだろう。特に男女の間ではそれは必然に思えた。
確かにね。
長谷川秀樹は今回も素直に本能に従うことにした。あの時も本能に従ったし今回も本能に従う。結局のところ、それで特になんの問題もないのだから、そうしない理由がないのだ。
布団に入ると、長谷川秀樹は寝ている全裸の女性に覆いかぶさる。息は荒く、力も強く、そして下半身の一部は固くなっている。女性はといえば、抵抗する様子などまるでなく、自ら股を開き受け入れるポジションだ。寝ているのかどうかはわからないが、目は瞑っていた。抵抗するより無抵抗の方がいい。そう言いたげにすんなりと体制を整えていた。
長谷川秀樹はその行為にかなり慣れてきたので、問題なく挿入できた。そもそも濡れていて準備はできていたのだから、あとは入れてひたすらに体を動かすだけ。あまりにも簡単なことなのだ。どうしてこんな簡単なことにあれほどまでに苦労したのだろう?
いや、そもそも行為の最中はそんなことなど考えない。長谷川秀樹はただひたすらに体を動かし続けた。
この行為はお互いのリズムのシンクロが必要で、これがうまくいかないとどちらかが辛くなる。感度も鈍る。
そもそも感じるということは才能だ。才能がなければ感じないし、感じなければリズムも取れない。リズムが取れなければシンクロもなかった。
女性の息遣いが次第に荒くなる。リズムが取れている証拠だ。声が出ないのは本当に感じているからで、アダルトビデオのようにうるさいのはイメージ作りでしかない。本当に気持ちいい場面では、人は声を出さない。いや、出さないのではなく思うように出なくなる。
言葉は理性の産物なのであって、理性が吹っ飛んだ時、人は声が出なくなるものだ。
長谷川秀樹は学んだ。そして今回もうまくシンクロできた。相手の女性に適度な力で押し込み、やがて力強く放出する。女性はそれをしっかりと受け止める―
優しく撫でるその手のぬくもりの心地よさに逆らうことなどできない。
長谷川秀樹は覆いかぶさることを止めると、女性の横に添い寝する体勢になった。ことが終わると、面と向かい合う事が恥ずかしいからだ。しかし女性の方はといえば長谷川秀樹にまるで寄り添うように密着してくる。そしていつも優しく撫でてくるのだ。
「朝から元気ね」
女性は微笑む。微笑むとすこぶる美人だと長谷川秀樹は思う。何度そう思ったことか。
「もう一度いいかな?」
「時間はあるのかしら?」
「大丈夫だよ」
「仕方ないわね」
長谷川秀樹はまたもその女性に覆いかぶさっていた。息は荒く、力も強く、そしてまたも下半身の一部は固くなっている。昨夜もしたのにまだまだ枯れない。体力は無尽蔵だ。若さの特権なのだ。
女性はと言えば、あの時と同様にか弱く、何もできない。あの時のように服を着てはいなかったが、あの時と同様に無抵抗。いや、お互いに慣れてしまった今では、しっかりと受け止めてくれるのだ。
「あなたの気持ちがこれでおさまるのなら」
あの時もその女性は言った。今回も同じように言う。長谷川秀樹はどちらの時も無言で頷くだけだ。
なるほどこういう場合、女性が相手を受け入れるのは"暴力を封じるため"でもあるのだと、のちに長谷川秀樹は悟った。やり方を教えたり、はたまた抵抗することなく受け入れるのは、決して彼女が淫乱だからなのではない。余計な痛みや怪我を防ぐためなのだと学んだ。やり方を知らない場合、行為はどうしても強引になりがちだ。それよりなら受け入れた方が被害は最小限で済む。
初めての体験で、なおかつ自分本位で相手を気遣う余裕などない長谷川秀樹を、相手の女性は気遣いなら導いた。成り行きに任せるしかなかったのだと言い換えてもいい。こうなると、もはや引き返せないということを女性はこれまでの経験から学んでいる。
自白を引き出し、改心してくれると思った矢先、まさかあんなことになるとは。
相手がのしかかってきた時、女性は一瞬身の危険を感じた。しかしそうではないことにすぐに気づいた。これはどうにもならない。あの時もそうだったのだ。経験からわかるのだ。させてあげなければならない。しかし乱暴にされるのは避けなければ……
「衣服は破かないようにね」
薬指の指輪を外すと、あとはひたすらに受け入れるのみ。大丈夫。どうにかなるのだ。
やがて行為が終わると、長谷川秀樹はその女性の胸に顔を埋めた。先ほどとは違い、今度は息が徐々に整うまでぴたりとくっついたままだ。
「これは二人だけの秘密」
女性は長谷川秀樹の頭を優しく撫でながら囁いた。こう付け加えることも忘れない。
「もうストーカーなんてしちゃだめよ」
「……わかった」
女性はぎゅっと長谷川秀樹を抱きしめる。そしてはっきりと言った。
「困ったことがあったらちゃんと言いなさい。けど、犯罪はもうだめよ」
「わかった。けど……」
「細かいことはもういいのよ」
「……」
「ところでヒデちゃん。あのパンティは捨てましたからね。どうやって手に入れたのかは聞きません。聞いたらやはり黙っているわけにはいかなくなるかもしれないから。けど、こういう言い方は良くないとわかってるけど、証拠隠滅しなければならないの。わかるわよね」
「……」
「世の中はね、黙っていることが最善ということの方が多いのよ。やってしまったことは仕方がない。起こってしまったら元には戻らない。けれど、なんであれ正しいことをしようとしたら、身が持たなくなることも多いの。これが現実なのよ」
「……」
「こうなってしまった以上、なかったことにはできない。なら、次の最善を尽くすのみなの」
「けど、こんなことしててもしも子供が……」
「大丈夫」
念を押すかのようにもう一度言う。
「大丈夫。どうにかなるわ」
そう。これまでもどうにかなってきたし、これからもそう。女性はそう思う。正論だけでは生きてなどいけない。ドラマではこんな時に殺人が絡むのだろう。しかし現実的にはそういうことは選択肢にも上がらない。なんとか辻褄を合わせるのみなのだ。息子は確かにストーカー行為をしていた。ひょっとしたらあのパンティは盗んだものなのかもしれない。いや、おそらくはそうなのだろう。しかし、それ以上の犯罪はこれでなくなる。幸いにも息子の行為は誰にもバレてはいないし、息子ももうそういうことはしないだろう。自慢の息子。愛おしい息子。だからこれでいいのだ。
二人が黙っている限り、誰にも知られることはない。
そう。
沈黙こそが最大の武器なのだ。
長谷川秀樹は大学に出かけた。冬休みにもかかわらず何かする事があるらしい。美沙子は汚れたシーツや枕カバーをいつものように外すと、洗濯のために下に運んだ。
「かーさん」
ルイが立っている。
「何?どうしたの?」
「あのね。私ね……」
「何?」
「……なんでもない」
どこかへ行ってしまう。美沙子はため息をついた。息子のことは落ち着いた。しかし家には年頃の娘もいる。何もなければいいと思うが、なんとなく「何かがある」と思えた。 まさか私と息子のことを知ってしまった……それはないだろう。そういう様子はまるでなかった。二人の子供たちの部屋には鍵を意図的につけていない。しかし勝手に入り込むことはないし、覗き込むこともない。けれど最近は息子の部屋にたびたび入って、今朝のように朝まで過ごしてしまうこともあるのだから、娘にはバレないように気をつけねば。
一瞬、美沙子の脳裏にルイの父親の顔が浮かんだ。しかしすぐに首を振ってなかったことにする。それ以上は思い出さないようにしよう。
専業主婦とはいえ、やることはたくさんあるのだ。あれこれ悩んでなどいられない。そうよ。なるようになる。
長谷川秀樹は大学の学食で阿木野ビビに出くわした。彼女は同じような感じの白人女性と仲良く話をしていたが、長谷川秀樹に気づくと軽く会釈をしてきたのだ。
「こんにちは」
「こんにちは」
「こんにちは。ってかちょっとビビちゃんたら、この人すごいイケメンじゃないの!」
小声で話しているつもりなのかもしれないが、全部聞こえている。長谷川秀樹は苦笑した。慣れてはいるが、だからこその苦笑だ。
それにしても……、と長谷川秀樹は思う。 不思議なくらいになんともない。何も感じないのだ。目の前にいるこの白人女性にあれほどまでに恋焦がれていたはずなのに。
確かに阿木野ビビは今でも美しい。めっちゃ美人だ。しかし、心の中に何も込み上げてこない。
なぜだろう?
昨夜から今日にかけて三度もあの行為をしたことが原因なのかもしれない。今の自分は賢者タイムなのだ。
いやいや。確かにそうかもしれないが、それどころか、おそらく普通の男性ならまずは体験しないような、まさにエロ漫画そのものという体験をしてしまったのだから、普通の刺激にはもはや反応しなくなっているのかもしれない。美人の母親というのはまさにご都合主義だが、事実は小説よりもなんとやらだ。
そして実際にしてみると、この行為の何がタブーなのかよくわからなくなってしまった。実際には何も変わらないからだ。強引に母親を押し倒してしまったあとで「何かとんでもないことをしてしまった」という恐怖感が芽生えた。そしてそれは執拗に長谷川秀樹にまとわりついた。
だがどうだろう?
現実的にはそれによって何かが変わるということなど何もなく、破滅の音も聞こえず、どこまで行っても日常は変わらなかった。
黙っている限りはなんともない。
確かに母の言う通りだった。
いや、それどころか、こんなに刺激的なことなんてないのではないだろうか?それに比べたら、もはや目の前の外国人がいくら美人だろうと関係ない。
綺麗な絵はただの絵でしかないのだ。
見目麗しい美人たちに対して長谷川秀樹はとても落ち着いていた。
「お二人とも、今は冬休みなのに講習とかかな?」
「そうなんです。長谷川さんもですか?」
「僕は違う用事があったんだ。もう済ませてきて、昼だから何か食べたいなぁと思ってね」
「ここの学食は美味しいですもんね」
「そうだね。それに安いし。けど、いくら美味しくて安くても、さすがに三人前は食べられないけど」
ビビのテーブルの上には皿が三枚重ねられている。阿木野ビビと一緒にいる女性は長谷川秀樹の目線にすぐに気づいた。
「ちょっとビビちゃんったらドン引きされてるわよ」仕草はコソコソ風なのに、声が大きい。全部筒抜けだ。
「でも、美味しいからつい……」
「そんなに食べてると今にぶくぶく太るわよ」
「それは困るぅ」
阿木野ビビが引っ越したのはこの白人女性と何か関係があるのかもしれないな。長谷川秀樹はふと思った。けれどもそんなことはもうどうでもいいことだ。過ぎたことなのだ。
「ところでちょっとビビちゃんたら、いい加減にこのイケメンさんに私を紹介しなさいよ」
「ああごめんね。ついうっかり」
「やっぱあんたって天然よね」
「改めまして、かな。初めまして」
「こちらこそ初めまして」
長谷川秀樹はにこやかに受け答えする。相手は名前と共に携帯番号を教えてくれた。聞くとどうやら阿木野ビビと似たような境遇らしい。つまり白人なのに日本語しか話せないというやつだ。案外多いのかもな。しかし今となってはそんなことなどやはりどうでもいいことだ。それにおそらくこちらから電話をかけることもないだろう。
話が途切れたところで、ちょうどよくメールの通知音が鳴った。見ると滝川からだ。そういえば滝川からの連絡は久しぶりだと思い本文をざっと読む。別れる別れないだのといった面倒な文章が並んでいた。どうやら何かの問題が起きて、助けを求めているようだ。とはいえ急ぎというわけでもなさそうだ。というのも(笑)などといった文字が書かれていたからで、こういう時の滝川は自分の置かれている状況を楽しんでいるのだとすぐにわかる。要約すると
「おい長谷川、ちょっと困ってるんだけど、めんどくせーから飯でも食いに行こうぜ!」
なのだ。
長谷川秀樹は思わず笑った。そして時計を見た。ふむ。タイミングとしてはちょうどいい。
「ちょっとごめんね。せっかくだけど、友達から急ぎの呼び出しを食らったんだ」
「そうなんですね」
「困ったもんだよね。せっかく一緒に昼食食べようと思ったんだけど、ってもうお二人は食べ終わってるんだけどね」
「はい。仕方ないですね」
「だよね」
「じゃあこれでさよなら」
「さようなら」
「さようなら」
学食を離れると、その足で売店に向かい、パンを買って歩きながら食べる。冬だから寒いのは当たり前だが、長谷川秀樹は何も気にしない。腹が減っているのだから食べる。ただそれだけのことなのだ。食べ終わると包装紙をくるくる丸めてポケットに突っ込む。昨日までの雪はすっかり止んで、青空がなんとも心地よかった。
思わず写真が撮りたくなった長谷川秀樹は携帯を取り出す。そしてあれこれと構図にこだわりながら何枚かの写真を撮った。とてもいい青空なのだ。ならば写真に残しておきたいではないか。
撮影後に確認すると、なかなかによく撮れているぞと思い満足した。新しい携帯は解像度もさらにアップしていて、より綺麗な写真が撮れる。それに外部のメモリーも大容量にしてあるから、たくさんの写真が撮れるのだ。新しい携帯を買ったことで、前の携帯はもう用がない。なので適当に壊したあとで燃えるゴミとして処分してしまった。なんの後悔もない。証拠隠滅。過去を振り返るつもりはもうない。もうどうでもいいのだ。それよりも今は……
新しい携帯の写真は長谷川秀樹の母親の写真でいっぱいだ。いずれもいい笑顔で撮れている。自慢の母なのだ。一緒に並んで撮影しているのものあれば、妹と三人並んでいるものある。どれを見て素晴らしい美人の母親。そして……
いつかは全裸の写真も撮りたいな。
しかし、さすがにそれはハードルが高いように思えた。いざ体を合わせられるような関係になっても、いまだに母の全裸をしっかりと見たことがない。ゆえに言い出しづらいのだ。
そして同様に「口でしてほしい」ということもまだ言い出せずにいた。
体験してみたい。けれど、さすがに言い出せない。どうしたらいいものなのだろうか。
そんなことをあれこれぼんやり考えながら帰宅。午後四時過ぎにもかかわらず既に辺りは暗く、あちらこちらで街灯がぼんやり点っていた。カーテンの隙間から灯りがうっすら漏れていることから、家には母がいることがわかった。
「ただいま」
「お帰りなさい」
キッチンの方から母の声がした。
「ヒデちゃん、今日はルイちゃん、友達の家に行ってるから帰りは遅くなるって」
なるほど。言われてみると妹のスノーシューズがない。
そうか。なら話は早い。
一瞬だけ、母が全裸で出迎えてくれる妄想をしたが、もちろんそんなことはなく、長谷川秀樹はスノーシューズを脱ぐと足速に居間に向かった。
「寒かったでしょう?今日ね、お隣さんから鮭を頂いたのよ。捌くのが大変で」
母はいつもの笑顔で居間まで出迎えると、またキッチンに戻った。あらかた捌かれている鮭はこれからしばらくの間、毎日食卓を賑わすことになるだろう。左手の薬指に指輪がないことに気づくと、長谷川秀樹は微笑んだ。
「ねぇ母さん。実はお願いがあるんだけど……」
「別にいいけど、今はダメよ」
母は既にわかっている。
「もう少しで終わるから、それ以降ならいつでもね。それよりヒデちゃんお風呂に入ってきたら?」
「わかった」
母はあの包丁を見てもなんとも思わないらしい。もちろん長谷川秀樹もなんとも思わない。もう過去のことなのだ。
脱衣室であれこれ手早く脱いでから浴室に入ると、既に湯船にはたっぷりの湯が張ってあった。長谷川秀樹は体を洗ってから入るのが作法なので、いつものごとく頭から下の方に向かい体を洗うと、ゆっくりと湯船に入る。
さすがに声は出ないが、満足げな表情を浮かべた。やはり風呂はいいな。
そのまま何も考えずにぼんやり湯船に入っていると、外から声がした。
「入るわよ」
笑顔の母は照れた様子もなく、ごくごく自然の振る舞いで浴室に入ってきた。想像以上に白くメリハリのある肢体で、一言で言うなら美しかった。そのまま湯船に入ることはなく、やはり体を洗うのが作法のようで、手早く、しかしちゃんと体を洗い流す。湯船に入ると、ふーと息をついた。
「なんか魚臭くなっちゃったような気がして。もう臭わないかしら?」
長谷川秀樹はそれどころではない。美しいその全裸にすっかり見惚れてしまっていた。揺れる乳房から目が離せない。と同時に下半身が苦しくなる。
ひょっとしたら、誰も言わないだけで、こういうことはどんな家庭でも起こり得る話かもしれない。あるいはそんなことなどやはり起こり得ないことなのかもしれない。
いずれにしても、沈黙している限りわからないのだ。沈黙することで、全てはうやむやになってしまう。
長谷川秀樹は母の言葉を思い出していた。そしてこのまましばらくは成り行きに任せることにしたのだ。
母と同じように。
そうだ。そうなのだ。
そうするべきなのだ。
なぁに、なるようになるさ。
自分のしたことはまだバレてはいない。そしてこれからもバレないだろう。今の自分にできることは、この優雅な日常をできるだけ維持することなのだ。そのためにずっと沈黙し続けるのだ。
そうすればいずれ、時が解決することだろう。
それを待つのみ。
ただ待つのだ。
長谷川秀樹の優雅な日常 中野渡文人 @nakanowatarifumito
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