資料2〜4

【資料2】


 今は昔、宮仕えの女がいた。女は親類もなくただつぼねにいて「病気になったらどうしよう」と心細かった。

 そのうち、夫もいないのに妊娠が発覚した。

 しかし出産を急ごうにも相応しい場所がわからず、親類の不在により相談もできない。主人に伝えるのも恥ずかしい。

 ところが女は賢かったため、召使いの童子を連れ、どこぞの木の下にでも産み捨てようと思った。

 もしそこで死んだならば誰にも知られないし、生きていたならそんな素振りは見せないで済むと思ったからだ。


 時が近づくにつれて悲しみが襲ってはきたがいよいよ臨月である。女は支度した荷物を童子に持たせ、山に登る。

 迷いはしたが、東に向かって歩くうちに北山科という所に出た。

 すると小屋を見つける。ここでいいかと思い腰を下ろすと人の気配がする。


 出てきたのは白髪の老婆だった。追い出されるかと思いきや、老婆は「どちら様でしょうか」と微笑む。

 泣く泣く事情を話すと老婆は「気の毒に。ならばここで産みなされ」と勧めてくれた。

 女は老婆と仏の思し召しに感謝しつつ、支度の上でようやく子供を産んだ。

 老婆は「めでたい限りです。私は年老いてこんな所に身を寄せているので物忌もしません。7日ほどゆっくりしていきなされ」と女たちを歓待してくれた。

 その日、女は産んだ子を世話しているうちにかわいく思うようになった。


 そうして2、3日過ぎた昼、女が寝ていると「なんとうまそうな。どれ一口」と聞こえる。

 目を開けると恐ろしげな老婆がそこにいた。「鬼に違いない。私もきっと食われてしまう」と思った女は子を童子に預け、「どうか仏様」と念じながら逃げ帰った。

 宮に戻った女は少ししてから子どもを養子に出した。老婆その後は知らない。

 女は歳を取って初めてこの話をした、とのことである。


 思うに、古いところには物の怪がいるのだ。だからあの老婆も正しく鬼だったのだろう。

 そんな所に1人で寄ってはならないと人々は語り継いだそうだ。


 今昔物語集 27巻の第15話「産女、南山科に行きて鬼に値ひて逃げし語」











【資料3】

 この子たちは生きて、何になるだろうか。

 貧乏でしかもあばずれの女に生まれて、きっとロクな人生は歩めないだろう。

 望まぬ妊娠が機能不全家族の原因になることは容易に考えがつく。

 生きて苦しむなら、その前に闇に葬ってやるのが人情だ。

 私は声なき声の思いを拾う。あの子たちの思いを受け止め、瓶にしまうことで彼らの魂を高みに導くのだ。


 寿詞ミキ 1958年10月10日

 院長室の戸棚から回収されたノートより抜粋











【資料4】

 まさか医院でこんなことが起きてるなんて思いもしませんでした。確かに中絶手術は収益性の高いドル箱だからと言って、こんなのあんまりです。

 廃業なのでもう外に並べます。誰でもいい。見つけてください。気付いてください。全てはこの女が仕組んだのです。

 声なき声を拾うのは私だ。


 西川猛 1995年10月10日

 執務室より回収されたノートより引用

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ホルマリンお姉ちゃん コザクラ @kozakura2000

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