第4話 土屋美雨の場合4 お父さん!?

「嘘でしょ? 本当にサイ君なの?」


 落ち着いた母が、改めて成長したサイを見た。


「お母さん。さっき、お父さんのアルバムを見てサイと話してたの。これ見て」


「あ、ああーー! これっ、これよ! 私が、サイ君を見た事があるって言ってたの!」


 母は、懐かしさのあまりアルバムを何ページか捲った。


「ねえ、サイ君。ちょっと試しに“お母さん”じゃなくて、“ハルミさん”って言ってみて?」


「ちょっと、お母さん──」


 何を考えて……


「ハルミさん」


「きゃーっ! そっくり! 竹男さんそのものだわ!」


 母は、まるで推しアイドルを見つけたようにはしゃいだ。

 言われてみれば、サイは外見だけでなく声も父に似ている。

 なんだかんだ言っても、母はやはり父の事が好きなのだ。


「お母さん、サイで遊ばないで」


「だってぇ。もう8年も竹男さんの声を聴いてないのよ? ちょっとくらい、いいでしょ?」


「僕は構いませんよ」


「ほら! サイ君は話がわかるわぁ」


「まったくもう……」


「じゃあ、次はこの子! “美雨”って呼んでみて?」


「えーっ、私!?」


「え、呼び捨て……ですか?」


「竹男さんは、そう呼んでいたもの」


「お母さん、無理矢理はよくないよ」


「いえっ、やってみます。 み……美雨……」


 ズギャン!!


 な、なにこれ〜〜!?

 見た目と声はお父さんなのに、サイが言うと破壊力が……!


「じゃあもう一回、私!」


「ハルミさん」


「きゃーっ! もう一回、この子!」


「美雨」


 ズギャン!!


 母はこれがかなり嬉しかったらしく、このやりとりは数十分続いた……。

 サイも嫌な顔ひとつせず、よく付き合ってくれたよ……。


「ハルミさん、美雨……」


「あら、もういいわよ? ありがと」


「えっ? 僕、何も言ってませんよ」


「えっ?」


「ハルミさん……。美雨……」


 声のした方を見ると、そこには本物の父が立っていた。


「え、ええええええっっ!?!?」


 驚きのあまり叫んでしまった。


「あ、あっ……」


 先程、サイに殴りかかろうとしていた勢いはどこへやら。母は腰を抜かしてしまった。


「大丈夫か?」


 父は母に手を差し伸べたが、母はその手を取ろうとしなかった。


「はじめまして、竹男さんですね?」


「君は……!?」


「僕は、サイと言います。あなたに似た、人型植物です」


「人型……植物……?」


「僕の事は、ひとまず置いておきましょう。竹男さん、あなたは何故、8年前この家を黙って出て行ったのですか? そして、何故今更戻ってきたのですか?」


「そ、それは……」


 父は、項垂れている母をちらりと見た。


「言いづらいようでしたら、推測ですが僕がお答えします」


「ま、待ってくれ!」


「お父さん! この期に及んで、まだごまかすつもりなの!? 本当の事を言ってよ!」


「竹男さんは────」


「母さんが、晴れ女だったから……!!」


「…………はい?」


 項垂れていた母が、キョトンと顔を上げた。


「母さん──ハルミさんが、超が付くほどの晴れ女だったから、耐えられなくなったんだ……!!」


「やっぱり……」


「ちょっ……そんな理由で!?」


「そんな理由って言うけど、僕には死活問題だったんだ! 君とどこへ行っても雲一つない快晴。暑さに弱い僕にとっては……地獄だったんだ……!!」


「サイ、わかってたの!?」


「数日間、ここで暮らしてわかりました。美雨さんは、極度の雨女。お母さんは……極度の晴れ女だと」


「そ、そういえば、お母さんと一緒に出かけた時は、いつも晴れてた……。でも、私の雨女は!? そういうのって、相殺されて曇りになったりするんじゃ?」


「おそらく、美雨さんを上回る体質だという事でしょう」


「そうなんだ。だから、美雨が雨女体質だと知った時は内心喜んだ。これで快晴という事はなくなるだろうと──。でも君のパワーは凄すぎた! 家族でいつどこへ行っても快晴……。僕は、このままだと命が危ういと思った」


「えっ? そこまで!?」


 外に出たがらなかった理由って、そういう事だったの!?


「だから……家を出たんだ。黙って行ってしまったのは、すまなかった」


「本当よ……。それならそれで、なんで相談してくれなかったの!? ひどいじゃない!! 私達、家族でしょ!?」


「本当に、すまなかった!!」


 父は、何度も何度も私達に謝った。


「じゃあ、どうして戻ってきたの?」


「僕はこの8年間、この体質をどうにかできないものかと色々試していたんだ。でも、ダメだった。どうやっても治らなかった……。ずっと、このままでは戻れないと思い込んでいた。でも治らなくても、どう足掻いても、やっぱり2人を愛していた。僕は、間違っていた事にようやく気付いたんだ」


「竹男さん……っ!」


 だめだ、母は父にメロメロだ!! 私がしっかりしないと!!


「お母さん、簡単に感動しないでー! 8年だよ!? 気付くの遅すぎでしょ!!」


「確かに! うう、でもー! 私のせいで竹男さんに辛い思いをさせていたと思うと、怒るに怒れないのよー」


「だからって! 悪いのは、勝手に出て行ったお父さんなんだからね! 私は知らない! 2人で勝手によろしくやってれば!?」


 私は、窓から父と母を無理矢理家の中に押し込んだ。


「えっ、それって、ちょっと美雨──」


 窓を閉めて、私はサイの衝立に隠れた。


「あの子ったら……ふふ……」


「いいのかい? 僕が、この家に入っても」


「いいのよ。あの子がそうしたんだから。おかえりなさい、竹男さん」


「……ああ、ただいま」


 2人は、他に誰もいないリビングで抱き締め合っていた。



「美雨さん、素直じゃないですねぇ」


「お父さんの声で言わないで。調子狂っちゃうわ」


 母を家の中に入れた途端、雨が降ってきた。つくづく嫌になる。

 でも……。


「ああ、雨は気持ちいいですね」


 ここに、私の雨女体質を喜んでくれる人──いや、植物がいる。


「いいんですか? お父さんが人型植物だったかどうか訊かなくても」


「うーん。もういいや。訊くのが怖いのもあるけど、お母さんのあんな顔見たら、どうでもよくなっちゃった」


 正直どっちだろうと、お父さんはお父さんだ。


「サイは、揺らがなかった?」


「何がですか?」


「さっき言ってたじゃない。人間になる方法。お父さんの遺伝子なら、サイも人間になれるんじゃない?」


「さっきも言いましたが、僕はこのままでいいです。このまま、美雨さんの傍にいたいです」


「だ、だから、そういう事をお父さんの姿と声で言わないでーー!!」


 私は、この後もずっと、サイの寿命が来るまで

 父の姿と声で言われ続けるのであった。


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オヤジ栽培〜癒しのオヤジを咲かせましょう〜 草加奈呼 @nakonako07

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