命のクラウドファンティング

福山典雅

命のクラウドファンティング


「あなたの命を1分間だけ下さい」


 僕が偶然見つけたWEBページには、そんな事が書かれていた。


 倉橋瑞奈という女の子が主催しているクラウドファンティングのページだった。でもお金を寄付する先とかそう言う事は書かれていない。


 僕はその名前を見て少し驚いていた。何故なら、この倉橋瑞奈という女の子を僕は知っていたからだ。同姓同名ではなく本人だった。かつて僕と彼女は高校生ボランティアとして東日本大震災の時に、少しだけ共に時間を過ごした間柄だった。


 彼女は母親が全盲であり日頃はその補助をしているのだが、震災にショックを受け親戚に母親の事を頼み、凄惨な現場の一助になればとやって来ていた。


 僕らは取り留めのない会話で互いを労い、そして多くのやるせない悲しみを知り、立場的には憚られる事だったけれど、若さのままに多くを語り合った。


 救いとは何か。


 悲しむだけではいけない、それは誰でもわかっている。


 途方もない絶望に飲まれずに目の前の事をこなさなければいけない、その意味も知っている。


 努めて明るくふるまい、くじけそうな隣人を励ます事の大切さ、それも知っている。


 けれど、それだけじゃ、


 悲しみを背負った背中を、


 抱いた胸の中で泣きじゃくる想いを、


 孤独に座り込んだ絶望を


 どうすればいいと言うんだ。




 僕らは「瓦礫」と報道される「人々の大切な思い出の欠片」を片付けながら、やり切れない想いと吐き出せない感情を、様々な混乱という空気の中で味わい、ただ自分達の無力さをひたすら噛みしめていた。


 僕がボランティアに参加した理由は、日常生活を普通に送る自分に罪悪感を感じつつ、どこか対岸の火事の様な意識も拭えず、絶えずもやもやとした想いを抱いていたからだ。


 僕はそんな自分を卑怯だと思った。


 何か出来れば、それは僅かな募金だけではなく、具体的な行動を取れば自分の抱える想いがもしかしてすっきりするのではないか、そう思いボランティアに参加した。けれど、それは言うなれば自らのエゴの為だったとも言える。


 僕はそんな情けない男だ。


 結局、当時の僕は何も答えを見いだせないまま、高校3年の夏を終えた。その想いは未だに拭えていない。




 僕は倉橋瑞奈が何を思い「あなたの命を1分間だけ下さい」というこのページを作っているのか知りたかった。

 

 そこには「頂いた命の時間」とカウントされた時間が、累計1023分と表示されていた。クリックすれば僕の命の1分がそこに加わるみたいだ。


 画面には手書きで彼女のメッセージが記されていた。




 あなたの命を1分間だけ下さい。


 突然、こんな事を言われて多くの方が戸惑われるかと思います。


 現在、日本ではたくさんの自然災害により、かけがえのない命が消えています。


 その死はあまりに唐突で乱暴で凄惨で、とても耐えがたいものだと思います。


 そして病気や事故や犯罪でだって同じように、意図せぬままに尊い命が奪われています。


 私は突然命が奪われる、その痛ましい現実に抗う術を知りません。


 ですが、お亡くなりになられた方へ、多くの失くした想いへ、


 鎮魂の意味を込めて、


 あなたの祈りの時間を1分間だけ下さい。


 あなたの寿命から1分間だけ、


 本来まっとうすべきはずだった寿命を突然奪われてしまったかけがえのない命、


 その失った未来と奪われた想いへ、


 その無念な心の安らぎへ、


 どうか祈りを捧げて貰えないでしょうか。


 あなたの命を1分間だけ下さい。






 彼女のメッセージを読み、僕は抱えていたもやもやとした思いを無理に消す事は間違っているのではないかと思った。


 そして僕は僕の命の1分間を、失った命への祈りとして捧げた。多くの失われた命、その魂の安らぎをただ静かに心から祈った。



 あなたの命を1分間だけ下さい。










 ※2024,1,1に起こった能登半島地震をきっかけにこの短編を書きました。多発する多くの自然災害、突然失われる命、それにより残された人々。そのいたたまれない想いの安寧を、心よりお祈り申し上げます。


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