第21話 孤独の氷の王女様

 次の日の放課後。

 俺は廊下を歩くリューリを発見した。


 相変わらず一人で、話しかけるなオーラというか、絶対零度の雰囲気を醸し出している。


「ねぇ、そこの君この後お茶でも……」

「……はい?」

「ひっ! な、なんでもないです!」


 リューリの素性を知らない生徒が彼女に話しかけるが、その凍り付くような視線に睨まれすごすごと退散していく。

 う~ん、流石氷のヒロイン。


「リュ、リューリさん」


 そこで、今度は聞き馴染みのある声がリューリを呼び止める。

 キースだ。

 彼は少し緊張した面持ちをしていた。


「はい。どうかしましたか」

「え、えっと……この後皆で訓練するだろ? だから、訓練場まで一緒にどうかなって……」


 ふむ。キースはキースで独りぼっちであるリューリをどうにかしようとは考えているらしい。

 だが――


「いえ、結構です」


 リューリはにべもなくそう返した。

 キースの返事を待たず、リューリは廊下の奥へと消えていく。

 その後ろ姿にキースは溜息をつく。


 ……まぁ、気持ちは分かる。『ソドアス』でもリューリは好感度が上がりづらいヒロインで彼のように俺も気持ちが折れかけたものだ。

 だが、頑張れよキース。その先にデレッデレのリューリがいるからな。


 俺が心の中で健闘を祈っていると、背後からタッタと軽い足音が聞こえた。


「ん? キースどしたん?」

「シスラ……」


 久し振りの登場、シスラだ。キース率いる白組の副官となった彼女だが、組分けの日以降あまり見ることがなかったな。

 真っ白の肌に、透き通るような金髪。そして豊かなそのお胸。

 まさにエルフといった出で立ちの彼女だが、想像上のエルフからかけ離れているギャルのような性格のギャップに魅力を感じるプレイヤーは多い。


「またリューリに振られちゃったよ。最近時間通りに来ないし、出来れば話したかったんだけど……」

「あ~あの氷の姫様な。まぁ気長にやるしかないっしょ! あの子は過去が過去だしね~」

「……過去?」

「あれ、キース、リューリのことあんま知らん感じ?」

「うん……。僕元々平民だし、別の国の王女様ってことしか知らないや」

「そっか~。ま、それは訓練場に行きながら教えてあげる! 取り敢えず皆待ってるから行くべ」

「そうだね」


 彼らはそれからも会話を途切らせることなく、訓練場の方へ歩いて行った。

 うんうん。どうやらキースとシスラの仲は良好らしい。


 ま、『ソドアス』でも主人公と副官になったヒロインはくっつきやすくなるしな。


 さて、いつも通りならここで俺も紅組の訓練場に向かうのだが、今日は事情が違った。

 昨日考えた、『俺の好感度を下げつつキースとリューリをくっつける』――通称一石二鳥作戦を実行するため、俺はキースたちの後を追ったのだった。


▼▼▼▼


「……あれ?」


 白組の訓練場に着いた俺は、首を傾げる。

 そこにいる生徒の数は四十四。

 一人足りない。そう、リューリの姿が無かった。


「あら? ヴィクセン、今日もこっちに来たの?」


 不思議そうな顔をしたローゼリアが近づいてくる。


「ああ……。リューリを知らないか?」

「…………」


 俺がそう聞くと、ローゼリアはなぜか頬を膨らませる。

 な、なんだ?


「昨日も今日もリューリリューリって……少し妬けてしまうわ」

「ちがっ……そんなんじゃない!」


 ローゼリアの言葉に、俺は思わず強めに返事をしてしまう。

 ここにはキースもいるんだぞ!誤解の招く言葉は慎めよ!


「ふ~ん……。まぁいいわ。リューリは最近時間通りに来ないわよ」

「え、そうなのか?」

「ええ。どこで何をしているかは知らないけれど、事情が事情だし放っているのよ」

「そうか……」


 リューリの地元、ティラロ王国を支配している国の皇女として思う所があるのか、ローゼリアの表情には少しの憐憫が混じっていた。

  

 ふむ。しかしこれでは困った。俺の一石二鳥作戦はリューリがいないと意味が半減してしまうんだが……。


「心当たりはないのか?」

「ないわね。ここ最近、キースたちが彼女を探しに行くことがあるけれどまだ一回も見つけたことがないもの」

「そうか……」


▼▼▼▼


 俺はローゼリアと別れたその足で、イドニック騎士学園の端っこにぽつんと存在する書庫を訪れていた。

 書庫に入ると、壁一面の本棚が目に入る。四方を本棚で囲まれ、中央に並んである本を読むための机と椅子が置かれているだけのその部屋は、その薄暗さと学園の端っこにあるという立地も相まって、生徒たちからは人気のない場所だ。


「お、いたな」


 だが、俺はそんな場所で目当ての人物を見つけた。

 リューリだ。

 彼女の真っ白な髪はこの薄暗い部屋で一際目立つ。


 さて、俺が何故彼女の居場所が分かったかと言うと、それは勿論俺が『ソドアス』プレイヤーだからに他ならない。

 彼女の好感度を一定以上上げると、この書庫でリューリルートに入るためのイベントを起こすことができるのだ。


 キースとリューリをくっつけたいなら、キースをこの部屋に誘導すればよかったのではないかと思うかもしれないが、このイベントを起こすために必要なリューリの好感度はまぁまぁ高い。

 先ほどの会話を考えるに、恐らくキースとリューリの間には友達と呼べる関係すらないだろう。


 と、いう訳で俺自らこの部屋にやって来た訳だが……。


「…………はぁ」


 書庫の椅子に座り、溜息を零すリューリ。

 書庫だと言うのに机の上にあるのは本ではなく一枚の紙と羽根ペン。


 ぱっと見何をしているか分からないだろうが、『ソドアス』プレイヤーである俺には分かる。

 あの紙は彼女の父――つまりティラロ王へ送る手紙だ。

 人質として騎士学園に入学したリューリを心配しているティラロ王は、頻繁にリューリへ手紙を送っており、リューリもその手紙が来るたびに返信を送っているのだが……。


「『友達は出来たか』……そう言われても、ね」


 リューリはこの部屋に自分しかいないと思っているのか、独り言をポツリと呟く。 

 まぁ、その考えは間違っていない。この書庫は基本誰も寄り付かない場所として有名だからな。

 

「時間を守らずこのような場所で道草を食うなど、関心しないな」

「!?」


 予想だにしていなかった突然の声に、目を見開いたリューリが勢いよくこちらへ振り向く。

 ……なんだか、意図せず基本無表情の彼女のレアな顔を見てしまったな。


「ヴィ、ヴィクセン様……」


 リューリは俺の顔を見ると、少し震えた声で俺の名前を呼ぶ。

 ……あれ、リューリってヴィクセン様付けだっけ。ヴィクセンってゲーム序盤で退場するからあんま他のキャラとどう接してたかうろ覚えなんだよな。


「確かにティラロ王国はヘルタライア帝国の属国だが、王女と一貴族の息子である俺とでは、君の方が立場が上だろう。敬称は結構だ」

「…………」


 それに、『ソドアス』ヒロインが本心はどうあれヴィクセンに様付けするのは解釈違いだ。

 そう思って発言したその言葉だが、リューリはなぜか驚いたような顔をしていた。


「……どうした」

「い、いえ、私の記憶の中のヴィクセンさ――ヴィクセンと違ったものだから」

「そうか?」

「……ええ。だって貴方、私と顔を合わせるたびに結婚しろ結婚しろと言っていたもの。私の弱い立場を利用して」


 そう言えばそうだった。

 俺ってばうっかり。ヴィクセンは全ヒロインに嫌われてる男だったぜ。


「……もうそのようなことはしない。今日はお前に用があってここに来た」

「用……?」

「父への手紙は、明日にするがいいだろう」

「な、なんでそのことを!?」


 俺の言葉に、リューリは机の上の紙を隠そうと覆いかぶさる。

 その直前に見たその紙には、宛名だけが書かれておりそれ以外は真っ白だった。


 『ソドアス』にて、キースはティラロ王と顔を合わせる場面があった。その時に、ティラロ王はリューリは学園に友達がいるのかどうか聞いていた。

 その時のキースの返事はプレイヤー次第だが、少なくともキースと心を通わせる以前のリューリには友達がいなかった。


「……なに、今のまま手紙を書こうとしても『友達なんか一人もいません。お父様を安心させることが出来ず申し訳ございません』と書くしかないからな」

「あなた、なんでお父様の手紙の中身を……!」

「ハハハハ! お前は今すぐに訓練場へ向かえ!」

「な、何故あなたの言う事を――」

「そうすれば、明日、お前は手紙にこう書けるだろう! 『私は男子二人に取り合いになるほど人気者になりました』とな!」

「は、はぁ?」

「それでは、また後で会おう!」


 俺はもう一度悪役のように高笑いをすると、背中でリューリの困惑の声を受け止めながら書庫を後にしたのだった。

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カップル厨、当て馬悪役貴族に転生する~俺は主人公とヒロインをくっつけたいのに、何故かヒロインたちがこっちに来るんだが~ 水本隼乃亮 @mizzu0720

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