第20話 リューリ・アベラ・ティラロ


 リューリ・アベラ・ティラロ。

 

 彼女は『ソドアス』に登場するヒロインの一人であり、ローゼリアと人気を二分するほどの人気ヒロインである。


 その魅力はなんと言っても、付き合う前と後のギャップだろう。

 初対面からしばらくは、主人公とはおろか誰とも話そうとせず、つっけんどんな態度を取る、まさに氷の女だ。

 しかし、主人公と接していくうちに、その性格はまるでそれこそ氷のように解けていき、最終的に主人公にデレデレになる。

 このギャップこそがリューリを人気ヒロインたらしめる理由なのだが、何故彼女がそんな性格になったかを語るには、まず彼女の出自を説明しなければならない。


 リューリはヘルタライア帝国出身の人間ではなく、帝国の南西に位置するティラロ王国出身の人間であり、しかも名前から分かる通り王族だ。

 ティラロ王国第一王女。

 それが彼女の肩書である。


 さて、そんな彼女が何故隣国の騎士学園に入学したかと言うと、これは一言で表すならば人質だ。


 ティラロ王国は十年前の帝国との戦争に敗れ、帝国の従属国となってしまった。帝国は王国の忠誠を示させるために、王族である彼女を自らの監視下におけるイドニック騎士学園に入学させたのである。

 そして、ティラロ王国はヘルタライア帝国と同様、女性に王位継承権はない。その結果、彼女は帝国との関係を強固にするための政略結婚の道具になることが、その戦争で決まってしまった。


 それから、リューリはその自分の運命やこの世を儚んでしまい、要は人生に自暴自棄になってしまっているのだ。

 それが、彼女が氷の王女様と言われる所以。彼女の心を閉ざした氷を溶かすのは、主人公以外いないのだ。


 ……ちなみに、『ソドアス』本編では、リューリもヴィクセンの求婚攻撃の餌食となっている。期待を裏切らない男だ。

 しかし、ヴィクセンは帝国公爵にして宰相の息子という格式高い家柄の人間であるため、リューリは強く断れないでいるのだが。

  


▼▼▼▼


「さてさて……と」


 俺が悪役に返り咲こうと決意した翌日の放課後、俺は白組の連中が訓練している訓練場――の近くへと赴いていた。

 紅組のことはラフィーたちへ任せ、俺はリーゼットと共に相手の偵察に向かうと言う口実だ。


 しかし、目標は別にある。


「お、いたな」


 ソレは、すぐに見つけることが出来た。


 少し小さい背丈に、新雪のように真っ白い長髪。しかし、その額には馬の流星のように、ルビーのメッシュが入っている。 

 見るだけでクールと分かる美しい表情は、どこか影があるようにも見える。


 槍を持ち、独りで的相手に訓練している少女、リューリ・アベラ・ティラロである。


「相変わらずだな」

「……? 何がでしょう」

「リューリだよ」

「ああ、リューリ殿。確かに、私も何度かお見掛けしていますが、いつもあのようにお一人でいらっしゃいますね」


 リューリはその経緯からか、騎士学園の生徒としては意欲がない。まぁ、それも当然だろう。騎士学園にいるものはほとんどが自らの意志で入学しているが、彼女は人質として無理矢理連れられてきた身だ。


 そのため、常に一人で黙々と授業に参加するのみで学友も作ろうとしない。


「……フ、好都合だ」

「?」


 だが、そのお陰で俺の完璧な作戦――俺の好感度を下げつつリューリとキースをくっつけるパーペキな作戦を思いついたのだ。感謝せねばなるまい。


「あら、何をしているの?」


 悪役のような笑みを浮かべる俺の背後に、最近よく聞く声がかけられる。


「……ローゼリアか」

「ええ、奇遇ね。こんな場所で会うなんて」


 そこには本当に意外そうな顔をしたローゼリアが立っていた。

 ……ぶっちゃけ、あまり会いたくない人物だ。俺の事はいいからさっさとキースといちゃついて欲しい。


「そうだ、あなたに言いたいことがあったの」

「なんだ?」

「私を紅組に入れてくれない?」

「ブッ!?」


 そう、これだ。ローゼリアはあの一件以降もこうして俺に近づこうとする。


 一人の男として嬉しくないと言えば嘘にはなるが、俺の体には一万人のカップル厨がいるのだ。

 出来ればグイグイ来るのはやめて欲しい。それにここは白組の訓練場の近くだからもしキースに見られたら危ない!


「だ、ダメだ」

「まぁ、そうよねぇ」

「……?」


 あ、あれ。なんか思いの外すぐに引き下がったな。少なくともあと3回は同じやり取りをすると思ったのだが。


「ここで私が紅組に入れば、折角の貴方の気遣いも無駄になってしまうもの。流石に私もそこまでして貴方を手に入れようとは思わないわ」

「気遣い……?」


 はて、なんのことだろうか。

 俺がローゼリアを白組に追いやったのは彼女とキースがさっさとくっつけばいいなという私欲のためだけなんだが。


「はい。ヴィクセン様は今宮廷で繰り広げられている皇帝派と宰相派の派閥争いにローゼリア様が巻き込まれないように、ああいった言動を取られたのですよね」

「……は?」


 皇帝派?宰相派?なんだそれ。

 ……いや、そう言えば『ソドアス』でもそんな単語あったような?

 あぁ!思い出した。そう言えばキースと結ばれたローゼリアは第二部で帝国を腐敗させている筆頭、宰相とその一味を失脚させるんだったな。

 その火種となった争いはもうこの時点で始まっていたのか……。


「正直、子供である私たちにとってはそこまで関係が無いと見過ごすところだったわ。貴方には感謝してる。あのままでは無駄に手札を一枚捨てていたところだもの」

「流石です、ヴィクセン様」

「そ、その通り。感謝しろよ……」


 ぶっちゃけ、彼女たちの言葉は偶然の産物なのだが、リーゼットの憧れの視線を曇らせたくなかった俺は、苦笑いを浮かべながら首を縦に振った。


「そ、それよりもローゼリア。リューリの調子はどうだ?」


 二人の視線に耐えきれず、俺は強引に話を変える。

 ローゼリアはいきなりなんだと怪訝そうな表情を浮かべるものの、それに乗ってくれた。


「相変わらずね。私も少しは距離を縮めたいと思っているけれど、とりつく島もないといった様子だわ」

「そうか……。キースでも苦戦しているか?」

「……貴方、やけにキースを高く買っているわね。私が見る限り、大して話したことも無いと思うけれど」


 ローゼリアにじとっと見つめられる。た、確かに。俺は『ソドアス』を何回もやっているお陰でキースの人柄をよく知っているが、ヴィクセンという体は騎士学園が初対面の場だ。

 不審に思われるのは避けたい、円滑に彼女たちとキースをくっつけさせ平穏な除き生活を手に入れるためにも……!


「た、確かに直接話したことは少ないが、誰とでも分け隔てなく話しているのは見るだけで分かるであろう?」

「……ま、一理あるわね。確かに彼、皇女である私にも普通に話しかけてくるし」

「お前とか? どういった話をするんだ?」

「別にこれといった話はしないわ。そもそも生まれと育ちが違うから、あまり話も弾まないわね」


 くっ、これは前途多難。

 だが、挫けるものか。俺はキースとローゼリアをくっつけると誓ったのだから。


「それで、キースとリューリだったかしら? あの二人が話している所は見たことがないわね。キースも初めは仲良くしようと頑張っていたけれど、彼女のあの態度に心が折れたって感じかしらね」

「そうか……」


 『ソドアス』のキースであればリューリが折れるまで話しかけていたのだが、まぁゲームと現実は違うか。

 俺たちはリューリがヒロインだと分かっていたからどんな冷たい態度を取られようが粘り続けることが出来たが、一人の人間として接するには限界があるか。

 

 だが、それはそれで好都合。

 見せてやるさ。俺の好感度を下げつつ、キースとリューリの距離を急接近させる俺の秘策を……!


「……ヴィクセン。貴方顔が歪んでいるわよ。その顔、少し苦手だわ」

「…………」


 渾身の作戦の前に、少し落ち込む俺であった。

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