第19話 悪役貴族とは

 とても今更だが、ヴィクセン・フォン・アウドライヒという人物は『ソードアンドステラテジー』という恋愛ゲームに登場する悪役貴族なのである。


 そう、悪役なのだ。


 悪役と言えば、作中でも嫌われプレイヤーにも嫌われる屈指の嫌われ者だ。


 俺だってヴィクセンは嫌いだったし、作中で彼のことを好きとはっきり口にする人物はいなかった。


 ……まぁ、突然なんでそんな話を?と思われているだろう。


 それは――


「ヴィクセン・フォン・アウドライヒ。貴方はイドニック騎士学園に隣接するウエレ森に住みついていた盗賊に襲われながらも、見事他生徒の命を救い盗賊たちを殲滅しました。そう功績を、我がアロノード・フォン・イッシャ学園長の名で讃える」


 ここはイドニック騎士学園にある体育館。

 日本の小中学校のように、全校生徒が集まって集会をするためにも使われるその場所で、俺は壇上で学園長から賞状を受け取っていた。


 まさに学園長と言った風貌のアロノードは地面につきそうな程長い白いひげを蓄えながら、俺に文字がびっしりと詰まった賞状を渡す。


 俺はそれを受け取りながら、ちら、と壇上の上から全校生徒の表情を見てみた。


「…………」


 すると、そこから感じるのは尊敬、羨望の眼差し。

 嫌われ者だったヴィクセンの評価は、この時を境に盗賊から女生徒を庇い、盗賊たちを見事打ち倒したカッコいい奴という風に好転してしまったのだった。


▼▼▼▼


 今日は盗賊騒ぎから八日後、つまりローゼリアの宣戦布告から一週間後だった。

 あの日からもローゼリアの猛アタックは続いているものの、俺は今の所それを受け流すことに成功している。

 しかし、あの日のように一日中べったりと言う訳ではなく、顔を合わせたら近づいてくるといった感じだが。


「はぁ……」


 放課後。

 俺は今朝受け取った賞状を脇に挟み、訓練場へと歩いていた。


 紅白戦まではあと三週間。

 俺たちは白組に対して圧倒的に人数不利だ。

 そのため、紅白戦までに紅組全員をみっちり鍛える必要があったのだが……。


「お疲れさまです! ヴィクセン様!」

「……ああ」


 訓練場へ着くと、ラフィーが俺をはちきれんばかりの笑顔で出迎えてくれた。

 ……その笑顔をキースにも向けてくれれば文句はないんだがなぁ。


「訓練は順調か?」

「はい! ヴィクセン様の言う通り【修道士】になってから自分がグングン成長していってる感じがして、毎日楽しいです!」

「……そうか」


 桃色の髪をふわりと揺らしながら微笑む彼女に、俺は苦笑した。

 それと同時に、目に力を入れる。


====

ラフィー・エレッタ

Lv.5 【剣士】

HP 16

筋力 4

魔力 16

敏捷 9

器用 7

守備 3

魔防 12

幸運 10

====


(こんだけ成長すれば楽しいだろうなぁ……)


 俺は彼女のステータスを見て、うんうんと頷く。

 レベル5で魔力が16という値は、『ソドアス』でははっきり言っておかしい数値だ。もちろん高すぎておかしいって意味だ。

 流石魔力の成長率が一位のラフィーというべきか、『ソドアス』プレイヤーの間では「魔術ゴリラ」と言われているだけあるステータスだった。


 その他にも……。


「やぁ、ヴィクセン様! 先に始めさせて頂いているよ!」

「構わん」


 相変わらずの暑苦しい笑顔でヘインリッヒが俺に手を振る。


====

ヘインリッヒ・フォン・リッド

Lv.5 【弓兵】

HP 26

筋力 13

魔力 2

敏捷 10

器用 6

守備 8

魔防 3

幸運 5

====


「最近調子はどうだ」

「ああ、最近は攻撃が命中することが多くなってきてね。これも貴方のアドバイスのお陰だ」


 【弓兵】は器用の成長率にボーナスが加わる兵種だ。

 そのため、器用の成長率が低いヘインリッヒを【弓兵】にし欠点を補おうとした俺の目論見は成功したと言える。


「しかしヴィクセン様。僕は折角【弓兵】に合格したのに武器は斧のままでよかったのかい?」

「ああ。その方がお前の能力と合っているからな」

「ふむ……。職種に適した武器を使うというのは疑うことすらしなかった常識ではあるが、やはりヴィクセン様ほどの慧眼の持ち主ならばその固定概念すら覆してしまうという事か」

「そ、そういうことだ……」


 それに、『ソドアス』なら【弓兵】は弓しか使えなかったが、この世界ではどんな職種だろうと自由に武器を振るうことが出来る。

 そのため、【弓兵】となったヘインリッヒには相変わらず斧を振らせていた。

 ……何故か俺の評価が上がっているのは知らんが。


「あ、あの、じゃあ私も【修道士】から【戦士】に転職しましたけど、魔術を使ってもいいってことですか……?」

「ん……?」


 そう言いながら、俺に一人の女生徒が近づく。

 ……誰だっけ。


「お前、名前は?」

「フィール・フォン・コインですけど……」

「ああ、あの筋力50%のゴリラ女か。だめだお前は斧を振れ」

「私、これでもまだうら若き乙女なんですけど!?」

「はっはっは。確かにヴィクセン様の比喩には文句があるだろうが、君の膂力にはこの僕も目を見張るものがある。胸をはりたまえ!」

「いやだ……斧を振る姿をお父様に見られたら私はなんて言えば……!」

「だ、大丈夫ですよ。フィールさん、以前の模擬戦でも大活躍だったじゃないですか!」

「思い描いていた活躍とは違ったけどね!」

「はっはっは! ヴィクセン様に斧を振り回しながら敵陣に突っ込めと命令された時の君の顔は傑作だったよ!」


 あっという間に、訓練場はわいわいと明るい声で包まれる。

 数の少ない紅組だが、その士気は予想していたよりも高かった。


 これは、紅組に性格の良い奴が割と多いことと、昨日行った学園に常駐する騎士たちとの模擬戦の結果が大きかっただろう。


 ハンデとして紅組15人vs騎士10人で始まった模擬戦だったが、紅組の士気が高かったことと、それに当てられ俺が存外本気になってしまったことから、あと一歩で勝利を収める程騎士たちを追い詰めることが出来た。

 流石にここで勝つと悪役としてまずいと思い、ギリギリで負けるように誘導したが、やはり数の差はあるものの格上を追い詰めたという事実は生徒たちに自信をつけることに成功したようだった。


「皆、ヴィクセン様のご指導のお陰で着実に力を付けているようですね」

「……頑張ったのは奴らだ。俺はあくまで背を押したに過ぎん」


 俺の背後で陰に徹していたリーゼットが口を開く。

 その視線の先には楽しそうに騒ぐ紅組の生徒たちがいた。


「ヴィクセン様、私は次はどうしたらいいでしょう! 個人的には他の魔術も覚えたいと思っているのですが!」

「あぁ、是非僕にもアドバイスを頼むよ。自分が強くなっていくこの感覚はたまららなく楽しい!」

「わ、私としては今からでも斧を捨てる道をですね……」


 生徒たちはキラキラと輝く目で俺を見つめている。

 その視線に混じる感情は、尊敬、憧れ、そして……崇拝。


(まずいな、これは、まずい)


 しかし、俺にとってその視線は疎ましいものだ。

 これではまるで、俺が主役のようではないか。


(力を付けていく生徒たち、そんな彼らの中心にいる人物。そんな人間が、悪役でいいはずがない)


 本来、俺のポジションはキースが担うべき場所だ。このまま俺の評価が上がり、俺がクラスの中心となっていく事態は防ぎたい。


(そろそろ、俺の好感度ってやつをもう一度0まで下げる必要があるか……)


 俺は生徒たちにこれからの指針を伝えつつ、腹の底でそう考えたのだった。

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