ブッコローと競馬
意識を手放してしまってから、どれくらいが経ったのだろうか。視力はまだ回復していないが、周囲から人の声が聞こえてきた。
――スタジオから誰か助けに来てくれたのかな
「うわ、すみません……途中で具合悪くなったのか、気絶してたみたいで。そこにいるの郁さんとかですか?」
早く回復しなければとゆったり起き上がり、近くにいる誰かに声をかける。そろそろ視界も広がりそうだ。すると思いがけない人物が目の前にいた。
「ん?寝ぼけてるの、あなた。郁さんって誰?」
スタジオにいるはずのない人物が返事をしてきた。
「え」
状況が掴めず、呆然としてしまった。
「最近頑張りすぎなんじゃない?急にぼんやり他の人の名前呼んでさ。リフレッシュするために、今日一緒に競馬場へ来たんでしょ?」
他の女性の名前を呼んだことに関して不満を持たないどころか、ブッコローの体調を心配してくれたのは、ブッコローの妻だった。
驚きのあまり、一気に覚醒したブッコローは周りを見渡す。
本来は有隣堂の控え室にいるはずの自分が、なぜか競馬場のファミリー席に座っていた。芝生の青さがまぶしい。
レースはこれから始まるところのようで、ブッコロー夫婦はそれぞれ馬券を握りしめていた。
「ほら、レース始まるよ」
そう言われると、レースが始まる前のファンファーレが鳴り、ゲートが開いた。普段なら、ワクワクした気持ちで観戦しているが、事態が把握できていない今、ぼんやりとしか見ることができなかった。
そうこうしていると、レースは終了し結果が発表される。なんとブッコローが握りしめていた三連単の馬券が当たっていた。
「えーーー!三連単当たったの、うそあり得ない!もっと賭けておけばよかったじゃない〜〜」
隣にいたブッコローの妻が大騒ぎする。ブッコローはこの光景を見たことがあった。が、信じられなかった。
「えっとごめん、唐突なんだけどさ〜今日って何日?」
三連単の当たりを喜ぶのでもなく、日付を聞いてくるブッコローに戸惑いながら答えた。
「え、今日は4月16日の日曜日で皐月賞の日でしょ……?」
倒れはしなかったが目の前が真っ白く感じた。自分が過去に戻ってることに気づいて――。
***
時は巻き戻っておらず、ドライフルーツ回の収録は競馬中に見た白昼夢だったのかもと思っていたが、すぐに過ちだと言うことがわかった。
競馬からドライフルーツ回の収録が行われるまでの5日間。一度経験したことがすべて再現されていた。ドライフルーツの回も、一言一句違わず内野さんが同じ商品紹介をし、イレギュラーでお願いされたドライ漬物たくあんも用意されている。
収録の後は、何度も競馬場まで時が戻ってしまった。
レースを見るのは楽しいかったし、三連単の勝ちを喜びはしたものの、さすがに何周もするといよいよ焦りを感じる。このまま1週間をずっと繰り返すのか?と。
状況を整理するために、ブッコローは1週間の間で何が起こったのかを紙に書き出してみる。
4月16日(日) 競馬で三連単を当てる。夜は間仁田さんと岡崎さんで飲み会
4月17日(月) 間仁田さんが二日酔いになっていた
4月18日(火) プロレス好きの佐藤さんが、私物のプロレス雑誌を誤って捨てられていて落ち込んでいた。
4月19日(水) 恵比寿店のバックヤードでマサヨ姐さんが、書店員トライアスロンの王者防衛戦に向けて、雑誌縛りを怒涛の勢いで訓練していた。
4月20日(木) 岡崎さんが古文訳J-POPを口ずさみながら、ガラスペンの手入れをしていた。
4月21日(金) ドライフルーツ回の収録。日曜日に戻る
改めて、見返すとキャラの濃い社員が多い。と、思いつつ本題に思考を戻した。
おそらくタイムリープした原因は4月21日にあるだろうことはわかる。しかし、原因を突き止めたあと、タイムリープを解決する手立ては立てられるのだろうか?
何より、一人だけタイムリープをしている記憶を抱えて解決に挑むのはとても孤独でしんどいように思えてきた。
ブッコローは、ある人物たちに相談しようと決意して、5度目の撮影となるドライフルーツ回の収録現場まで向かった。
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