ブッコローと容疑者
6度目の木曜日、つまりドライフルーツ回の収録前日に当たる日だ。
ブッコローは、飲み会のときに出してもらった打開策と容疑者に関する意見を思い出しながら、目的の人物を探しに向かった。
***
飲み会はあの後、終電ギリギリまで続いた。一人で考えるよりも三人で議論する方が、新しい視点でアイデアを出すことができ、心底相談して良かったとブッコローは思った。
「今週の金曜日にあるドライフルーツ回の収録後に、タイムリープが始まったんですよね?」
岡崎さんが事実確認をしてきたので、ブッコローは頷きつつ、補足説明する。
「そうなんですよ。ドライフルーツの紹介をするために実食しました。最後にドライ漬物たくあんを食べたら尋常なく喉が渇いて。水分を求めて控室に戻りコーラを勢いよく飲んだら意識を失いました」
「コーラは、未開封だったんですか?入れ替えられている可能性もありますよね」
「そうですね。ですが、冷蔵庫にしまい忘れてカバンに入れっぱなしで。カバンもロッカーに入れて鍵をかけてたので、誰かに入れ替えられたってことはないと思います」
タイムリープした原因が何かという議論において方向性は二つあった。
一つは、内的要因。信じられないことだが、ブッコローにいきなひタイムリープする能力が宿ったというものだ。もし、こちらが正解だった場合、タイムリープする能力をコントロールできるようになるしか解決する手立てはない。
もう一つは、外的要因。外部からもたらされた事象によってタイムリープする能力が付与されたという可能性だ。
前者の場合はなす術がないため、三人で推理する方向性としては後者を採用して議論を重ねた。
「いやぁ、まるで小説の『時をかける少女』だね。ラベンダーの香りとか嗅いだ記憶とかはないの?」
有名なSF小説である「時をかける少女」は、学校の理科室で、女学生がラベンダーの香りを嗅ぐことでタイムリープする力が身につくストーリーだった。
間仁田さんの仕事が文具を担当しているとはいえ、本屋で働く者として有名な小説と絡めてくるのはさすがだった。
「思い当たるふしはないっすね〜」
せっかく考えてもらっているのに、原因特定への繋がりが思いつかない。
「そっかー。ミステリー小説であれば『誰がやったのか』『なぜやったのか』『どのようにしてやったか』の三大要素が大切だよね。今回の場合、『どのようにしてやったか』が一番重要か。原因がわかれば、能力の解明にも繋がるし」
お酒が入ると頭が回る性質なのだろうか、間仁田さんが頼もしく見える。
「『時をかける少女』のようなパターンと同じ場合、五感に訴えかけるものが原因な気はしますよね」
と岡崎さんも意見を重ねる。ブッコローも間仁田さんもその意見には賛成だった。
「となると、やっぱりドライフルーツが怪しいですかね。でも、先週の企画会議で全種類味見をしましたが、何も異変は起こりませんでしたよ」
動画の内容を決める企画会議で味見は済んでいたようだった。間仁田さんと岡崎さんの2人とも出席してたため、間違いはなさそうだ。
そのとき「あ」と何かを思いついたかのように、岡崎さんが声をあげる。
「何か思いついたんですか?」
「もしかするとなんですが、郁さん少し怪しくないですか?」
なぜそのような推測に至ったのだろうか。
「ブッコローの話を聞くと、突然ドライ漬物たくあんの実食を促されたんですよね?」
「まぁ、そうっすけど……でも、企画会議でもう決まってたことなんじゃないですか?」
「いや、会議では、メーカー担当者と電話して収録終わりの予定でした。それに郁さんの性格上、企画会議で決まらなかったことを突然収録中にお願いするタイプでもないですし」
言われてみるとそうかもしれないとブッコローは思った。あくまで可能性程度だが。
「あくまで可能性なんですけどね。誰がやったのかという視点も持っていてもいいと思います」
原因がわからなくても、犯人に直接聞き出すのはありなのかもしれない。
動機によっては危険が伴うかもしれないが、と不安に思っていると、岡崎さんが発言を続ける。
「おそらく同じ期間をループさせてるだけなら、私怨や危害を与えたいというわけでもないと思うんです」
「なるほど」
「なので、直接郁さんに確認しに行きましょう!」
「「は?」」
あまりにも大胆な提案に、間仁田さんとブッコローは声を揃えて驚いた。
しかし、その後、具体的な実行案が出てこなかったため、岡崎さんの容疑者に直接アタックする案を採用することとなった。
***
「あ、いた!郁さーん!」
「あれ、ブッコロー。どうしました?」
郁さんはちょうど人気のない会議室を片付けていた。チャンスだと思い、ブッコローは会議室に入り扉を閉めて、こう質問した。
「郁さんが犯人ですか?」
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