Naked Wind Ⅲ


 あれから私は多大な報酬を得た。

 三体の魔人が現れたにしては被害は殆ど無かったこともあって、よくわからないが取材も受けた。

 まあ?わたし?天才ですから。


 あの場に駆けつけた私以外の冒険者の遺族には、彼らを称えて報酬が与えられた。

 生きて彼らを返すことが出来なかったのは、少し心がかりだった。




 そんな私が何をしているのかと言うと……。


「ひ、久しぶりだな、アナスタシア」

「ええ、お久しぶりです。お父様」



 私はゆったりとした動作でカップとソーサーを手に取り紅茶を飲む。気分はお姫様か深窓の令嬢だ。



「最近、魔人を討伐したそうじゃ無いか」

「そうですね。討伐はわたくし一人の成果ではありませんが」


 謙る口調、私の顔色を窺う目つき。

 以前とは異なる自信の無さそうな表情。


 前回とは立場が反転していた。

 なぜなら、お父様の隣には、見覚えのある少年の姿があった。


「さ、流石姉上です。俺も見習わないといけないですね」


 そう、学園に入学すると聞いていた弟のアーケロンの姿だ。


「あら?あらあら?学園にいるはずのアーケロンがなぜここに?あらあら?まあまあ?」


 ここぞとばかりに煽り散らかす。

 ギリィ、と歯を食いしばる弟と、手に持ったカップがプルプルと震えるお父様。

 ニコニコとした私はさらに追い詰める。


「あぁ、きっと怪我をしてしまったのですね。今の時期に学園にいられなくなるなんて、治せないほどの怪我か、鍛錬に耐えられなくて逃げ出した場合だけですもの。そうじゃなければ?わたくしより?優秀な?アーケロンが?ここにいるなんてこと、ありませんもの。ね?」



 ちなみに学園では訓練の一つで死ぬまで戦って蘇生されるというものがある。

 蘇生の際にはズタズタになった肉体も、生まれたてのような卵肌になって復活する。


 彼が今正気を保ってこの場にいる時点で、逃げ帰ってきたという答えは明らかなのだけど。



「…アナスタシアぁぁ」

「…姉上ぇ」


「どうかされましたか?」


「「……何も」」


 超、楽しい。


「それで……前に約束した通り、お前にヴォレストの名を名乗る事を許そう」



 ……正直、私はもう、家への執着を失っていた。

 弟が学園から逃げ出した事が一つのきっかけだ。彼は確かに才能豊かで勇者になることもできた。

 でもそうならなかったのはひとえに、彼が甘やかされてきたからだ。


 そうやってアーケロンの才能を腐らせた事も、私の努力を見ようとすらしなかった事も、今もこうやってすり寄ろうとしている事も、全部が不快だった。



 何より、もう私は彼らに縛られるのは嫌だった。



 ただ……使えるからには使ってやろう。


「許す?学園から逃げ帰った腰抜けが下げた家の格を、私が上げようと言うのに、許す、ですか?」

「ヴォレストの名を名乗ってくれ」

「『名乗ってくれ』?かぁ、う〜ん、そうです、かぁ。それにさっき『お前』とか言ってたなぁ」

「貴方様に名乗って頂きたいです!!」



「そこまで言うなら……良いですよ。ヴォレストの名を上げるため、これからはアナスタシア・ヴォレストを名乗って上げましょう」



 溜飲は下がった。どうやら私はかなりのストレスを家から受けていたらしい。

 ストレスの種は4つ貯めてもくっ付けて消すことなどできないから、気付いたら消して行くに限るわね。


「その代わり、一つ頼まれてくれますね?お父様」

「んっ、ん、ああ、もちろんだ」




 ◆




「541110番、迎えだ。出ろ」

「…はい」


「あんちゃん、もう出んのか?」

「ええ、そのようです」


「もう、戻ってくるんじゃねえぞ」

「…今度は外で会いましょう」


「へへ、そうだな」


「…急げ」


 猥褻物陳列罪で捕まっていた男は、看守の声に従って牢を出る。手錠を掛けた手で頰をなぞる。

 伸びっぱなしの髭の感触に、男は苦笑いを浮かべる。

 看守は気味が悪そうに男を見た。


 自分の罪は大した物では無く、あと一ヶ月程で出られたはずだが、どうして更にそれが早まったのだろうと疑問を浮かべる。


 しかし、折角鍛えていた体が乏しい栄養と運動不足により衰えてしまうのは惜しかったので、早く出られる分には構わないかと思い直した。



 刑務所の外は直上の太陽の光で眩しく、思わず手を翳した。


 そこで目の前に銀髪の女が立っていたことに男は気づいた。


「アナスタシアか」




 彼女は腕を組むと、銀色の瞳で彼を睨み付ける。


「ほんと、どれだけ迷惑かけんのよ、変態!」

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ネイキッドブレイブ 沖唄(R2D2) @R2D2

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