Naked Wind II

「アナスタシアさん、あれが」

「ええ、間違い無く」


 両腰に二本ずつ剣を帯びた剣士が私に注意を促す。

 荒野に出た私達冒険者だが、直ぐに魔人の姿を見つけることができた。


 狐と人間が混ざった様な見た目だ。



 足止めとして集められたのは銀板の冒険者が十数名と金板の冒険者が私を含めて三人。



「〈雷速〉」


 まだこちらの存在に気付かれない内に魔法を唱えて思考速度を上昇させる。


「〈風鎧〉」


 味方の周りに風の鎧を作り、守りを固める。


「〈火纏〉」


 更に殺傷能力の高い火のエンチャントにより、味方の武器が赤熱する。


 どうやらここで魔人がこちらの存在に気づいた。



「あらあら、こんなに人が集まるなんて、私も人気者ですわね」


 愉しげに声を上げる女狐に対して前衛が切り込む。


「ふふ」


 くい、と指を上げると、先頭の冒険者の首が上に飛ぶ。


「!?、散らばりなさい!!!」


 私の声に従って冒険者は半円状に散らばり女狐を包囲する。


 空間魔法を使うなんて、厄介ね。


 もう一度、女狐が指を上げる。


 私は用意していた魔法を解き放つ。


「〈空隙〉」

「あらあら」


 冒険者の1人に向けられた魔法を風の隙間に飛ばす事で無効化する。


 速い。思考加速を併用してもまだ向こうのほうが速い。

 女狐は火の玉を周囲に浮かべて冒険者達を牽制する。


 私はひたすらに必殺の一撃である空間魔法を封じる事に専念する。


 冒険者達は火の玉を盾で受け止めたり、剣で斬り消したりして数を減らしていく。


 懐に入り込んだ、金板の剣士が両手の剣で女狐の手に傷を与える。


 行ける、勝てる。


「まあまあ、元気ですこと。でも、少し迂闊ですわね」


 剣士の浴びた血が突然発火する。一気に全身を覆うほどに火は激しい。



「〈水壁〉」


 水の塊を彼を中心にして発生させると、炎は消えた。しかしその隙に女狐は指を弾く。


 私を中心に空間が歪む気配。


〈空隙〉は間に合わない。



「〈風爆〉!!がっ」


 圧縮した風を私の懐で爆発させる。

 衝撃で後ろに吹っ飛んだ私は、空間を掻き回す魔法から逃れた。

 あれが当たっていたら間違い無く死んでいた。


「こふ」


 血を吐く。避けるためとはいえ殺傷能力の有る魔法を自分に使うことになるなんて。


 魔人を舐め過ぎた。


 いけすかない言葉を吐く魔人へと指を向ける。



「〈雷火〉」

「っ、痛いですわ」


 雷で女狐を穿つ。

 女狐の胸元に穴が空くが、少しずつその傷は埋まっていく。

 魔人の再生は無限では無いが、今の私に取っては海をマッチで蒸発させるような苦行にしか思えなかった。


「化け物」

「酷いですわ。私狐さんですのよ。ほら、こーんこん」


 そう言って手をこまねく。

 おちょくる様な仕草に私の神経が逆撫でされる。

 何より魔人がそんなことをしている間も、火の玉は周囲で数を増やしていく。


「囲んで!血に触れないように牽制して!!」

「はい」「うす」「イエス!マム!」


 先程の魔法よりも一段階上の魔法を構築していく。

 合間に飛ばされる空間魔法を潰すことで冒険者を援護する。


 火の玉により焼ける冒険者も居るが水魔法を別の仲間が飛ばすことで対処している。


 攻めでは無く、あくまで相手の動きを止める事に重きを置けば、有る程度は持ち堪えられる。


 よし、これでとどめ。


「行くわ!〈雷砲〉」


 呪文と共に私の正面から雷の濁流が飛び出す。


「!?」


 女狐が驚いた様に目を見開き、両手で印を作ると、雷は裂けたように二つに分かれる。


 別れた光の濁流は地面を溶かしながら荒野の向こうへと消えていく。


「……びっくり、しましたわ」


 防がれたと思っていたが、女狐の体は雷の熱によって、右手が溶けて、右半身は炭化する程のダメージを受けていた。


 本当に丈夫ね。


 私も半分以上の魔力を使ったが、それでもこの調子なら勝てそう。



「ふふふ、でーも、これでお終い、ですわ」


 そう言うと、私たちのずっと後ろ、砦の直ぐ前の空間が黒く歪む。

 黒い球が消え去った時には2体の魔人が城塞都市の眼前に降り立った。


 虎型の魔人と、兎型の魔人。

 狐型をこれまで追い詰める事が出来たのは仲間の魔人を呼び寄せるための準備をしていたから。


「足止めは徒労でしたわね?」


 その事実が私の窮地をこれ以上ない程告げてくる。




 ◆




「おや?」

「あ、あなたはアナスタシア様とパーティを組んでいた方ですよね?」


「ええ、そうですよ」

「今、魔人が二体が砦の前で暴れてるんです!ここにいる冒険者に緊急でいら……」


「それを止めれば良いんですね?」

「……い……。えと、はい。」


「分かりました。…アナスタシアは今どこに?」

「先に現れた魔人を足止めして…何を?……きゃっ、何をしているんですか!?何で服を脱ぐんですかぁ!」


「おいお前何してる!」「……恐怖で気が狂ったか」「…まるでラタナソカスグレイだな」「変態だ!捕らえろ」


「〈力〉、〈風〉、〈光壁〉」


「魔法使い型の変態だ。注意して捕らえ…うおっ〈光壁〉を足場にしやがった」

「はえー。逃げられちゃいましたね」

「もうあんなに小さく」

「光る変態…だな」

「いいケツだ……」




 ◆




「〈空隙〉!〈空隙〉ぃ!」


 全てのリソースを攻撃へと振るうようになった女狐の空間魔法は私の対処を上回り、守りきれなかった冒険者が空間に巻き込まれて潰れる。


 冒険者も魔人に攻撃を与えるが、直ぐに傷は塞がってしまう。それでもダメージは蓄積しているようで、少しずつ回復速度は落ちている。


 だが、それよりもこちらの消耗の方が激しい。


「アナスタシアぁ!防御は良い!攻撃を!」


 うるさい!攻撃が必要なのなんて分かってる!

 でも防御を捨てるなんてことしたらこっちに攻撃が向くでしょ。

 女狐が魔法寄りの魔人だから前衛を守る必要があるのもわからないの!?


 そんな事を言う余裕すら無い。


「〈雷火〉」


 防御の傍らで構築した魔法を放つ。

 女狐は先ほどと同じものだと侮り、避けずにそれを受ける。


「ぐぅ!?」


 高収束の〈雷火〉を受けて右手が穿たれる。

 女狐は手の動作や印によって魔法を使っていた。それを封じれば良い。

 右手で空間魔法が使えなくなった女狐は剣士達から攻撃を受ける。


「早く!早くこいつを殺して、砦まで」

「手がなければ……印が結べなければ、魔法が使えないとでも?」

「!?」




「魔法とは儀式、ですわぁ」




「印を捧げて魔を作り、血を捧げて魔を生み、祈りを捧げて魔を降す」



 そう言うと、傷のついた右手を左手で切り飛ばす。

 落ちた右手は冒険者達の中心に転がる。


「逃げて!!」




「〈獄〉」


 空間が灼かれる。爆発が空間魔法によって無理やり堰き止められる事で、内部の温度が有り得ないほどまで上昇し、骨まで蒸発する。


 自身の腕を捧げる事で強力な魔法を起動させたのか。


 私はたまたま区切られた領域の外にいた事で助かった。



「ふぅ、少し暑いですわぁ」


 溶けた地面を踏みながら一滴の汗を流す狐の姿が現れた。

 空気を含んだふわふわの尻尾を振って風を起こして、涼を取ろうとする。


 儀式に使用しただけあって右手が復活する様子は無い。


「うふふ、あとはあなたひとり、ですわぁ」



 遠距離の打ち合いでは私は女狐に及ばない。

 残る選択肢は一つ。

 勇者には最低限の近接能力が必要とされる。

 私はそのすら持っていなかったけれど。


「……こんなところでも」


「?どうしたのかしら」


「〈水纏〉」


 火の玉に耐えられるように水を自身の体にエンチャントする。


「〈力〉」


 基礎の身体強化魔法だ。ただ強くなるだけの物。

 少し練習すれば誰でも使える。


「〈風速〉」


 動作速度を上昇させる魔法。学園ではよく使っていた物だ。



「はは」


 最も苦手としていた近接での戦闘。それこそが、この魔人に打ち勝つ唯一の手段なのは本当に皮肉すぎて、笑いがこみ上げて来た。


 杖をクルリと背中に回して、片手を女狐へと差し出した。


「かかって来なさい」




 ◆




「はあ!」

「あらあら」


「フッ!」

「まあまあ」


 私の攻撃を女狐は踊るようにくるくると避ける。

 明らかに満身創痍に見えるのに、その動きは私よりも鋭い。


 焦ってはダメだ。


 持ち堪えれば勝ち。



 学園でのことを思い出せ。

 私はできる子だけど、器用ではない。


 そんな私が武器での戦闘で気をつけることは?


『相手の不得意な間合いで戦うこと。相手の間合いで戦ったら死ね』


 どの間合いも不得意な私が唯一戦えるのは相手の不得意な間合いだけだと、思い出せ。杖が届いて相手の届かない間合いを保ち続ける。



「うっ」

「あらあら、だいじょうぶ?」


 側頭部に火の玉が当たって弾ける。

 エンチャントのおかげで、燃えることは無いがそれでも衝撃は残る。


 心配そうな声を上げながら、魔人が掌底を当ててくる。


 瀕死のためか、教官の怒声が頭に響いて聞こえた。


『目は閉じるな。閉じたら死ね』


 視界の端でとらえた尻尾による拘束を抜けて杖の先を回転させて狐型の側頭部に勢いをつけてぶつける。


「痛いわぁ」


『死に掛けほど油断するな。油断したら死ね』


 追撃に合わせた、爪での引っ掻きを避ける。



 が、ローブの襟を掴まれる。まずっ



「いただきますわぁ」

「う”ぅ”!!」


 肩の肉を犠牲に魔人の間合いから逃れる。


 喉を通った私の肉が狐型の体に取り込まれる。


「まあ、美味しい!美味しいわぁ。もう一口、いただきたいですの」


 右腕の断面が盛り上がり、回復速度が少し上がる。化け物め。


 肩の肉を奪われた事で私の右手が上がらなくなる。


 回復魔法を構築しようとすると、狐型が指を持ち上げる。

 ああ、もう!


「〈空隙〉」


 空間魔法を打ち込んでこちらが回復する時間を潰してくる。


「あらあら。痛そうですの」

「さっきからあらあらあらあら、うるさい!」


 苛立ち混じりに杖を振るう。


「まあまあ」

「っこの!?」



「もう飽きましたの」

「!!あがぁ!」


 人間の様だった瞳は、獣の様に鋭く野生を帯びる。

 私の杖を手で受け止めると、伸びた爪で私を引き裂く。


 爪の先についた血液を舐めると、恍惚とした表情を浮かべる。

 さらに狐型の力が回復する。


「こちらの番ですの」


 狐型は、手を小招く。可愛らしく首を傾げる。



「こーん、こん」


 同時に二つの空間魔法が私に放たれる。

 一つは私ごと空間をかき混ぜるもの、もう一つはさらに上から私を押しつぶそうと迫る空間の壁。間違いなく詰み。


「最悪」





 その瞬間、私の眼前に唐突に、変態の尻が降り立った。



 ——変態が左腕を振るうと、歪んだ空間が止まる。


 ——変態が右腕を振るうと、迫る空間の壁がガラスの様に砕ける。



「空の理だろうと、僕の自由を縛ることは出来ない」






 体全体が輝く変態は私の方を振り返る。綺麗な金の瞳が私を射抜いた。

 彼は薄く笑った。


「ごめん、少し手間取った」

「……え」


 余りにも堂々としている彼に私は呆けた様に声を漏らした。


 言葉と共に二つの塊が、べちゃりと狐型の前に叩きつけられる。



「え””?」


 狐型は困惑の余り口調が崩れる。

 砦に向かったはずの虎型と兎型が、身体中に大穴を空けて蹲っていた。


「ふざけた…にん…げんだ」

****ピーーーー***ピーー!」


 虎型は恐怖と苛立ちの篭った声で吐き捨て、兎型は聞くに耐えない言葉で叫び声を上げる。彼は、城塞都市では仕留めるのに周囲に被害が出ると思い、ここに向かってその体をぶん投げたのだ。




「これまで、よく耐えたね」




 そう言って彼は三体の魔人に向かった。


 虎の魔人の爪は彼の体の上を滑り、彼の裏拳で腕が吹き飛んだ。


 兎の魔人の蹴りに対しては、彼が蹴り返すと、足が砕け、ふざけた速度で吹き飛び岩に叩きつけられる。


 狐の魔人の空間魔法は彼が腕を振るえば消される。


 この瞬間、彼は世界で最も自分勝手に世界をかき回していたに違いない。



 彼が引っ掻く様に空気に指を掛けると、彼の手だけが世界から乖離する様に気配が薄くなり、手を振るとそれに引っ張られた空間が歪み、周囲を巻き込んで消えていく。


「なっ、ふざ——

「**!**——

「この、へん——



 消滅の波に巻き込まれた魔人はまるで元から存在しなかったかの様に姿を消し、後に残ったのは地平線まで続く巨大な四本の裂け目だけだった。



「ふぅ」


 彼が息を吐くと、纏っていた輝きが収まる。それまで感じていた超然的な雰囲気も消え去った。

 彼の後ろ姿はあの地獄のカリキュラムを熟しただけあって芸術的なまでに引き締まっていて、あれからも鍛錬を怠っていないのだと分かるほどには密度を感じた。


 こんな……変態なのに。



「帰ろうか」

「……うん」


 惚けたように彼を見ていた私は、そう答えるのが精一杯だった。


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