Naked Wind I

 未だに私の心に深く刻まれる苦い記憶がある。




 ◆




 私は今よりも身長が低く、その時は学園から貸し出されていた木の杖を握っていた。

 相対するのは刃を潰された剣を持ち、黒髪に神秘的な金の瞳を持つ少年だった。


 近接戦闘の試験。攻撃魔法を禁止した状態での戦闘は、私が最も苦手とする科目だった。


「そんな、私はまだ!」

「いいや、アナスタシア・ヴォレスト。お前は失格だ。二人とも舞台から降りろ」

「はい、わかりました」


 はスカした顔で剣を収めて階段を降りる。


「な!待って」

「君は失格だと言われただろう。いい加減聞き分けた方が良い。僕だって暇じゃ無いんだ」


 は私の事をラタナソカスグレイの排泄物みたいに見て、そんな言葉を吐いた。私はそこで何かを喚いて泣いて、結局教官に引き摺られて学園を追い出されたのだ。


 私にとっては、そこに居る事こそが私の存在意義で、家族から認められる資格で、だからこそ、私は家から追い出されないように血反吐を吐くような努力をしてそこにしがみついて居た。


 ただ不幸だったのは、候補生のみが残れる学園という環境において、血反吐を吐くほどの努力と言うのは、朝起きてカーテンを開ける程度の些事であり、そんな中で最後尾に居たのが、偶々私だったと言う話だった。




 ◆




 別にが憎いと言う訳では無い。

 彼だってあの環境に必死で食らいついていたのだ。

 だから、特に彼に対して含む事は無い、無いのだが。


「何でアンタが居るのよ」

「久しぶり、僕の事覚えてるかな?」


「覚えてるも何も、私が学園から出ることになったのは貴方が模擬戦で私を負かしたせいでしょ」

「そうそう、そんな事もあったね」


 うんうん、と懐かしい思い出を語るようにそう語る彼に私は怒りを覚えた。


「『そんな事』!?、私はそのせいで家を追い出されたのよ!」

「アナスタシアが退学になったのは成績不振と聞いたけど?」

「ぐぬぅ」


 確かに模擬戦だけのせいじゃ無いが、こいつがそれを言うのは私には許し難かった。


「それより何の用なの。私、ギルドで依頼を受けないといけないんだけど。学園を追い出されたせ!い!で!」

「……僕、勇者になりたいんだ」

「え?」


「だから勇者になりたいんだ。それで仲間を探してる」


 私は混乱した。勇者は学園の候補生が洗礼を受ける事で成れる物だと思って居たからだ。


「アンタ、洗礼受けてなかったの」


 同い年の候補生の中では結構上の方だったのでとっくに勇者にでもなってると思ったのだけど、違うのか。そうか。

 心の中で暗い愉悦が首をもたげる。


「洗礼は受けた」

「あっそう」


 愉悦を心の闇の中に放り投げた。


「受けたけど、勇者には成れなかったんだ」

「何で?」


 彼は何でも無い事のように言った。


「祝福が『裸』だったんだ」

「え」


「祝福が『裸』」

「え」




「アハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」


 裸、裸?本当に傑作!

 私にあんなに見下した目をしてたこいつが『裸』の勇者なんて。ここ最近で一番愉快なニュースだった。私は呼吸が出来ないほど笑って笑い疲れてしまった。


「あ〜〜、おっかしい!」

「それほどでも無いよ」


「裸って半裸?全裸?」

「全裸だよ」


「全裸!アハハハハ」


 シモの話で盛り上がる下品な子供のように私は笑い転げた。



 しばらく笑って今度こそ呼吸を整える。


「フー……それで仲間になって欲しい、だっけ?」

「うん」


「イ!ヤ!よ!気色悪い」

「う〜ん、そう、かぁ」


 いけすかないコイツの仲間をするなんて嫌だったし、それよりも『裸』の勇者の仲間と呼ばれるのが嫌だった。

 意趣返しに手酷く断ってみたがそれでもコイツには響いていないようだった。

 それに、以前と比べて物腰が柔らかくなっている。目の前で笑った事も全然気にしていないようだし。


 コイツだけが大人になったみたいで、それも、気に食わなかった。




 ◆




 城塞都市における私の朝は早い。

 ギルドには魔物の討伐依頼が山程寄せられるが冒険者達は我先にと取り合い、昼前には割の良い依頼は殆ど無くなる。

 混雑が嫌いな私は誰よりも早く来て良い依頼を取るために日の出前には目を覚ます。


 手早く支度を終えた私は依頼を探すべくギルドへ向かった。


 馴染みの受付嬢に手を上げて挨拶をすると、目の前に黒髪の男が現れた。


「……アンタの用事は断ったでしょ」

「諦めるとは言ってないよ」


 見上げた根性だ。


「やっぱり、メリットが必要だよね。それで考えて来たんだけど……」

『裸』の勇者アンタの味方っていう事実がデカ過ぎるデメリットなのよ!いい加減気付きなさい」


 クールに断る私、最高にカッコいいわ。

 彼の横を通り過ぎて、掲示板の依頼を探す。

 金板を与えられた私であれば大抵の依頼は受けられる。


 それでも、適性や費用効率を考えて避けるものも存在する。


 例えば採取依頼。難易度の高い物だと魔物が飛び回る絶壁に生えてたりする。

 私なら魔法で体を浮かすことも出来るのだがそれをしながら全方位から迫る大群を相手にするのは面倒だし、そもそも隠れたものを探すのに向いていない。

 身体能力が有れば壁をよじ登りさっさと回収して逃げることも出来るだろうが、能力を魔法に割り振った私ではそれは難しかった。


「これとかどう?」


「オニタケダケシイタケの採取。これってオーガを引き寄せる奴でしょ。無理無理、私魔法しか使えないから、前衛でもいない限りは……ってアンタまだ居たの?」


「僕が手伝うよ、報酬は折半で。お試しにどうかな?」


 良い顔で告げるメンタル鋼男。


 依頼内容を見ると、ここにある依頼の中では抜群に効率が良かった。

 コイツが前衛寄りの戦い方をするのも含めて相性はかなり良い。一時的にパーティを組むだけなら断る理由が無かった。


「ぐぬぬ」

「それじゃあ依頼を受けてくるね」




 ◆




「良かった」

「ほら」


 彼との依頼は驚く程スムーズに進んだ。

 まず彼がオーガを見つける。私がマーキングを施し追跡すると、目標だったオニタケダケシイタケに惹き寄せられて無事見つける。


 後はオニタケダケシイタケの周りを彷徨くオーガ相手に戦うだけ。彼は勇者の力を使うまでも無く、前衛をこなしながらも光による攻撃でオーガ達から視界を奪い、時間を稼ぐ。私は範囲殲滅魔法を撃てばそれでしまいだ。


 前衛がいるとこうも簡単に依頼が達成できるとは思わなかった。これまでは私が前衛を必要とする程の相手だとついて来れる者がいなかったので半分諦めていたが、育成も視野に入れて考えた方が良いかも知れない。


「これからも僕と組まない?」

「う〜〜」


 前回よりも私の気持ちは少し揺らいでいた。以前よりも性格がとっつきやすくなっているのもプラス要素だった。むかつく、V字にハゲろと呪った。


「そ、そもそも何で私と組みたがるのよ?」


 これは前から気になっていた事だ。

 私は基本的に運動が得意ではない。だから、走って斬って(魔法を)打って勝てる、を重要視する勇者の候補からは外れる事となった。

 勿論並よりは幾らかマシだが、それでも近接だけでは銀板を得ることも難しい程だ。


「それは勿論、君の魔法が誰よりも優れているからだよ」

「誰よりもなんて……」


「それは半分冗談で」

「最低っ」


「君がよく使っていた加速の魔法が僕と相性が良いからだよ。模擬戦の時とかよく使ってたよね?」

「そうしないとアンタらと戦う事なんて出来ないから」


 彼が言っているのは〈風速〉や〈雷速〉の事だ。これらは自身の動作速度と思考速度を向上させる効果がある。


 模擬戦などの一対一の状況だとこれを使用して、弾幕を張る事でどうにか勝負の場に立てた。


「なるほどね、確かにあれを使えば前衛のアンタは戦いやすいだろうけど支援魔法はそれだけじゃないでしょ?それこそ専門の神官にでも頼めば良いじゃないの」

「祝福を使うと大抵の支援はあまり意味が無いんだ。それにアナスタシアなら範囲魔法も得意だから、戦い方でもお互いに棲み分けができる。僕と君は相性最高だと思うんだ」


「……最後がキモいけど、言いたい事は分かったわ。……少し考える時間を頂戴」

「分かったよ。何か用があれば、ギルドに伝えておいてくれれば次の日には僕に届くから。またね」

「ええ、また」


 彼は手を振るとギルドを出て行った。



「はぁ」


 彼の手を取れば身を立てる事が出来るだろうか。そうすればもう一度父上に認めて頂けるかもしれない。

 もう一度居場所を取り戻す事も叶うだろうか。


 見覚えのある馬車が目に入る。側面にはヴォレスト家の紋章。


「お父様!」


 馬車を追うと一つの建物に入った。

 私は門衛に自身の身分を明かし、取り次ぎを頼む。


 屋敷の執事の案内で応接室の一つに通された。

 私はそわそわと周りの家具に視線をやりながら時間を潰す。

 勇者ほどでは無いが、金板の冒険者として活躍した私ならばもしかすると認めてもらえるかもしれない。そう淡い期待を抱いて。


 ドアが開く。


「お父様」

「久しぶりだな」


 言葉とは裏腹に、その瞳はとても冷たかった。


「わたくし、金板の冒険者と……」

「もうすぐ、アーケロンが候補者として、学園へと入る事となる」

「そ……そうなのですか」


 アーケロンとは私の弟だ。家族の皆が彼の才能に喜び、未来の当主となる彼の存在を尊んでいた。その話を今するということは……。


「分かるか?アーケロンならば途中で学園を叩き出されてお前と違って、勇者になる事もできるだろう。魔人一人狩れないお前とは違って魔王を狩って、伝説の勇者にもなれる」

「…はぃ」


 幼少の頃から剣も魔術の力も抜きん出ていた弟の才能ならば、私とは違い勇者となれるだろう。


「一月だ、あと一月以内に魔人を殺せなければ二度とヴォレスト家を名乗ることは許さない」




 ◆




 次の日、いつも通り朝早くにギルドに着いた私の前には多くの人だかりが出来ていた。


「あぁ、よかった。いらっしゃったんですね、アナスタシア様」

「ええ、どうかしたの?」


 私に声を掛けたのは馴染みの受付嬢。

 彼女はひどく焦った様子で私の側に走り寄る。


「実は、ここに魔人が向かって来ているようなんです。先程緊急の連絡にてその事が知らされまして……これから近くの街から勇者さまに救援を求めるところなんです。しかし、試算ではそれよりも早く魔人はここに辿り着くようで。……それで、今動ける冒険者でその魔人を足止め出来ないかと」


「すぐ出るわ」


悩む暇は無い。躊躇うことなくその言葉は出た。

受付嬢は一瞬目を見開いた後、重々しく頷いた。


「分かりました。今いるものを共に付けます」


 情報が本当なら急がなければならない。

 魔人が気まぐれに速度を上げれば猶予など簡単に消え去ってしまうだろうから。

 それに、私の心情に誂えたように魔人が現れた事に罪悪感を覚えていたのもあった。


 私は装備を確認しに走った。




———————————————


冒険者のランクは

金板 > 銀板 > 銅板 > 鉄板 > 木板

の順番。



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