第12話 「アリシア、依頼者のことを詮索するのは良くないよ」

 放り出された石がゴトンっと音を立てて転がり、少年は私の背にしがみついた。


「私も虫は嫌いだけど。そこまで驚かなくても……」

「あ、あ、あ、あんなに、い、いっ、いっぱいの虫は、見たことがな、ない、です」

「庭いじりとかしないの?」

「……庭、いじり?」

「あぁ、あなた、お嬢様のお世話係だったわね。そんなことしないか」


 庭の石の下にだって虫はいるわよと言えば、少年は震えあがって頭を激しく振った。何だか、小動物みたいでミシェルに見えてきたわ。

 これじゃ、薪の用意を手伝わせるのも難しそう。本当に、お嬢様のお手伝いをするためだけの子みたいね。


 ふと、私のローブを掴む指を見て、違和感を感じた。ずいぶんで綺麗な指だ。お世話係と言っても、あまり苦労してなさそうね。まぁ、男の子がお嬢様のお着替えを手伝ったりするとは思えないし、出かける時の荷物持ちとかお飾りみたいなものなのかもしれない。

 そんなことを考えながらと見ていると、後方の草むらがガサガサっと激しく揺れた。

 パークスたちが戻ったのかしら。


「パークス? 早かったわね」


 声をかけながら振り返ると、そこにはお嬢様が立っていた。

 深く被るフードの下からも分かる怒りの様な威圧感が、私に向けられている。まるで、今にも剣を抜きそうな空気さえ醸し出していた。


「あ、あの! だ、大丈夫です……む、虫を見て、驚いてしまって」


 少年が慌てて声を上げ、石を指さした。すると、お嬢様はほっと肩の力を抜いて頷いた。

 この二人、何者なの。

 唖然としていると、苦闘しながら馬二頭を引っ張るパークスが戻ってきた。

 

「……ミシェル、ここは任せて良いかな? 私とパークスで薪を拾ってくるわ」

「いいよ。疲れたら交代するからね」

「ありがとう」


 馬を木に繋いでいたミシェルにそう言い、私はパークスの腕を引っ張った。


「え、俺も少し休みたいんだけど」

「薪がないと、休めないでしょ」

「……左様ですね」


 がっくしと肩を落とすパークスを連れ、茂みに踏み込む。そのまま、無言で野営の場所から少し距離を取った。

 私の様子にパークスは何かを感じたのだろう。声を潜めるように私を呼んだ。

 

「アリシア、何か気になることがあるのかい?」

「……やっぱり、変よ」

「変って何が?」

「あのお世話係の子、ちっとも手が荒れてないの。まったく水仕事なんてしてませんって感じの手よ。まるで──」

「アリシア、依頼者のことを詮索するのは良くないよ」

 

 私が持論を展開しようとすると、パークスはぴしゃりと言った。


「そうだけど……何よ、優等生みたいなこと言って。パークスらしくないわ」

「そうじゃなくて。事情があるから司祭に相談したお嬢様だよ。お付きにも事情があってもおかしくないだろ?」

「事情って?」

「んー、例えば、駆け落ちとか?」

「それはないんじゃない? あのお嬢様、顔は見えないけど雰囲気は私たちよりも年上よ。行き遅れのお嬢様とあんな少年が……」


 言いかけて、はとと気付いた。

 世の中には幼児愛主義者というものがいると聞いたことがある。もしかしたら、あのお嬢様がその可能性もあるんじゃないかしら。それなら、あの少年の悲鳴に血相を変えて──実際、顔は見えなかったけど──戻ってきたのも頷ける。


「アリシア……なんか、変なこと考えてるだろう?」


 黙り込んだ私を見て、パークスが深々とため息をついた。


「失礼ね。私は色々なケースを考えているだけよ」

「考えても仕方ないと思うけどね。俺たちは、無事にお嬢様を送り届ければ良いだけだよ」


 そう言ったパークスは、黙々と薪拾いを始めた。

 言っていることは分かるんだけど、どうしても気になるのよね。

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