第3話 バンクロフトのティールームへ、ようこそ!

 私の家はグレンウェルド国で一、二を争う大商会だ。

 魔具や魔書、杖などの取り揃えが充実しているだけでなく、茶器や食卓を彩るカトラリーなどの日常品も扱っている。若い娘に向けた装飾品や、お菓子にお酒なんて嗜好品、それこそ多種多様な商品を手広く扱って商売を展開しているの。


 正直なところ、我が家は田舎貴族よりも蓄えはあるし裕福な暮らしをしている。

 だから、私のことを金の力で貴族に仲間入りしようとしてるって陰口を叩く愚か者もいるわ。これから主席を維持する目標は、そんなこと言わせないためでもあるの。

 あんな、品性の欠片もない名ばかり貴族のに、屈してなるものですか。


 *


 目抜き通りにあるバンクロフト本店で、私は商売を学ぶために週二日、手伝いをしている。裏での事務の手伝いが主だけど、混んでいる時は接客をすることもあるわ。


 今日はティールームが少し混んでいるからと、店長にすぐ入るよう言われた。

 給仕服に着替え、長い三つ編みを丁寧に結びなおして店に出ると、入り口に見覚えのある赤いローブ姿の少女がいた。

 さっき教室で絡まれていた子だ。

 私の記憶が正しければ、彼女の名はミシェル・マザー。隣国の侯爵令嬢だわ。お供もつけないで一人で来るなんて、変わったお嬢様ね。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


 営業スマイルで声をかけると、驚いた顔をしたミシェル・マザーは「そうです」と答えた。さっきの今だと言うのに、彼女は私のことに気づいていないようだ。

 まぁ、店の制服に着替えているし、魔術学園の学生がティールームで働いてるなんて想像もしないわよね。

 彼女を窓辺の席へと案内し、テーブルにメニュー広げる。


「本日のおススメは、シャーリー牛のバターをふんだんに使用したスコーンになります。当店自慢のクロスグリのジャムとバターを添えてご提供いたします。紅茶はティベル産の夏摘みが先日入荷となりましたので、ぜひご賞味ください」

「ティベル産!」


 両手を合わせて歓喜の声を上げたミシェル・マザーは、その豊かな赤毛を揺らした。少年たちにおろおろしていた様子とは違い、目を輝かせている表情は年相応の幼さと素朴さが感じられて、とても可愛らしかった。

 これは確かに、男の子受けする女の子だわ。


「紅茶、お好きですか?」


 思わず口元を緩めて尋ねると、彼女は気恥ずかしそうに白い頬をぱっと赤く染めて頷いた。大きな声を出してしまったことを恥ずかしく思っているのかもしれない。


「お母様がよく好んでなの。あなたのおススメをください!」


 少しだけ悲しみを含んだ声音と言い回しに、彼女の母がもうこの世にいないのであろうと、私は察してしまった。

 

「かしこまりました。それではティベル産の夏積み紅茶とスコーンのセットをお持ちします」

「ありがとう」


 楽しみだと言って手を合わせたミシェル・マザーは、穏やかな笑みを浮かべて窓の外へと視線を向けた。

 丁寧に頭を下げてその場を後にした私は急いで厨房に注文を伝え、すぐに用意されたスコーンと紅茶のセットを銀盆にのせて、再び窓辺の席に向かった。


「お待たせしました」

 

 テーブルに一通りのカトラリーを並べ、温まったティーカップに色づいたお茶を注いだ。

 バラの花を思わせるような柔らかい香りが広がる。

 カップの中を見ていた少女は目を細めて、胸いっぱいに香りを吸い込んだ。

 

 本音を言うと、私はティベル産の紅茶が少し苦手だ。

 優しい花のような香りはバンクロフト商会でも人気の茶葉だし、商売人としては文句のつけようのない品だと思う。誰にでもオススメ出来るわ。

 でも、この香りは私に多幸感と共にわずかな寂しさをもたらすの。私の成長を楽しみにしながら死んだ母が、大好きだった香りだから。


 ティーポットをテーブルに置くと、ミシェル・マザーは小さく鼻を鳴らして白い指で目元を拭った。

 もしかしたら、彼女も同じように亡き母を思って胸が苦しくなっているのかもしれない。そう思いながら、私は頭を下げた。


「ごゆっくり、おくつろぎ下さい」


 挨拶を終えて背を向けると、突然「ありがとう!」と声がかけられた。

 まるで侯爵令嬢らしくない大きな声に一瞬驚いたが、私は彼女に微笑みを返して会釈をした。

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