第15話 お嬢様が語る、隠したかった事情とは?

「先に言っておいてくれたら良かったのに」

「そ、それは……」


 私のため息に困った顔をしたのはお嬢様だ。

 事情があるにせよ、こんな信用を欠くようなことをされるのは、心外ね。


「騙すなら味方から、て言うだろ?」

「開き直らないで。そんな言葉で信用しろって言うの?」


 私の顔に不愉快さがにじみ出ていたのだろうか。青年は苦笑って、それもそうだなと頷いた。

 私達を騙してでも、お嬢様は王都を出ることを知られるわけにいかなかった。そんなとこでしょうけど、その理由を話してもらわないと、納得なんて出来ないわ。

 知っていれば、もう少し対応が変わったはずだもの。

 

「お嬢さん、こうなっちまったら、全部、説明しといた方が良いんじゃないか?」

「……はい。あの、私……家出をすることにしたんです」

「いっ、家出ってどういうこと!?」

「あなた、婚礼前に何を言ってるの?」


 突然のことに、黙っていたミシェルが声を上げ、私はおもいっきり顔をしかめた。


「……リーヴは私の伯父の所領です。そこまで行けば、伯父が迎えに来てくれます」

「待って! あなた、婚礼はどうするつもりなの?」

「結婚相手を決めたのは私の継母ははです。私が邪魔になった継母は、私を地方の男爵家に嫁がせようとしているんです」


 何度も逃げ出そうと企てたが、その度、妨害にあったことをお嬢様は涙ながらに話し始めた。

 聞けば、歳は私たちとそう変わらない十五歳だという。早くに母を亡くし、八歳を超えた頃に父親は再婚。継母は自分と夫との間に生まれた娘を可愛がるばかりで、辛く当たり続けてきたという。


「私には婚約者がいるのですが、その婚約を、妹に代えたいと言い出して……」

「無茶苦茶ね。あなたのお父様は守ってくれないの?」

「……継母は我が家よりも格が上の家柄の出なんです」

「だから逆らえないってこと? 酷い話ね」

「ねぇ。決まった婚約を放棄どころか、婚約者を代えるなんて、家としては問題だよね」


 黙って話を聞いていたミシェルは、真剣な眼差しでお嬢様を見た。


「勿論、婚約者は婚約解消を認めていません。そこで継母は、今回の婚礼を強行しようと……」

「もしかして、相手の男爵家は事情を知らないってこと?」

「それって、大問題だよ! だって、もしも、お嬢様が勝手に嫁いだことにされたら、悪者になっちゃうよ!」


 私の言葉に反応したミシェルは真っ青な顔をした。

 そう、ミシェルの言う通りだわ。貴族にとって婚約は家同士の契約だ。それを解消するには相当の理由も必要だし、場合によっては違約金や制裁が発生する。継母はこのお嬢様に、その全責任をなすり付けるつもりなのだろう。


「お嬢様に全責任を押し付けて、男爵家もろとも、あなたを消すつもり、かしらね」

「……おそらく、ご推察の通りです」


 おどおどしていたお嬢様は顔を青ざめさせた。膝の上で握りしめているその拳は小刻みに震えている。

 

「何が何でも逃げなきゃだよ!」


 お嬢様の横に座っていたミシェルは、その震える拳の上に両手を添えた。

 

「必ず、神殿に行こう」

「……ありがとうございます。彼もこちらに向かってくれているはずです。なので、もうしばらく、護衛をよろしくお願いします」

「任せて! ね、アリシア。頑張ろうよ!」

「お嬢様の未来を思うと、そうするしかなさそうね……」


 大体の経緯いきさつは分かった。

 騙されたことはしゃくだが、王都を抜け出すのを見られないようにするため、必死だったということで、納得するしかなさそうね。


「あなたの婚約者はこっちに向かっているの?」

「はい。伯父様の援軍と一緒に向かっています」

「その伯父さんは信頼できるの?」

「は、はい! 婚約者のお父様が、伯父様です」

「あぁ、なるほど。これは壮大な内輪もめってことになるのね。外には知られたくないわね」


 うんうんと頷いていると、パークスが私の腕をつついた。彼は、ドレス姿で焚火に当たる青年へと視線を向ける。

 そうね。まだ問題は残っている。

 お嬢様に扮した青年を襲おうとした人物がいるということは、この先も妨害されるでしょうね。


「襲撃をしたのは、その継母の手先ってとこね」

「ずっと尾行されてたのかな?」


 ミシェルの疑問に、青年は「つけられてたぜ」と、顔色一つ変えずに答えた。


「知っていて、それも黙っていたと言うことかしら?」

「あぁ、そうだ。奴らに俺がお嬢様だと印象付けるためにな」

「その身長差で、どうしたら騙されるのよ」

「お嬢さんは長いこと軟禁状態だった。奴らも知らないだろうから、背なんて何とでもすり替えられるさ」

「すり替える?」

「伝言ゲームには気を付けろよ」


 にやりと笑った青年は、私の目をまっすぐに見た。

 継母が直接、怪しい奴らに依頼した訳じゃないってことかしら。何かしかけて、その情報をいじったのね。

 若干、不穏なものを感じつつ、私は何度目か分からないため息をついた。

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