第2話 田舎貴族に構っている暇はない!
想像はしていたけれど、諸侯の子息、息女が多く入学しているこの環境は息苦しいことこの上ない。
食堂や通路ですれ違う上級生と「ご機嫌よう」と微笑みながらすれ違うのは、いくら練習していたと言っても、首筋がむず痒くなる。
もう少し、魔術師らしく
蓋を開ければ、令嬢の大半は花嫁修業の一環みたいに、お洒落と男の話ばかり。男子には真面目に魔術の高みを目指そうとしている子息も見られるが、こっちも花嫁候補探しをしにきているようなのが多い。
特に、男子たちは女の子の胸やおしりを見ていて嫌になるわ。貴族も庶民も変わらないわね。
お父様に恋愛禁止を言い渡されたけど、エッチなことしか考えてないような
「
「なんだよ、急に」
講義が終わり、帰り支度をしていた私がぽつり呟くと、横に立っていた幼馴染のパークスが苦笑いを浮かべた。
「ほら、見て」
「ん? あー、あの子、また男子に囲まれてるな」
私が指さした先では、赤いローブを着た少女がクラスの男子たちに囲まれていた。ふわふわの赤髪を二つに分けて結んだ
少女は困った様子で必死にその集団から逃げようとしているが、すっかり囲まれて身動きが取れなくなっていた。
よく見ると、少年たちは日頃から素行の悪さが目立ち、悪い評判の立っている面々だ。
教室の出入り口付近で騒ぐのは迷惑
「学び舎を何だと思ってるのかしら」
「まぁ、お貴族様たちにとっては、大切な出会いの場だろうからな。アリシアだって、そんな繋がりを持ちたくて、ここに来たんだろう?」
「そうね。目的は結婚相手探しじゃないけど」
「似たり寄ったりだろ?」
「パークス、やたら貴族の肩を持つのね。好きな子でも出来たかしら?」
「そんなんじゃないって。あ、おい、アリシア!」
カチンと頭に来て、鞄を持った私は荒々しく席を立った。そのままパークスを振り返らず、少年達に囲まれている少女がいる出入り口に向かった。
「ちょっと、そこに集まられたら、通れないんだけど」
「あ? なんだ商売人の娘か」
「態度がなってないな。俺たちを誰だと思っているんだ」
「お前なんて、俺たちがいなければ飯も食えないだろうに!」
「何を言っているのかしら。貴族として国に尽くしているのは、あなた達のご両親でしょ? そんなことも分からない愚息に育ったと知ったら、ご両親もさぞ悲しむでしょうね」
「何だと? お前、もう一度言ってみろ!」
「田舎貴族が、ろくに学びもしないで婚約者探しだなんて、恥ずかしいわね。ご機嫌よう」
はっきり言って、この時の私は頭に血が上っていた。
一人の少女を取り囲む素行の悪い少年たちにもだが、助けに入らないクラスメイトにもだ。さらに、目の前の少年たちが商人をバカにしたことにも腹が立って仕方なかった。だから、彼らの一人が怒り任せに私の肩を掴むまで、自分の発言がどれほどその自尊心を傷つけていたかなんて、思い至らなかった。
教室から悲鳴が上がり、私の視界に握りこぶしを振り上げる姿が飛び込んできた。
殴られる。そう思った瞬間、体が強張り、思わず目を
しかし、いつまでたっても衝撃が訪れることはなかった。
「はいはい。手荒なことはよしましょうね」
恐る恐る目を開けると、笑顔のパークスが間延びした声で間に入ってきた。片手で振り上げられた少年の手首を掴み、その背には赤いローブの少女を庇っている。
何なのよ。颯爽と現れて
「放せ! 俺を誰だと思っている!」
「クラスメイトのハーシャル子爵令息アントニー様、でしたよね? 北の羊毛は質が良いですよね。特にレイ村の縫製技術は素晴らしい」
突然何を言い出すのか。そう問うように子爵令息アントニーは顔をしかめた。しかし、パークスの言葉が止まる様子はない。
「その一帯を預かるハーシャル子爵は温厚な紳士として慕われていると聞きますが……女性に手を上げる紳士というのは、いかがなものでしょうね。あぁ、お父様はお忙しく、アンソニー様に紳士の振る舞いのなんたるかをお教えする暇がないのでしょうか?」
パークスの流れる言葉に、教室中がしんと静まり返った。
言い返す言葉が思い浮かばないのだろう。アントニーは顔を真っ赤にすると、掴まれていた手を振り解くと、一緒にいた少年たちを引き連れてそそくさと教室を出ていった。
肩を落として深々とため息をついたパークスは、私に疲れた顔を向けた。
「アリシア、もう少し言葉を選んでよ。俺は敵を増やすために、ここに来たんじゃないよ」
「……分かってるわよ」
「えっと、君もね。話が通じない相手もいるんだから。物事ははっきり伝えないと」
振り返ったパークスは、背中に庇っていた少女にそう言うと再びため息をついた。
「ありがとうございます。次からは気をつけます」
ぺこりと頭を下げた赤いローブの少女は、ご機嫌ようと言って立ち去った。
教室がざわめき出し、痛い視線が突き刺さる。
商家の娘のくせに出しゃばって。そう誰かが言うのが聞こえた。見て見ぬふりをしていた人たちが何を言っているんだか。
苛立ちが募り、一言二言、文句でも言ってやろうかと思ったその時、パークスが私を呼んだ。
「アリシア、帰ろう。今日は本店で手伝いがあるって言ってただろう?」
「そうだったわ」
はたと思い出した。
そうよ、人助けも出来ない根性のない貴族を構っている暇なんてないわ。
私はパークスを伴い、急いで教室を後にした。
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