第5話 お近づきの印はティベル産の茶葉で

 困ったように、ミシェル・マザーの青い瞳が瞬かれ、赤い髪がふわりと揺れた。


「えっと……私に何か用、ですか?」

「えぇ。これをお渡ししようと思って」


 にこりと笑って、私は鞄から小さな缶を取り出した。可愛らしい花の絵が描かれたそれは、手のひらに載る程度のものだ。


「少しですが、ティベル産の茶葉です。随分気に入って頂けたようだったので。ほんの少しですが、お近づきの印にと思いまして」

「でも……売り物でしょ?」


 さらに困惑の表情を浮かべ、貰えないと言うように彼女はかぶりを振った。

 その可愛らしい反応は想定済みよ。引き下がったりしないわ。


「気に入って頂けたら、次は買ってくださいね」

 

 柔らかな白い手を引っ張り、私は彼女に缶を押し付けて握らせた。

 商魂たくましく商品の宣伝をしていると思われても良い。この小さな紅茶の缶一つで、私個人が貴族との繋がりを持てるなら、最高じゃない。

 缶を見つめたミシェル・マザーは「ありがとう」と言って微笑んだ。それがあまりにも可愛くて、一瞬、ほうけそうになったが、私は開きかけた唇の端を持ち上げた。

 

「というのは口実です。その……私と、お友達になってください」

「……私と友達に?」

「えぇ、きっと、私たち仲良くなれると思うの。だって……私のお母さんもから」


 大好きだった母。もうこの世にはいない母。その思い出の香りが同じだなんて運命的でしょ。

 それは言葉にしなくても伝わったようだ。

 缶を握りしめたミシェルは一度大きく息を吸うと、唇をきゅっと噛む。

 小さな口から吐息がこぼれ、小さな唇が弧を描いた。

 

「……じゃぁ、勉強、教えてくれる?」


 砕けた口調で尋ねた彼女の顔に、ぱっと花が開くような笑みが広がった。それがあまりにも可愛くて、私は二度、三度と瞬きを繰り返した。

 

「勉強?」

「うん。私、筆記が苦手なの」


 ちょっと照れた表情を見せた彼女は、すいっと視線を外した。


「実は昨日ね。校内試験一位のアリシア・バンクロフトさんを探しに、お店に行ったの」

「私を探しに?」

「バンクロフト商会のことは知っていたから……」


 これを運命的と言わず、何をそういうのか。

 気恥ずかしそうに頬を染めるミシェルは、再び私を見た。

 

「ごめんなさい。あなたのことを探るような、はしたないことをして」

「それじゃ……美味しい紅茶を飲みながら勉強会をしましょう、ミシェル様」


 口実は何でもいい。少しでも彼女と仲を深め、信頼を勝ち取るのが今は大切だわ。

 それに、パークス並みの筆記試験の点数なのも問題だしね。そこでつまずいて退学になんてなられたら、私の計画が台無しじゃない。ここは優しく勉強を教えて、仲良くなるのが得策だわ。


 私の誘いを、ミシェルは嬉しそうに頷いて受け入れてくれた。

 手に持っていた缶が机に置かれ、小さな手が私の手を握った。

 

「ミシェル……ミシェルでいい! 私も、アリシアって呼んでいい?」


 突然のことに思わず驚いて、即座に返事が出来なかった。でも、その手を握った私は「よろしくね、ミシェル」と満面の笑みを返した。

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