第20話 危機一髪!?

 うめき声をあげる男は、その場にしゃがみ込むと脂汗をかきながら荒い息を吐いた。

 もう一人の男は、仲間を一瞥いちべつすると「くそっ」と毒づきながら、私の腕を強く引いて後退した。この男、仲間を置いていく気ね。

 

「……ふざけたことしやがって」

「ふざけてるって?」


 じりじりと後退しながら、零された男の言葉に応えるように、聞き覚えのある声が降ってきた。

 

「それは、女の子に手荒な真似をする方だろう」

「アリシア、遅れてごめんね!」


 その声に振り返ると、土壁の陰から馬に乗ったキースとミシェルが姿を現した。


「……ミシェル」


 明るく勝ち気な笑顔にほっとした私は、無意識に肩の力を抜いた。とたんに足から力が抜けて、その場にへたり込みそうになった。

 私の腕を掴む男が、何か文句を言っているけど、もう、私の耳には届いていない。


「ミシェル、その嬢ちゃんを頼むぞ!」

「任せて!」


 馬上から飛び降りたキースは、私を引っ張る男の懐に飛び込むようにして拳を突き上げた。だけど、男もすぐに反応し、私を突き飛ばすとその場から飛び退いた。

 視界の端に、落ちている剣を拾い上げるキースの姿を捉えながら、私は地面に倒れ込んだ。


 重たい身体を起こすと、心臓がバクバクと鳴っているのが分かった。たまらずローブの胸元を掴んで、私は深く息を吐いた。

 本当は、怖かったんだ。

 今更ながらに気づくと、手のひらの震えを感じた。


 震えながら振り返れば、キースが男と剣を交えている。軽やかな剣捌き、彼がこういった荒事に鳴れていることがよく分かった。

 その様子を呆然と目で追っていた私は、追手がもう一人いることを、すっかり失念していた。

 突然、血まみれの手が視界に入ってきた。


「この、クソガキが──!」

 

 真っ赤な手が伸ばされる。

 捕まる!──そう思った瞬間、私は反撃することなんて思い浮かばなかった。

 反射的に硬く目を瞑った。だけど、いつになっても私を掴む手は感じられず、代わりにドサッと何かが倒れる音が耳に届いた。


「アリシア、大丈夫? ねぇ、アリシア!」


 声がかけられて仰ぎ見ると、杖を両手で持ったミシェルがいた。その足元では男が気を失っている。


「……ミシェル」

「えへへ、杖で殴っちゃった。先生に知られたら、怒られちゃうかな」


 笑って誤魔化すミシェルは、落ちている私の杖を拾い上げ、差し出しながら「もう大丈夫だよ」と言った。

 大切な杖を握りしめ、私は頷いた。


 まずは、気を失ってる男を拘束しないと。それと、キースを援護して──辺りを見回した私が、まだ少し混乱している頭を回転させようとしていると、ミシェルが呆れたように声を上げた。


「あーあ、もう! キース、遊んでる」

「え、何?……遊んでる?」

「ほら、見て! あの顔」


 ミシェルに促されて向けた視線の先には、男と剣を交えるキースがいた。

 革の胸当てくらいしか身に着けていない身軽な彼は、笑いながら男の剣戟を受け流した。純粋に楽しんでいるように見える。


「……笑ってる? 何が楽しいのかしら」

「ああいうのを、不良って言うのかな? 煙草も吸うし、お酒も飲むし!」

「そ、そうなのかな?」

「うん、きっとそうだよ!」

 

 たぶん、キースは私たちより年上だし、お酒やタバコをたしなんでいても何ら問題はないのだけど。

 私が首を傾げる横でミシェルは一人納得して、うんうんと頷いていた。


 何だか全部終わったような顔をしているミシェルの足元で、転がる男が呻き声をあげた。

 ひとまず、この男を縛り上げておかないといけないわね。

 杖の先を地面に叩きつけると、男の下に魔法陣が浮かび上がる。それを目視して「捕らえよ」と私が告げれば、黒い影が男をぐるぐる巻にして自由を奪った。


「アリシア……もしかして、あっちの男たちにも、使った?」


 それと言われたのは、私が得意とする捕縛用の魔法だ。

 影があるところであればいくらでも捉えるための縄や檻、枷を作り出せる。場合によっては柵を作って防御壁のように使うことも出来て、なかなか便利なのよね。

 ただ、イメージで形を変えるから、凄い集中力が必要なの。それが難点だわ。


「来る途中に転がっていた男たち、まるで串刺しのようだったよ」

「とっさに放つのに、道に繋ぎ止めるイメージがカカシしか出てこなくて」

「カカシ……張り付けになった罪人かと思った」

「うっ、イメージ力をもっと磨かないとね。心が乱されたり、思考が乱れると発動させるのも難しいって、今回のことでよく分かったし、実践はまだまだね」

「そっか……もう少し早く合流できたら良かったよね。ごめんね」

「ミシェルが謝ることじゃないわよ!」

 

 しょんぼりと肩を下げるミシェルの手を取って笑うと、少し離れたところから「おい!」と私たちを呼ぶ声が聞こえた。


「喋ってないで、援護しろ!」

「それが人に頼む態度!? この、不良ハーフエルフ!」


 杖をどんっと地面に叩きつけたミシェルの頭上に真っ赤な魔法陣が現れた。

 これを詠唱なしで呼ぶあたり、彼女は本当に凄いなと思いながら、私はキースと男に降り注ぐ魔法弾の雨を眺めて笑った。

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