バランスボールに二人乗り3

うたた寝

第1話


 ギコ……ギコ……ギコ……(何かを切る音)。

「………………」

 プシュッ!(何か炭酸の缶が開く音)

「………………」

 シュッ! シュッ! シュッ!(何かをやする音)

「………………」

 コトコトコトコト……ッ!!(何かをコップに注ぐ音)

「………………」

 トンッ! トンッ! トンッ! トンッ! トンッ!(何かを叩く音)

「………………」

 グググ……ッ! パンッ!(何かの袋を開ける音)

「………………」

 ギコ……ギコ……ギコ……(何かを切る音)。

「………………」

 ポチッ!(何かの電源を点ける音)

「………………」

 シュッ! シュッ! シュッ!(何かをやする音)

「………………」

 パリッ! パリッ! パリッ! パリッ!(何かを食べる音)

「………………」

 トンッ! トンッ! トンッ! トンッ! トンッ!(何かを叩く音)

「………………」

 ゴクゴクゴクゴクゴク……ッ!(何かを一気飲みする音)

「………………」

「……ってかさぁ」

「ん?」

「この立ち位置、おかしくね?」

「頑張れーっ!」

 椅子に座ってテレビを観ながらポテチの袋を広げ、コーラを優雅に飲んでいる彼女に向かって、頭にタオル巻いて汗だくの彼は木槌片手に聞いてみたが、返ってきたのは元気のいい声援だけであった。



 リビングで一体何が起きているのか? 一言で説明するのであれば、DIYである。

 何も好き好んでこんな夜中にDIYを始めたわけではない。仕事から帰ってきた彼がリビングに入ってみると、そこには放り出された木材たちが散らかっていたのである。

 容疑者の彼女を拘束し、事情聴取を行ってみると、今日仕事が休みで時間があった彼女は前々から興味があったDIYをやってみようと思い立ったらしく、ホームセンターに材料を買いに行き、テーブルの作成を試みたらしいが、思いのほか難易度が高かったらしく挫折し、木材を放り投げて今に至るらしい。

 一応ちょっと組み立てたらしい努力の形跡は見えたが、テーブルって見たことある? って疑うほどにテーブルの原型が無かったため解体することとした。そこから彼女のDIYを会社から帰ってきたばかりの彼が手伝うことになったわけなのだが、手伝う、ハズが、前述のとおり、ほぼ丸投げとなっている。

 初めは木材を切らせる係をやらせていたが、何度やらせても発注通りの長さに切らないため早々にクビにした。次は切った木材に色を塗る作業を任せたが、ブールシートを敷いている床を避けるようにして賃貸の床に盛大にペンキをぶちまけてくれやがったためこちらもクビにした。結果、ニートと化した彼女は彼がDIYしている姿を眺めながら椅子に座ってテレビを観ながらポテチを食べてコーラを飲むといういいご身分になっている。持っている木槌で頭をかち割ってやりたいところである。

「終わりそう~?」

 椅子に座って足をブンブン振って陽気に聞いてくる彼女。なら手伝え、と言いたい彼ではあるが、手伝うと余計に時間が掛かりそうなので言わないでおく。

「多分……」

 DIYなどやったこともない彼はタブレット片手に勉強しながらテーブルを作成中。彼女も下調べ程度はしていたようで、彼女が図書館から借りてきた本も床に広げている。

 彼は今日残業で疲れているし、明日も早いし、料理を作ってさっさと寝る予定だったのだが、予定が大幅に狂った。本来ならもうご飯を済ませてお風呂に入り終わり、寝る前の数分間程度ダラダラと過ごしていたハズの時間帯だ。

 正直、リビングの惨状を見なかったことにして、そっとゴミ袋に詰めて綺麗にし、ご飯を作ってしまおうかとも思ったのだが、それでは流石に買った木材が勿体無さすぎる。木材を買ったのは彼女のお金だから彼は損はしないのだが、それはそれ、これはこれである。『損をしない』と『勿体無い』はニュアンスが違うのである。捨てるなんて以ての外。ちゃんと責任持って作らなくては、という義務感があった。後、テーブルなんて足が4本あって板乗せればいいんだろう? とか甘く見ていた、というのもある。

 結論。大分大変である。誰だ。足4本に板乗せればいいとか言った奴は。出てこい。ぶっ飛ばしてやる。既製品を買った時と自分で作った時でどれくらいコストが違うのか分からないが、これだけ大変なら多少の値段の違いは許容して買った方がいいと思う。作成に掛かる時間と労力を鑑みれば多分既製品の方が安く感じるハズだ。作るのが好き、という趣味も兼ねている人は話が別だが。

「明日にする?」

 彼女が悪魔の囁きをしてくる。いや、妥当な提案ではある。もう日付変わっているし。彼未だにスーツ姿だし。今からお風呂に入ってご飯食べて、とやっても大分遅い時間になるだろう。DIYの中断を提案してくるのは妥当であろう。

 だが、一方で、悪魔の囁きに変わりはない。何故か? 単純な話。今は何とか義務感で動いているが、これが一度中断し、明日へ後回しとなった場合、明日もう一回DIYに取り掛かるモチベーションがあるか怪しいからである。中断したが最後。そのまま事実上の中止になりそうである。

「いや、今日作っちゃう」

 今日作らなきゃ一生作らない、と何となく分かっている彼は作り続けることにする。彼女は唇を尖らせ、うーん、と唸った後、

「そしたらご飯でも買って来る?」

 聞かれて彼も思い出した。そういえばご飯食べてないな、と。道理でお腹が空くハズである。お腹が空いてはいるが、彼は今木材の木くずだらけ。この状態でご飯は食べたくない。食べるために一回シャワーなど浴びようものなら、汚れと一緒にやる気も体から流れ落ちていくだろう。

「いや、止めとく。あ、お腹空いてる?」

「ポテチ食べたから大丈夫」

 何て不健康な奴だ。せめてお菓子ではなくレトルトやインスタント食品でお腹を満たしてほしい彼ではあるが、今彼は手を離せないし、アレにリビングを使わせると仕事が増えるしなので大人しく黙っておくことにする。

「ふぁ~あ……」

 やることも無くて暇なのか(じゃあ手伝えとは言わない。仕事が増えるから)、彼女が大きく欠伸をしている。いや、単純に眠いのか。彼女の寝る時間は普段もっと早い。日付が変わったこの時間帯など眠くて仕方がないのだろう。

「寝れば?」

 彼が促すと彼女は「いやぁ~」と歯切れ悪く目を擦っている。どうやら人にDIY丸投げして自分だけ寝ることに罪悪感を覚えているらしい。殊勝な心掛けではあるが、さっきからコックリ、コックリと船を漕いでいるのでそのうち寝るだろうな、と彼は思っている。寝た後ベッドに運ぶ方が大変なので、素直にベッドに行ってくれた方が彼としては楽なのだが、まぁ彼女の気持ちを汲むこととしよう。

 案の定、彼女はその数分後に夢の世界へと旅立つこととなるのだが、誤算だったのは、彼がDIYに夢中で彼女が寝たことに気付かなかったことだろう。



 くぅー……、くぅ……(彼女が寝息を立てる音)。

 カクン……ッ! カクン……ッ!(彼女が椅子の上で何とかバランスを取っている音)。

 ドテーンッ!(彼女が耐え切れず床に落下した音)。

「い、いたたたた……。あっ、痛い。体中が痛い。首も腰も色々痛い……」

 椅子の上で座りながら寝る、など普段しない寝方をしたせいか、体中が凝り固まっているようで節々が痛んでいる。床に落下した箇所より寝違えた、と表現していいのか、の体の痛みの方が大きい。

 少し動かす度にバキバキと骨が鳴る体を何とか動かして立ち上がってみると、

「あっ、凄い、完成したんだ」

 リビングで鎮座しているテーブルが目に入った。彼女は自分が作ったテーブルもどきを思い出し、同じ素材で同じ道具を使っても差が出るものだなー、と感心した。身内のひいき目無しで見ても、随分綺麗に作ったものである。作ったとは言われなければ分かるまい。

「ん? 何これ?」

 テーブルの横に何かが収納されていたので引っ張りだしてみると、何かのハンドルらしきものが出てきた。回せそうだったので試しにクルクルと回してみると、テーブルの天板が静かに上がってきた。

「え……っ?」

 まさかと思って逆に回してみると、今度は静かに天板が下がっていく。これはまさか、

「えっ? えっ? えっ? 何っ? ひょっとして高さ調節機能付いてるの?」

 どうやって作ったの? これ、とテーブルの下を覗き込んでみると、何かもう一個ハンドルが天板に収納されていたので、同じように引っ張り出してクルクル回してみると、天板が彼女のこめかみを攻撃してきた。

 あいたーっ!? と叫びながらこめかみを押さえて立ちあがり、何が起きたっ!? と思ってテーブルを見てみると、ハンドルを回す前と比べ、天板が彼女の方に迫ってきたような気がする。

 ……まさか? と思いながら今度は天板に気を付けてハンドルを逆に回してみると、天板が彼女のこめかみから離れていく。再度立ち上がってテーブルを確認して確信した。高さだけじゃない。幅の調節機能まで付いている。

 これどこまで小さくなるんだろう? とテーブルが一番小さい幅になるまで回していく。最小になった幅を見て、幅調節機能は凄いけど、この幅だと一人でも使いづらそうだな、と思った時、待てよ? 高さ調節もできたよな、と思い出し、テーブルを一番低くしていくと、物凄いコンパクトに収納ができるテーブルであることが判明した。退かしたい時とか、引っ越しの時とかに凄い重宝しそうな機能である。

 作った張本人を探してみるが、見当たらない。朝早いと言っていた気もするので、もう出掛けたのかもしれない。睡眠をとったのかどうか怪しいところである。

 確か彼、DIYやったことない、と言っていたよな? 初めてのDIYでこのクオリティ?

「…………こわっ!」

 知られざる彼の才能に感動する前に恐怖を口にした彼女であった。

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