第7話 望むもの

「遅くなってすまない。この間の傭兵が絡んできてな。返り討ちにした後各所に連絡してたら遅くなってしまった」

 血塗れの理由を聞いてホッとしたのも束の間だ。


「次からは絶対に一人で行かせませんからね!」

 エイシャスは涙目になりながらそう言うとヴェイツの側から離れようとしなかった。


 余程恐ろしかったのだろう、震えている。ヴェイツは優しく宥め、夜も共に過ごす。


 あやすように背中を擦ればいつの間にかエイシャスは寝入ってしまった。


 その顔はとても幼く、無防備だ。


「怖い思いをさせて済まないな」

 エイシャスは日々一人で過ごすのを怖がり、常に無理して過ごしている事はわかっている。

 ヴェイツの為として大人っぽく振る舞うのも、一人にならない為にだ。


「そろそろ終わりにしてあげたい」

 眠るエイシャスを置いて、ヴェイツはそっと寝室を抜け出した。


 大事な話がある為、執事の元へと向かう。これからのオルレアン家に関わる大事なことだ。







「ヴェイツ様……」

 真っ暗な部屋の中、伸ばした手がヴェイツに触れて安心する。


 近くに寄るとヴェイツの匂いがし、心が落ち着く。


(ずっと離れたくない)

 目を閉じて心地よい香りを堪能しながら再び眠りについた。


 翌日の朝、今日は寝坊もせずにエイシャスも起きる。


「今日は私も王城へと行くわ」

 魔術師である事を示すローブを羽織り、ヴェイツと共に馬車に乗る。


「昨日の件についての話と、この間の戦についての話がある。エイシャスは余計なことは言わずに隣に控えていてくれ」


「わかりました」

 将であるヴェイツの言葉をただ聞くのみである。


 それに女であるエイシャスが何かを口にするのを良く思わない輩は多い。


 言わぬが花であろう。




 昨日ヴェイツは直属の上司であるカルロスには色々と話をしていたが、こうして国の重鎮達へと話をするのはやはり緊張する。


 元傭兵達に襲われ始末した事を報告した時は多少やり過ぎだ、という意見は出たが正当防衛で通させてもらった。


 狙われたのがヴェイツだったから良かったが、他の者では怪我した可能性がある。


 今後同じことが起きないためにも必要な事であったと念を押して話した。


「まず無事に帰ってきてくれて何よりだ。そしてこの山まで抉るような魔法とは」


「エイシャスによるものです」

 さすがに国のトップに隠し立てはしていない。


「魔石を用いて、最大限の魔法を使っや結果です。昨日まで魔力切れを起こしてしまいまして、しばらくは魔法を使えないようです」

 ヴェイツはさらさらと慣れた嘘をつく。


 エイシャスの力を過小評価し、単独での戦場送りを避けるためだ。


 あくまで人より少し強い魔法を使えるという事にしないといけない。


 カモフラージュ用の宝石もヴェイツは何個か送っていた。


 純粋な魔女だと知っているのは国王と王太子、そして一部のものだけだ。


「そうか。エイシャス、感謝するぞ」


「有難きお言葉を頂けて感無量です」

 エイシャスも頭を下げる。


 その後は隣国の攻めはしばらくないだろうとし、その間の対策などについて話し合われる。


「いい加減和平交渉に応じてくれるといいのだが」

 カルロスは愚痴のようにぼやく。


 なかなか隣国との関係が落ち着かず、やきもきしているのだ。


 国力としてはこちらの方が上だが、まともにやり合えばお互い疲弊し、その隙に他の国が攻めてこないとも限らない。


 それ故国境に手の小競り合いばかりになるのだが、これではらちが明かない。


「何らかの手を取らないといけないでしょうね」

 エイシャスもだが、ここバークレイには優秀な戦士が多い。


 だが自給率に乏しく、土壌も弱い。

 なので隣の農業についての知識や技術がとても欲しいのだ。


「最悪無理矢理服従させることも考えなくてはならないが大きな禍根は後に響く。そうならないようにしなくてはな」

 自分達の代だけではなく、その後についても考えなくてはいけない。カルロスは頭を捻って呻いた。


「まず今は退けられたことを祝おうではないか。今回も命がけの防衛をありがとう。褒美を取らすぞ」

 王が提示した報酬を耳にし、戦に参加した者達は大いに喜んだ。

 あるものは褒賞、あるものは潤沢な資金。


 エイシャスも十分すぎる金額の提示をされたのだが。

「あの陛下、折り入って相談が」


「何だ? エイシャス」


「今回のこの資金を辞退します。代わりに私とヴェイツ様の婚姻を「エイシャス」

 けして大きくない声で続きを掻き消される。


「陛下の決定を素直に受け取りなさい。遠慮することはない」


「あの」

 いつもと違うような声にエイシャスは戸惑った。


「そんな事はこの場で望むものではない」

 耳元で囁かれたのは聞いた事のない、重く冷たい声だ。


「は、い……」

 婚姻を拒絶されたように感じて、エイシャスは俯いてしまった。




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