第11話 ずっと一緒

「それは嫌だ。何故俺が愛する女性をこの手で殺さなければいけないのだ」


「愛する女性、ですか?! もう一度、いえ、いっぱい言ってください!」

 エイシャスはヴェイツのもとに駆け寄り、キラキラした目でヴェイツを見上げる。


「エイシャス、愛してる」


「嬉しいです! もう死んでもいいくらい」

 歓喜で後ろに倒れそうになるエイシャスをヴェイツは慌てて支えた。


「そんなに喜んでもらえるなんて思わなかった……いつも言っていたのだが」


「聞いた覚えがありませんが?」

 キョトンとするエイシャスに、ヴェイツは顔を赤らめ、小声で言う。


「その最中はそれどころではありませんもの。もっとはっきりと言って下さらないと」

 エイシャスも顔を赤らめてしまう。


 いっぱいいっぱいの時に言われても、意識朦朧とした中では耳に入らない。


「……すまない」

 落ち度を認め、ヴェイツは頭を下げる。


「今度は今のようにしっかりとお伝えください。そうであれば私、ヴェイツ様の為に隣国も墜として見せますわ」


「それは駄目だ。大人しくしてなさい」


「はい、ヴェイツ様がいうならば」

 エイシャスはヴェイツの胸に頬を寄せる。


「それにしても何故夫婦の寝室を私に内緒で改装していたのです? 私も携わりたかったのに」


「出来上がってから改めて求婚しようと思ったのだ。サプライズで指輪も用意したのだが」

 しょんぼりしたヴェイツの様子にエイシャスは耳を閉じる。


「何も聞いていませんので、ぜひサプライズでお願いしますわ」

 自分の為に用意してくれたものをなしにしてしまうなんて、申し訳ない。

 しかも普段そのような浮ついた事をしないヴェイツのサプライズなど受けたいに決まっている。


「カルロス様から頂いたアイディアでもあるから成功させたかったのだが。そういうならもう少しアレンジを利かせて決行させてもらう。それにしてもエイシャスに余計な話を聞かせた侍女は誰だ。教えてくれ」

 うっかりは仕方ない。しかし明らかに間違っていて、しかも悪意のある情報の流出だと思う。


 しかも王女からの釣書は執事にしか言っていなかった。


 長年仕えた執事が漏らすはずはない。何故その侍女が知っていたのか、調査の必要があると考えた。


「知られたついでにもう一つ話すことがある。婚姻の書類を出してもいいか?」

 ヴェイツは引き出しより婚姻の誓約書を出した。すでにヴェイツの欄は記入してあり、保証人のところも埋まっている。


「俺には両親もいないし、君にもいない。その為保証人枠はオルレアン家の代表として執事のモンドと今後何かあった時の為にとカルロス殿下にお願いした」

 不本意とは言え、王女からの釣書を受け取ってしまった。


 一刻も早く出さねば何らかの事があるかもしれないと懸念したのだ。


「今すぐ出しに行きましょう」

 さらさらとエイシャスはサインをするとヴェイツの手を引いて窓を開け放つ。


「待て、さすがにこんな夜更けに行くわけにはいかない」


「でも、私は一刻も早くヴェイツ様の妻になりたいのです。ずっと夢だったのですから」


 ぷくっと頬を膨らます動作は子どものようでおかしい。


「だとしても明日にしよう。このような姿の君を他の男に見せたくはない」

 ガウンを羽織っているとは言え、その中は夜着である。


 さすがにこれでは人前で出られない。


「楽しみは明日にして、そろそろ休もう。体に痛いところはないか?」

 逃げられないようにと魔法を使用してしまったが、後悔が後から後から湧き上がる。守る人を攻撃するために習得したのではないのにと、本当に申し訳ない。


「いいのです、ヴェイツ様。その代わり今日も抱きしめて寝てください」


「あぁ」

 エイシャスはヴェイツにくっついてすぐに寝入ってしまった。


 体調がいまいちだったのは本当だろう。


「すまなかった。ゆっくり休むんだよ」

 エイシャスの髪を撫で、ヴェイツも目を閉じる。


 明日には妻になるのだと思うと高揚感で眠れそうになかった。





 ヴェイツとエイシャスの婚姻の誓約書は滞りなく……とはいかないまでも、受理された。


 国王が若干の渋りを見せたものの、カルロスの口添えで夫婦として認められた。王女との婚約の打診は本気なところがあったようだ。


 エイシャスに余計な事を吹聴したのは過去に王女の侍女をしていた者だった。


「油断も隙もないな……」

 情報を仕入れるために潜り込ませていたようで、今後はもっと慎重に雇い入れ

 をしなくてはと頭を抱える。


「もうエイシャスが嫌がる様な事をするものは屋敷に入れないから」

 問題を放置してしまった己に責任があると考え、ヴェイツは反省した。


「そうですね。これからは私ももっと素直に言葉に出し、話し合っていきたいと思います」

 エイシャスは上機嫌だ。少々ケチがつこうがもうヴェイツとは夫婦だ。何があろうとこの地位を手放す気はない。


(例え王族の命令でもヴェイツ様以外からは受ける気はないわ)

 カルロスや国王には感謝はしている。しかし大人しく従うかは別だ。魔法の力が貴重だろうが、そんなものがない頃から大切にしてくれていたヴェイツの為にしか使う気はない。


「愛してます、ヴェイツ様」


「俺もエイシャスを愛している」

 お気に入り人形でも愛人でもない、エイシャスは正式にオルレアン夫人となった。


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【短編】戦乱のこの世の中であなたに出会えた事を幸運に思う しろねこ。 @sironeko0704

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