第10話 思いの丈

「私はここを出て行かせてもらいます」

 決意の言葉にヴェイツは目を見開く。


「何故そのような話になる?」


「ついにヴェイツ様に相応しい方が来る、と侍女は言っていました。本当の奥様に悪いので、愛人の私がここに居るのは相応しくないでしょう」

 怒りでヴェイツは目の前がチカチカした。


「誰がそんな事を! 俺はエイシャスを愛人とは思ってなどいない!」

 そんな大声にもエイシャスは動じない。


「では便利な道具でしょうか。この魔法の力はとても便利ですものね」


「そんな風にも思っていない、魔法がなくともエイシャスはこの屋敷に、オルレアン家に必要なものだ」

 その言葉にエイシャスは傷ついた表情をする。


(ヴェイツ様にとって必要、とは言ってくれないのね)

 結局はオルレアン家の繁栄のためだろうとエイシャスは思ってしまった。


 ヴェイツとしてはそんなつもりはない。エイシャスを大事に思う使用人たちの事が頭を翳め、そう言ってしまっただけだ。


「それならば陰ながらまたお力添えします。なので婚姻相手の方をぜひ大事にしてください」

 エイシャスはヴェイツの机に置いてある釣書を指差した。


「私よりもヴェイツ様に相応しい方ですから。可愛らしく、優しく、そして地位もある方ですもの」

 それは王女の釣書であった。


 エイシャスは知らなかったが、王城へ行ったときに国王から打診があったそうだ。


 ヴェイツの力とそして功績は惜しいと。なので王家とのより強い繋がりを持ってもらいたいと話しがあったそうだ。


 夫婦の寝室の話をしていた侍女たちは、王女の釣書についても偶々知り、エイシャスよりもヴェイツの伴侶に相応しいと大騒ぎしていたのだ。


 それについてはエイシャスも納得だ。


 優秀で腕っぷしも強いヴェイツならそれだけの価値がある。それに王女はとても可愛らしく花がある。エイシャスのような見せかけだけではない。


「俺にとってはそうではない。エイシャスの方が綺麗で可愛らしい」


「ありがとうございます。その言葉だけで生きて行けそうですわ」

 エイシャスは泣き笑いのような表情をした。


「待て、エイシャス。誤解だ。俺が好きなのはエイシャスで妻にしたいのも君だ」

 エイシャスは驚きに目を見開くも、すぐに頭を横に振る。


「そうだとしてもオルレアン家としては王女様を伴侶にした方がいいですわ。私のような平民上がりの偽物貴族よりもずっと相応しいもの」


「あぁ?」

 凄みのある声と顔にエイシャスはさすがに怯える。


「何を言っている。俺はずっと前からエイシャス、お前を娶ると決めていた。それともそのつもりもないのに手を出した、不誠実な男だとでも思っていたのか?」

 肩に置かれた手に力が込められ、痛くはないものの逃げられない。


「いえ、不誠実な方とは思っていません。でも、婚約も婚姻も約束されませんでしたから、私はてっきり愛人なのかと」


「実績と基盤を固めていただけだ。ようやく王太子の側近へとなれた」

 それまでも目にかけてはくれていた。しかし名実ともにというのは中々難しいものであった。


 エイシャスだけに頼るのではなく、ヴェイツ自身も鍛え、強くなり、武力だけではなく知力でも支えて行けるようにと努力した。


「これも勿論断る気だ。王の手前受け取っていたが、王太子の口添えもある、お前以外に妻は要らない。このオルレアン家の女主人はお前だ」


「ヴェイツ様……」

 立ち上る怒気と口調が恐ろしい。


 こんなヴェイツは知らない。


「逃げるならばいっそ縛り付けるか」


「うくっ」

 エイシャスの口から苦鳴が漏れる。


 上から押さえつけられるような力に呼吸も出来ない。


 なす術もなくソファに体を押し付けれて動けない。


 ヴェイツが魔石を用いて重力魔法を使用して、エイシャスの自由を奪ったのだ。


「は、ふぅ……」

 解き放たれ、思わず吐息を漏らしてしまった。


 ヴェイツは少しだけ眉間に皺を寄せ、申し訳なさそうに目を背けた。


「ここまでする気はなかった。すまない」


「いえ」

 ヴェイツの後悔を感じられ、エイシャスも反省する。


(ヴェイツ様の事を疑ってしまった私が悪いのよね……)

 ヴェイツが自分の事を捨てるわけはないと思いつつも疑心暗鬼にとらわれ過ぎていた。

 直接的な言葉もなく不安になっていたのだが、嫌われるのを恐れ、前に踏み出せなかった事で余計に拗れてしまった。


「申し訳ありません、ヴェイツ様。あの、私、ヴェイツ様が好きです。ですから妻になりたいし、お側に置いてもらいたいです」


「俺でいいのか? こんな乱暴な事をしたのに」


「良いのです。ヴェイツ様に不快な思いをさせてしまったのだから当然の事です。私ヴェイツ様に殺されても文句は言いませんわ」

 その言葉にヴェイツは表情を歪めた。

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