第2話 白い魔女
エイシャス=ブレンダは魔法が衰えたこの世界で数少ない純粋な魔術師だった。
魔力という力を自在に操るには、普通なら『魔石』がいる。
それも魔石があれば使えるわけではなく、扱う資質がなければ使えない。煩わしい制約もなく、そして強大な魔法を使えるエイシャスは貴重な存在である。
しかし彼女は自分が魔法を使えるものだとは知らなかった。
物心ついた時には孤児院におり、両親の顔も名前も知らない。そしてその孤児院も五歳の時に火事で無くなり、行き場もなくなって途方に暮れた。
そんな自分を拾ってくれたのがヴェイツだ。
領主の息子で、一人になったエイシャスの身を案じ、親身になってくれた。
「一人では寂しいだろ。これからは俺達がいる」
そう言ってヴェイツの両親と共にエイシャスを支えてくれた。メイドとして雇われ、他の使用人達も優しく、エイシャスは幸せだった。
だが幸せは再び壊された。
屋敷に押し入ってきたならず者によって、ヴェイツの両親、及び多数の使用人は殺された。
ヴェイツも顔に大きな傷を負ってしまう。
男達に襲われかけたエイシャスはそこで初めて魔法を使う。無我夢中であった。
自分にのしかかる男が火だるまになるのを見ていい気味だと思った。
それからは皆の仇だと、乱れた服も直さずに男達を燃やしていく。
自分に優しくしてくれた人たちに対しての復讐のつもりだった。男達を倒し、魔法を使った反動で意識が途切れる。
そこからはよく覚えていないが、拘束されたようだった。
「君の力を国の為に使ってくれないか?」
自分に話しかけてきたものがこの国の王太子だとはこの時は知らなかった。胡散臭い表情と声に恐怖を覚える。
「ヴェイツ様に会いたい」
男の問いに返事するよりも、今はヴェイツに会いたくて仕方なかった。
顔に傷を負って倒れたところしか見ていない、生きているのか無事なのか、心配だったのだ。
エイシャスの言葉に王太子はすぐさま使いを出してくれて、その後意外と早くヴェイツには会えた。
エイシャスは包帯は巻かれているものの生きているヴェイツを見て、わんわんと泣いた。
怖かった。
大好きな皆に会えなくなることが、また一人になる事が。
「ごめんなさい、ごめんなさい。私が、もっと早く皆を助けられていたら……」
もっと前にあの力が使えたら、誰も死なずに済んだのだと、エイシャスは謝った。
「違う、謝るのはこちらの方だ。貴族のいざこざに君を巻き込んでしまった」
襲撃してきたのはヴェイツの家を良く思わない者の仕業だった。
なり上がり貴族のヴェイツの家は急激に力をつけていて、ヴェイツは王太子の側近になるのではという噂話も出ていた。
ヴェイツの父に陞爵の話も出た事なども重なり、このような蛮行に及んだらしい。
「そういうならば王家も一部責任をおわなければあるまい。好ましく思わない者達がいると知りながらも放置してしまった」
この件でいくつかの家は消えるだろうが、それでも失った命は帰ってこない。
「今後このような事にならないように気を付けよう。その為にエイシャス、君のその魔法の力を貸してくれ。この国にはまだ力が足りないんだ」
真っすぐに見つめられそう言われるが、エイシャスはどうしたらいいかわからない。
「俺からも頼む」
ヴェイツが頭を下げるのを見て、渋々ながらも頷いた。
「でも力を貸すって、何をすれば?」
「国の魔術師達と共にまずは魔法をコントロールする訓練をする。その後は有事の際に手を貸して欲しい」
有事の際とは戦の時だろうか。
怖いがこれがヴェイツの為になるというなら、受け入れるつもりだ。
「そしてエイシャスにはこの王城に住んでもらう。城の警護もお願いするだろうからな」
「それは嫌です」
エイシャスは首を振って拒否をする。
「ヴェイツ様の側を離れたくはありません。それならば協力することは出来ません」
「エイシャス、俺は大丈夫だ。今後は屋敷にも国から配備してくれた警備隊がつく。だから君はここに居て王太子様を守って欲しい」
「嫌です!」
断固として首を縦に振らないエイシャスにヴェイツは困ってしまう。
「急に家族と離れるのは嫌だよな。良いだろう、ヴェイツと共に登城したらいい」
王太子の言葉にヴェイツはため息を吐く。
「……わかりました。ではエイシャスそれでいいか」
「はい。ヴェイツ様と一緒ならば文句はありません」
安堵して微笑む。
エイシャスが力をつけて、功績を上げて、家名を授かるまでそれ程の時間は要さなかった。彼女はとても優秀であった。
それからはヴェイツに真っすぐに自分の想いを告げ、周囲に隠すこともしない。
ただ生粋の魔術師であるとは言わず、周囲には隠して過ごした。
魔石もないのに魔法を操れるというものは、普通のものからしたら恐怖の対象となり、時には命を狙われることもある。
だから戦場でも秘密にしていた。
ヴェイツの情婦として見られても別に気にしなかった。本当の事は知る人だけが知っていればいい。
だからエイシャスは気にしなかった。
ヴェイツさえいれば、ヴェイツが分かってくれるならばそれでいいのだ。
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