第8話 心の距離
(どうして? 望んではいけないのかしら)
強引に止められた事でエイシャスは自信を失う。
今までこのような強い言われ方をしたことがないから、余計に不安だ。
(やだ、嫌わないで)
それすらも言葉に出来ず、拳を握って耐える。
この場で泣き喚くわけにはいかない、もっとヴェイツに嫌われてしまう。
エイシャスはきゅっと口を結び、笑顔を形づくる。ぎこちなくとも口角を上げるだけでも涙は抑えられた。
「先程は怖がらせてすまなかった」
帰りの馬車の中でヴェイツは申し訳なさそうに謝罪をする。
「いいえ、ヴェイツ様のおっしゃる事はわかりましたから、あまりお気になさらずに」
「そうか」
ホッとしたようなヴェイツの表情に胃がキリキリする。
淑女の笑みは上手く保てているだろうか。
(こんなに私と結婚したくないなんて)
やはり自分は愛人としてしかいられないのだろうか。
(いずれ本当の婚姻相手が出来て、屋敷にて二人で過ごすのかな)
そんな想像をして、吐き気を催す。
(そんなの絶対に嫌だわ。ヴェイツ様は私のだもの)
そうは思いつつも伯爵夫人として相応しいかと言われると自信がない。
人を殺す事をたくさんしてきた。
いつ死ぬかわからない境遇で、積極的に友人も作っていない。
(ヴェイツ様に捨てられたら私は一人。でもこの力がある限りは捨てられないと思うけど……)
そうは思いつつ不安である。
ヴェイツも年齢的にそろそろ世継ぎが必要だ。
エイシャスもいつまで魔法が使えるかわからない。
もしもこの力がなくなったら? エイシャスの価値はなくなる。
もしもエイシャスよりも強い力を持つものが出てきたら? エイシャスはお払い箱だ。
決定的な事は屋敷に戻った時であった。
「ついにヴェイツ様に相応しい方が来るのね」
うきうきとした様子で夫婦の寝室が整えられていく。
(知らない……何それ)
何も相談もされていない。だが、使用人たちはエイシャスに隠れてその時を待ちわび、用意をしている。
問いただすのも怖かった。
それを聞いてエイシャスが捨てられるということが確定したら怖い。
もしも自分が正式に婚姻相手なら、きちんと話をされるはずだ、そなのに言われない。つまり言いたくないという事だろう。
(私、ついに要らなくなったのね)
ヴェイツとの別れが近いのだと絶望し、食事の味も分からなくなる。
「大丈夫か? 調子がまだ悪いか?」
「えぇ。まだ本調子ではないようで、すみません」
ヴェイツに断りを入れ、エイシャスは自室に戻る。
エイシャスの部屋は客室の一つだ。
普段はヴェイツの寝所を訪れることが多く、あまりこちらでは過ごさない。
そのため物も少なく、あまり馴染みもない。
(一人で眠るのが怖いと言って、最初は強引にヴェイツ様のところに行かせてもらっていたわ)
いつからか男女の仲となり、今も何もなくとも一緒に寝る。
月のものの時も厭う事無く、寧ろ労わってくれて、お腹や腰を擦ってくれたり、温めてくれた。
「追い出さないでと言えばヴェイツ様は優しいから置いてくれるだろうけど……でも私が辛いわ」
自分ではない誰かと過ごし、愛を囁く様子を間近で見るなんて拷問に等しい。
眠れるはずもなく部屋をうろうろしてどれくらい経っただろうか。
ようやくエイシャスは決意する。
「ヴェイツ様とお話をしましょう」
このままでは駄目だと思い、ヴェイツの部屋へと向かう。
一人であれこれ悩んでも仕方がない、気持ちを改めてヴェイツに伝えようと思った。
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