それゆけ我らの第三外局

皇太子、突然の婚約破棄。


その情報は瞬く間に国内に広がった。


号外新聞は街中に乱れ飛び、人々は口々に噂する。


ある者曰いわく、皇太子殿下は何者かに魔法をかけられたのだ。

またある者曰く、いやいや令嬢が殿下の機嫌を損ねたのが原因だ。


などなど。


今も昔も、庶民は権威ある者の醜聞スキャンダルを好むものである。


だが、その対象が帝家となると話は変わる。


あまりにも不敬、そう考えた民衆は次第に噂の音を静めていった。


そんな中で、民衆は最終結論を心の内に出す。


令嬢が何かしらの良くない行いをしたのだろうな、と。




帝家と公爵家の間には溝が生じる。


今回の一件を聞いた他の貴族たちはそう考えた。

そして、その隙に乗じて自身の利益を拡大できる、とも。


しかし、そうはならなかった。


婚約破棄の数日前に皇帝の密使が公爵家へと飛び、事情説明を行っていたのだ。


その情報を公爵が信じるとて、信じぬとて、結果は変わらない。

娘が婚約破棄される不名誉が決定した事に変わりは無いのだから。


コンスタンツェの事は深く愛していた。

だが、事ここに至ってはどうにもならない。


苦悩の末に公爵は決断する。

彼女を切り捨てる、という事を。


これによって帝家と公爵家の亀裂は生じなかったのである。


公爵が納得している以上、他の貴族は口を挟めない。


帝家とそれに連なる者達は、日常へと戻っていった。




帝都郊外。


林の中から一筋の煙が立ち上っていた。


森林火災だろうか。

否、それは鎮魂の火から出たものだった。


「しっかし、薄情なモンっすねぇ。娘の遺体を引き取らねぇとは。」


轟々と音を立てる焼却炉の炎を覗きながら、エルは言う。


「オプトツィーゲ子爵は婚姻外交で出世した貴族。そんなものでしょう。」


眼鏡に赤々と燃える炎を映しながら、リティは返す。


庶民が考えるほど、貴族の内情はきらびやかではない。

子を道具のように使ってでも、のし上がろうとする者があふれる魔境なのだ。


そんな子爵家に引き取りを拒否された少女の遺体は二人の手によって焼かれていた。


本来、帝国では土葬が基本だ。

しかし流石に、腐敗して欠損した姿のまま埋葬するのは気が引ける。


そのため、郊外に設置された小さな焼却炉で遺体を焼いているのだ。


この焼却炉は二人の手で作られた物。

外局の業務で不都合となった存在ものを処分するための施設である。


いつもとは異なり、炎は哀しみを内に秘めているように感じた。


骨が残る様に火力を調節し、残った骨を箱に納める。

人体の半分以下の量の骨、箱は両手で軽く持てる程に小さかった。


それを町はずれの教会に持ち込んだ。


世界には数多の神が存在する。


彼女が何の神に祈りを捧げていたのかは分からない。

神に祈らぬ者現実主義者であった可能性もある。


死者に語る口は無い以上、それを知るすべは存在しない。

であるので、当たりさわりのない葬儀を執り行った。


神父とリティとエル。


たった三人だけの小さく短い葬儀。

それでよわい十五で殺された少女は天へと旅立った。


せめて安らかに。


人死にを身近に感じる仕事に身を置く二人も、少女にそう祈ったのだった。




それからしばらく。


第三外局もまた、日常へと戻っていた。


皇帝からの調査依頼によって後回しにされた諸々もろもろの業務。

それが二人に襲い掛かっていたのだ。


だが今、外局の部屋にはエル一人。

机の上に両脚を放り出し、椅子の背もたれに身を預けて寝こけていた。


リティはまたも帝城に呼び出されたのだ。


ふと、エルは目を覚ます。

そろそろ局長が戻ってくる頃合いだ、と気付いて。


机の上の脚を下へと仕舞い、眠い目をこすって大あくび。


その瞬間、扉が開かれた。


「お、局長。おかえりなさ・・・・・・・・・・・・ん?」


出迎えの挨拶をしようとした所でエルは言葉を止める。

リティの隣にいる人物を見て、疑問を抱いたためだ。


「まあ、そういう反応になりますね。」


リティは腕を組んで一つ頷いた。


彼女の隣には少女が一人。


年の頃は十と八。

百五十半センチばの背丈は高すぎず低すぎず。


背中まで伸びたすみれ色の髪に、傷の一つ無い青玉サファイアのような綺麗な碧眼。


船と月の青刺繍が胸のフリルに施された白のフリルブラウス。

青の布地に銀装飾が施されたくるぶし丈のフレアスカート。


スカートから伸びる編み上げブーツは、彼女の内面を表すが如く、黒い。


「さあ、中へどうぞ。コンスタンツェ・・・・・・いえ、コニーさん。」


リティに笑顔で促され、コンスタンツェ改めコニーは部屋の敷居をまたいだ。


その姿は晩餐会の時と変わりない。

だが可憐な印象だった彼女は姿を消していた。


目の前の二人を敵と認識した鋭い目つき。

奥歯を噛みしめて不平不満と憎しみで歪んだ顔。


彼女は優等生な令嬢の仮面を脱ぎ捨て、醜い本性を隠す事無く外に出していた。


「チッ。」


小さな舌打ち。

今彼女が出来る、最大限の抵抗である。


それを聞き、リティとエルは肩をすくめた。




彼女は処刑されなかった。


情状酌量じょうじょうしゃくりょうされたわけでは無い。

帝家と公爵家の名誉を守るための措置だ。


彼女を処刑すれば、それ相応の罪を犯したと公言するに等しい。

公爵家の娘を処断する程の罪となれば、それは帝家への叛意に他ならない。


公爵家の娘が帝家に叛意はんいを持っていた、などという事は帝国の一大事。

わざわざ公表し、国内を混乱させる意味は存在しないのだ。


それ故に彼女は生かされ、貴族の世界から放逐ほうちくされた。


だが、完全に自由にすれば憎しみを持った彼女は何をするか分からない。

しかし誰も、そんな訳アリを受け取りたくはない。


すったもんだの末に、彼女は第三外局へと放り込まれる事になったのだ。


本日、リティが帝城に呼び出されたのは、彼女を引き取るためである。




「まあまあ、私は案外期待しているんですよ?コニーさん。」

「はぁ?」


リティの言葉に、コニーは顔を歪ませたまま、疑問符が付いた声を返した。


そんな少女の態度など意に介さず、リティは言葉を続ける。


「貴女の過去などどうでもいい。その才知をここで活かしてくれるのなら、ね。」

「・・・・・・チッ。」


再び舌打ち。

そして彼女は口を開いた。


「アンタら、頭おかしいんじゃないの?私は人ひとり殺してるの。」


その言葉にリティとエルは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で彼女を見る。


そして。


「「あっはっはっはっは!」」

「!?」


二人は腹を抱えて大笑いした。

不可解な反応にコニーは驚き、呆気に取られる。


リティは、そんな彼女の肩に片手を置き、微笑んで言った。


「その程度の事、私達が気にするとでも?」


笑顔のまま、すっ、と薄く開かれた彼女の目。

赤が強い琥珀色だったはずの瞳は、まるで乾いた血のように褐色に見えた。


黒く暗い瞳だ。


「私達が今まで何をしてきたか、教えてあげても良いですよ?」


コニーはその瞳に吸い込まれるような感覚におちいる。

ぞわり、と背中を悪寒が駆け抜けた。


「ねえ、エルさん?」

「ははっ、お嬢様には刺激が強すぎるんじゃねぇですかね?」


エルはいつものように軽口を叩く。

だが、その裏には言いしれない圧力がある様に感じた。


「なので、私達は貴女を歓迎します。ここは人手不足ですからね。」


肩から手を離し、リティは自身の席へと歩いて行く。


コニーは、自身でも気付かないうちに息を止めていた事に気付く。

心臓が早鐘を打っているのが自覚できた。


ふと何かを思い出してリティは足を止め、コニーへと向き直った。


「・・・・・・なに?」


警戒。


目の前の、いかにも文官、という見た目の女は捕食者だ。

コニーはそれを理解した。


それ故に身を守るために両手を胸の前で握る。

その程度でどうにかできるわけでは無いと自覚しながら。


「いえ、そういえば言っていなかったな、と思いまして。」


右手を広げ、コニーに差し出した。

それはまるで、彼女をダンスに誘うかのように。


そしてにこやかに、晴れやかに。

黒く濁った眼を彼女に向けて。


リティは言祝ことほいだ。

コニーは呪われた。




「ようこそ、第三外局ゴミ箱へ。」

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なぜこんなことに!?~帝国内務省 第三外局物語~ 和扇 @wasen

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