第7話 やあ花粉症は強敵でしたね(勝てたとは言っていない)



 ダンジョン探索を始めて半年ほど経過した頃、会社を辞めた。


 勤め先の親会社がヤバい相手に素材を横流ししていた件が発覚し、逮捕者続出。親会社の偉い人達や横流し先の連中が拘留中に不審死が相次いだ。警告なのか報復なのかは不明だが、追及を逃れたつもりになっていた創業者一族は経営より退いて会社を畳んだ。

 そういや一時期こちらに素材の横流しを強要してきた自称本社のエリート君の顔を見なくなって久しい。

 幸いにも直接の勤め先からは逮捕者も不審死も出てはいない。

 むしろある日突然外資系に身売りされていたことを知らされ、右往左往。自分も例外ではない。


『契約の更新を望むなら本日中に出頭せよ。例外は認めない』


 花粉症は理由にもならんそうで。

 外資からやってきた新しい上司は大層日本語が上手であった。日本に来て半年もたたずにこれだけ話せるというのは本当に有能なのだろう。そして半年程度では花粉症は発症しない。

 さもありなん。

 理解できない価値観に対して共感を訴えるなど無意味に等しい。

 かねてより用意していた退職届をオンラインで送信すると、会社員時代にお世話になっていた関係各所に近況報告を兼ねて退職の報告を伝えて回る。今日からは冒険者組合に素材を提出すればいい。元会社とか元親会社が希少素材については素材を傷めないよう梱包一つとっても注文だらけだったが、その手間が省けると考えると気が楽になる。




▽▽▽




 ダンジョン生活にも慣れてきた。

 目が痒くない。

 鼻水も出ない。

 喉も痛くならない。

 気怠さもない。

 天国である。

 毒ガエルの耳腺液とか巨大毛虫の毒針とかは平気なのに、スギをはじめとした花粉は相変わらずの殺傷力で日本の空気を汚染している。雪が降る時期なら外に出られるかもしれないので、沖縄以南への移住を考えている。割と本気で。

 会社辞めたし、沖縄にも幾つかダンジョンは確認されているし、自分のレベルなら冒険者として喰っていく事も不可能ではない

 

「保全機能付き収納魔法持ちという時点で、冒険者引退後も安泰ですしね」


 花粉症さえなければ兼業冒険者として仕事を幾つも斡旋できるのですがと、冒険者組合の受付嬢は心底残念そうだ。


「花粉が落ち着いたら冬までに一度沖縄か北海道を訪ね、その結果次第では転居転属を考えています」


 ダンジョン内の宿泊施設は年中一定の気候気温で快適だけど、たまには外の空気を吸いたくもなる。


「あ、移籍の際はテイムモンスターもきちんと連れて行ってくださいね」

「緒形さんはモンスターじゃないですしテイムもしていませんがな」

「そうですか。押しかけフォックスは高レベルすぎて乙女をこじらせたエセ王子キャラですので、うっかり女の子扱いして勘違いさせたまま逃げると次の人生まで追いかけられると思いますから今のうちに覚悟を決めておいてください」

「……」


安納賢司 レベル49

クラス:未開放

スキル:来世チケット(従魔SSR×3、契約妖精SSR×1、押しかけフォックスUR×1、調理技能【中華神饌】、回復魔法)以下略


 更新された国民番号カードの情報を見て固まる。

 そっかー。

 緒形さん、URなんだー。

 さすがキラキラの王子様キャラで人気のセクシー狐さんだ。


 だ、大丈夫のはずだ。

 一緒にダンジョン探索して、一つのテントを共有したり、怪我の治療でやむなく肌を覗いたり触れたりしたことはあるけど互いに冒険者として覚悟の上であったはず。

 応急処置の際に緒形さんの下腹部に手を当てたらなんか変な模様が浮かび上がったことがあったけど、すぐ消えたから問題なかったはず。

 大丈夫。

 緒形さんは狐耳尻尾生えてるけど冒険者だから。

 モンスターじゃないからテイムされる筈がない。


 よし、善は急げ!

 もはやスギ花粉はシーズン終了なのだ、今のうちに新天地へと旅立たねば!




▽▽▽




「ブタクサの花粉症ですねー。症状抑える薬をお出ししますけど、最寄りのダンジョンに避難するように。お迎えの方が来ているので、点滴終わったら声かけてくださいねー」


 ダンジョンの外に出て数十分後。

 新たな花粉症を発症した自分は涙と鼻水の洪水で文字通り死ぬような思いで病院に担ぎ込まれていた。酸素吸入と点滴で辛うじて人間の尊厳を取り戻した自分を迎えに来てくれたのは、冒険者組合の受付嬢さんと緒形さんだ。


「落ち着いて聞いてください、安納さん。ブタクサは沖縄にも北海道にも生えています」

「頑張ってダンジョンに潜って花粉症耐性獲得を目指そうね、安納さんご主人様


 美人二人に慰められているためか、男性患者とか事務の方が物凄い顔で舌打ちしている。

 ちゃうねん。

 受付嬢さんはこの状況を全力で楽しんで酒の肴にする気満々だし、緒形さんに至ってはレースクイーンみたいな衣装にチョーカーに見立てた首輪装着で来やがった。迎えに来てくれたんだよね。リード紐を握らせないで、尻尾を足に絡ませないで、お願い。君そういうキャラじゃないでしょう。


「安納さん、御存じですか。狐って冬にかけて発情期を迎えるそうですよ」

「今はまだ秋なんですけどおおお!」

「うふふふふふふ」


 ああっ。

 緒形さんの下腹部に紋様がっ、なんかハート形の紋様がッ!?

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