第5話 レベルアップ
冒険者はダンジョンで経験を積むとレベルが上がる。
詳しい仕組みは知らない。
モンスターを倒したり謎を解いたりすると経験値とやらを稼げる程度の事はなんとなく理解できるが、そこから先は現役の冒険者の間でもはっきりしないのだとか。
レベルが上がれば花粉症耐性という得難い異能を獲得できる。それでいい。あとレベルが上がると男性由来の不妊原因はかなり改善されるらしい。これはスキルとは無関係のレベルアップによる恩恵だ、と昔どこかの偉い人が話していた。
花粉症とは無関係なので、それ以上のことは知らない。
「
ツアー初日を終えて。
ダンジョン入り口に併設している冒険者組合の出張所で国民番号カードの情報を更新した。
安納賢司 レベル4
クラス:未開放
スキル:来世チケット(従魔SR×1、従魔R×1) 印字打★★★★
なんでやねん。
「あー、やっぱり」
脇から国民番号カードを覗いていた狐耳尻尾の緒形さんが落ち着き払った顔で頷く。
後ろの方で冒険者達が金とか回復ポーションなどを飛び交わせていたが、深く追及する気にはなれない。ダンジョンという閉ざされた環境ではヒトは何らかの娯楽を求めるものだ、それが冒険者ならば猶更の話。多分自分のスキル取得で賭け事をしていたのだろうが。
「心当たりがあるんですか緒形さん」
「冒険者界隈だと、スキル追認現象って呼んでる奴です。つまり安納さんが今までの人生で蓄えた経験がダンジョンに潜ることでスキル化を起こしてるんだけど、普通の人が手に入れる耐性スキルよりも優先されちゃうの」
インストラクターとして撮影していた動画を再生しながら、緒形さんの解説は続く。
ダンジョンに潜っていなかった十数年に蓄積したものを、経験値が形にしてくれたのだと。スキルとして昇華するほどの技術や経験が自分に備わっていたのだと褒められた。
でも、それらを取得し終えないと花粉症の耐性は獲得できないらしい。
駄目じゃないかそれ。
「安穏かつ無為に暮らしていたなら、スキル追認とか起こらないんですよ。あったとしてもレベル5までで取得完了するものなんだけど」
レベル4と表示された国民番号カードに視線を落とす。
「印字打って、古武術の投石術よね。一撃でゴブリンの小集団を壊滅させてるのに、この程度の技能値でおさまるとは到底思えないわ」
「えええ」
「保険が適用されるのはレベル5までだから、初日で悪いけど方針を相談しましょ」
と、肩を掴まれる。
冒険者組合の受付嬢さんと緒形さんの両方から。
インストラクターの補助がほぼない状況で初日正攻法でいきなりレベル4というのは、なかなかの快挙らしい。またレベルアップによる身体強化の恩恵は三十路の身体の衰えを補って余りあるほどのものらしく、アンチエイジング効果の高いダンジョン産の秘薬も相まって高レベル冒険者は外見から年齢を推し測るのはほぼ不可能だそうだ。
「安納さん、他に特技が無ければレベル10まで頑張ってみましょうか。極めて珍しい症例なので、冒険者組合からの補助申請多分通りますよ」
「ちなみにレベル10超えたらセミプロ冒険者として自動的に副業扱いされちゃうから」
レベル上げを熱心に薦める受付嬢の横で、会社勤めとしてはなかなか聞き捨てならない情報を提供してくれる緒形さん。初心者向けダンジョンの上層を今の調子で周回するならソロでも一週間でレベル10まで行けるかも、というのが彼女達の共通見解だ。
「レベル5以降は引率できないけど、安納さんなら問題ないと思うよ?」
スライム戦やゴブリン戦を思い出したのか、視線を逸らしつつ太鼓判を押してくれる緒形さん。こっちの目を見て言って欲しかった。
なお緒形さんに訊ねたが、来世チケットの内訳は読めなかったそうだ。
▽▽▽
翌日以降、引率なしでのダンジョン探索を続ける。
「風魔捶丸術弐ノ弾、山颪」
「同参ノ弾、飯綱」
ロクヨンチタンドライバーは今日も好調だ。
ゴルフ練習場で教わった「型」を再現すると、散弾銃みたいに打ち出された小礫がホブゴブリンの集団を吹き飛ばし、ビームライフルみたいな効果音と共に極太の光を伴った流れ星状の礫がトロールの胴体に大きな風穴を開けた。
絶好調すぎた。
なんでチタン合金のゴルフクラブから極太ビームが出るのだ。
それにトロールなんてのは冒険者の冊子で幾度も戦闘回避せよと警告されていた、場違いな徘徊型モンスターではなかったか。
やっちまった。
近くを通りかかった冒険者集団が口笛を吹いて、祝福代わりに背中を叩いてくる。地味に痛い。
「ふむ。一発の速度威力には欠けるが面制圧に適した攻撃と、速度貫通性に優れて再生のバケモノであるトロールですら一発で仕留める攻撃か。前衛を立たせることなく単独で対処するとは――貴殿、なかなかの紳士だな」
槍を担ぎ眼帯風の特殊ゴーグルを装着した青年、昨日の交流会では柳田と名乗っていた男が感心していた。
「我々専業冒険者でもアレを単独で倒すとなれば、属性相性を考慮してもレベル15位以上は必要となる。俗世に置くには惜しい才能だ」
社会に未練がなくなったら声を掛けてくれいと名刺を押し付け、柳田さんとその一党はダンジョンの奥を目指す。深層探索を目的とする冒険者達にとってトロールとの戦闘回避は日常のルーチンなのだ。
朝8時に行動開始して65分。
ホブゴブリンの集団およそ25体。
徘徊していたトロール3体。
ダンジョン施設の利用料金も稼がねばと倒しに倒して集めまくったモンスター結晶通称「魔石」にドロップ品の数々。
柳田さんの太鼓判に嫌な予感を拭いきれず、一足先にと冒険者組合の出張所に戻って各種精算を済ませる。最新情報に更新した国民番号カードの色が、白から青に変わっていた。
「おめでとうございます安納さん。レベル15突破です」
前日のレベル4から一気に上昇しましたねと、受付嬢さんは輝くような笑顔だ。
「……安納さん?」
安納賢司 レベル17
クラス:未開放
スキル:来世チケット(従魔SSR×2、従魔SR×1、契約妖精SR×1、調理技能【街中華】、回復魔法)、印字打(皆伝)、テイム★
国民番号カードに表示されたスキル欄を見て、がくりと膝をついて項垂れた。印字打やテイムスキルはまだいい。どうやら他の人が認識できていない転生チケットの内容が、レベルが上がるごとにどんどんおかしくなっていく。
そして追加の兆しすらない花粉症耐性スキル。
レベル15を超過した人類の肉体はステータス増強により、たとえ素手でも格闘技有段者と同列以上に扱われる。つまり全身凶器だ。警察に届け出る必要もあるし、経歴によっては就業制限が発生する。
『レベル17でも花粉症耐性がつかなかったとか、どんだけですか安納先輩』
事情を説明すべく会社に連絡を入れたら、人事課の後輩である矢間口が担当として応対してくれた。
『攻星労働省のデータベースと冒険者組合にも照会済みました。ガチですねえ、これ。営業二課の当麻課長が頭を抱えていましたよ』
「いやはや申し訳ない」
『ダンジョン宿舎にリモートオフィスを設置できるみたいなんで、業者に連絡入れておきます。有休中にできるだけレベル上げて耐性スキル取れればそれでよし。駄目なら花粉症の無い支社への転属願いだしますか?』
「あ」
その手があったか。
という言葉を互いに呑み込み、会社への手続きは終了した。一部始終を聞いていた冒険者達が酒盛りの準備を始めていたのが非常に腹が立つ。
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