第4話 ロクヨンチタンドライバー



 四半世紀も前の話になる。

 戦闘機の素材に使われていた特殊なチタン合金を用いて作られた、とある競技自転車があった。

 乗り手の長年に及ぶドーピングや問題発言により公式記録の一切が抹消されてしまったが、今でも根強いファンがいる。

 かくいう自分も少しだけ憧れた時期がある。とはいえ下手なオートバイより値の張る競技自転車には手が出るはずもなく。代わりに購入したのが、ヘッドとシャフトがチタン合金で出来てるゴルフクラブだった。

 プロテストを考えたこともあったという元上司曰く「こんなものをゴルフクラブとは認めたくない」という代物で、確かにゴルフ選手よりは中国武術の達人が持ってた方がサマになるような物体ではある。


 自分もこいつを使うのは打ちっぱなしのゴルフ練習場くらい。

 そもそも他にゴルフクラブも持っていないので当然ながらコースを歩いたことも無い。


 そんなチタン合金棒を手に自分はダンジョンの門をくぐった。


「えーと、安納アノーさん?」


 指導員の狐耳尻尾美女インストラクターこと緒形さんが困ったような顔で待っていた。


「それ、近接用の鈍器?」

「いいえ」短く答える「射撃武器です」


 忘年会のビンゴ大会で手に入れたゴルフボールを数個、床に転がす。

 洞窟型のダンジョン。初心者でも安心して経験値を稼げると評判のそこでとりあえず実力を見ると言われていた。床や壁に貼りつく寒天状の球体、つまりスライムと仮称される不定形モンスターが標的である。

 その数、7匹。


「近代スポーツとしてのゴルフ競技の発祥はスコットランドであり、羊飼いが杖で石を野兎の穴に打ち込む遊戯が原型となったと言われています。だが杖で石ないし弾丸を打ち転がす遊戯は世界各地に存在します。オランダ然り、北欧然り。そして古代中国にも貴族の遊戯として類似する歩打球が存在しました。紐付き投石棒スタッフスリングをも超越する飛距離と威力を発揮する弾丸に着目した武術家達は、数多の流派の中に棒杖術の余技という形なれど必殺の武芸を生み出したのです。

 そしてその技は戦国時代の日本にも伝播し、身分として刀を持つことを許されぬ山岳民や流民たちの間で密かに継がれていきました。

 即ち――」


 理想的なゴルフスイングと共に、コーティングされた硬質の球が強烈な回転と共にスライムを襲う。

 単なる投石では粘性の細胞質を只突き抜けるだけのそれは、強烈な回転を伴うことで粘体内の核部分を一瞬で巻き込んでスライム本体より弾き飛ばす。打球はそこで留まらず、ビリヤードの球のように床や壁を跳ねて目視できる範囲にあるスライム七体全ての核を弾き飛ばすと足元に戻ってきた。


「風魔捶丸術始ノ弾、螺旋天狗礫」

「いやいやいやいや」


 一部始終を見守っていた緒形さんからの容赦ないツッコミが入る。

 解せぬ。


「フーマってなんですか、フーマって」

「通っていたゴルフ練習場が風魔捶丸術道場という名前で」

「それどう考えてもゴルフ教室じゃないよね」

「なんとぉ」


 なんか知らんが怒られた。

 後日、冒険者組合が立ち入り調査したらしく。むかし通っていたゴルフ練習場は古武術道場の看板を掲げるようになったそうだ。




▽▽▽




 インストラクターの緒方さん曰く、ダンジョンは地下二階からが本番らしい。


「打つ時に掛け声ください。流れ弾コワイし」

「掛け声ですか?」

「ええ、ゴルフ打つ時の定番。中華料理になぞらえたフレーズで」


 前方と真後ろには決して立とうとしない緒形さんが、迫りくるゴブリンの集団を指さしながら、さあ攻撃してくださいねと促してくる。

 なるほど。

 かつて高校生の頃に偶然迷い込んだ時よりも気持ちは落ち着いている。

 総チタンのゴルフクラブを掲げ、自分は高らかに叫んだ。


「蓬莱仙式鳳龍葷素湯烤猪里背肉細拉麺っ」

「なげえよ!」


 打球後に後ろからスリッパで叩かれた。痛い。

 ビリヤードの球よろしく壁や天井に跳ね回っては砕け散って消えるゴブリンの姿を見届けつつ、抗議の声を上げる。


「普通にチャーシューメンって叫びなさいよ!」

「近所の中華料理屋でそれ頼むと丸ごと煮豚と中力粉の袋をテーブルに置かれるんですよ」


 そもそもメニュー表にチャーシューメンの記載がないので、見もせずに頼む客が大体被害に遭っている仕様だ。

 ちなみに先程叫んだ技名を適当に訳すと「鶏・海老・野菜ダシのトリプルスープ仕立ての細打ち手延べ麺、クリスピーローストポーク添え」という感じか。三枚肉部分はトロトロだが皮部分はサクサクパリパリに仕上がった豚背肉はそれだけで看板料理として通用してしまう。それを細打ちながらも小麦の風味がしっかりした手延べ麺と、コク深くもくどさが全くない三種類の上等なスープを組み合わせることで豚背肉を決して孤立させずに一つの料理として完成させている。

 味も凄いが、器をかなり小さめにして提供しているから学生さんならなんとワンコインで注文できる。男子だと一杯で満足できない連中がほとんどだが、女の子やお年寄りなどは程よい分量なのも良い。


「安納さん、連れて行ってください」

「花粉症治らない限り出禁喰らってるんですよ自分」


 またもや怒られた。

 仕方ないので第二階層でゴブリン達に被害を担当していただいた。途中からゴルフボールが勿体ないと思ったので路傍の小石を適当に打ち出したら、不規則な軌道を描く小石群がゴブリンの首を刎ねたり胴体を貫くようになった。

 更に怒られた。

 解せぬ。




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