第3話 プロ冒険者と行くダンジョンツアー



 ダンジョンが現れて十数年。


 レベルと共に不可思議なスキルを獲得した者達の存在は色々と世間を騒がせた。

 まず近代オリンピックとプロスポーツ競技の多くが機能停止に追い込まれた。スキルとステータスの組み合わせ次第では時速250㎞で3時間走り続け、助走なしで100メートルの高さを飛び越えてしまうのだ。


 ドーピング以前の問題である。

 欧州御得意の一方的なルール変更も無力だった。

 それは性自認が女性で肉体的には男性の競技者によって上位陣が独占されていた女子スポーツ業界が顕著で、魔法によるブーストさえ惜しまず行使したダンジョン帰りの女子競技者達アスリーツは、自分達に優しくなかった欧米世界の良識的な知識人達の脳を徹底的に破壊した。


 因果応報とも言える。

 無論それまでの世界王者達もまたダンジョンに潜ることで不可思議の恩恵を受けようとしたが、心身のレベルアップは文字通り自称女性たちの肉体ないし精神を作り替えた。世界が女性と認識したものは骨格どころか細胞レベルで女性のそれへと作り替え、自己暗示や欺瞞により女子であると主張していたものは性自認が男性へと変化する。それは本来であれば性同一障害に苦しむ者達への福音となるべき現象だったが、世界の女子プロスポーツ業界に限って言えば無数の訴訟と組織崩壊そして大会競技の消滅に至った。


 近年の研究によると、性染色体異常の完全治療にはおよそレベル10程度まで経験値を積む必要があるらしい。これは多くの染色体疾患治療の目安でもあり、魔法治療と併用することでより低いレベルで染色体や遺伝子の異常を修正する事が可能となっている。


 また副産物的な話になるが、女装や女性化欲求は脳や精神の異常ではなく、一種の性的嗜好であると認識されるようになった。レベルがどれほど上昇しても一定数の同性愛者はその嗜好に変化はなく、治療魔法も彼ら彼女らを正常であると判定した。

 異常者でも特権階級でも哀れな病人でもなく、そういう趣味の人。

 社内の女子社員からの評価で言えば、サメ映画マニアの秋元係長の方が変人扱いされている。ロマンスグレイのおっさんなのに三つ編み下げてるし。


「冒険者組合よりインストラクターとして派遣されました、緒形です」


 ダンジョン探索1日目。

 指導者として紹介されたのは、女子校ならば王子様と持て囃されそうな美人さんだった。美人さんである。周囲の他の女性冒険者が黄色い声を上げるのも納得いくレベルの美人さんである。自分が女性だったら即メス堕ちしたであろう美人さんだ。

 ハスキー声がたまらなくセクシーだ。

 しかも狐耳と尻尾を生やした獣人さんで、男の冒険者達が一様に前屈みになっている。とんでもないセクシーさんである。


「よろしくお願いします。安納です」


 この程度で揺らいでいては、会社では一発セクハラ解雇である。

 平常心を保ち会釈をすれば、へえ、と少し感心したような反応をされた。


「失礼ですけど安納さん、精神耐性系のスキルを何か取得されています?」

「いいえ」


 割と真顔で問われたので、国民番号カードを提示してスキルを表示する。


安納賢司 レベル1

クラス:未開放

スキル:来世チケット(技能無し)


 表記に変化はない。

 戦闘スキルも一般スキルも表示されていない。これは自分に限った話ではなく、余程の適性と修練を積まねばスキルという形で表示されないのだ。同時に、スキルに表示されないからと言って、何もできない訳ではない。

 だが緒形さんの反応は此方の予想と少しばかり違っていた。


「初めて見るスキルですね。ユニークに近い特殊スキルかもしれません」

「日常生活に支障はなかったので放置してましたが、検査を受けた方が良いですかな」

「おそらく。レベル5まで予定通り上げますけど、予定外のスキル取得があるかもしれない。そこから先は冒険者組合を交えて相談しましょ」

「お手数おかけします」


 なるほどインストラクターとして紹介されるだけはある。

 自分はすっかり緒形さんというベテラン冒険者さんに信頼を寄せていた。たとえレベル5になってなお花粉症が治らなかったとしても、決して彼女を恨むまい。


「……時に安納さんは動物嫌いですか?」

「いえ。牧場に通う程度には馬とか好きですが」

「なるほど」


 何がなるほどなんだろうね。


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