20

その一報がグリムロックに届いたのは、ソフィアたちがランドルフ王国騎士団の船団を沈黙させてから、3日目の朝だった。


肘掛けを拳で叩き立ち上がると、神円の聖者が集う聖都ミレイナへと出立した。



そして、その報は赤の女王エレノワの耳にも入る事となる。


「忌々しい。のうエミリアよ、そちの神託の瞳はなんと言っておる」


なんの関係のない側女達に辺り散らした後、そばに仕えていた少女に問いかける。目深に被ったフードの奥で、少女の瞳があかく光る。





マストを修理したエアシップが風を受け砂漠の海を走る。舵を握るのはラグ、甲板にはソフィアとリンド、ポルクはおっかなびっくりでマストの根本に、しがみ付いている。


「ソフィア殿、すまなかった」

「そんな、いいですよ。自分で決めた事ですから」


地下都市カルトㇲを旅立つ朝、見送る街の人々は、口々に別れを惜しみ涙していた。そしてソフィアも。


「我が主アイル様をお助けするその時まで、そなたに仕えお守りしよう」

「え、それって」

「護衛はまかされよ。そなたの剣となり盾となろう」

「はぁ、ばかか。それは俺の役目だろうが」


舵を握ったラグから、抗議の声が飛んでくる。


「はぁ。お主の様な粗暴な男にソフィア様の護衛を任せられるものか」

「あんだと、へっ、弱っちくせに」

「なに」


腰の太刀に手を掛けるリンドを慌てて止めに入る。


「ふたりともいい加減にして下さい。これから旅する仲じゃないですか」


そっぽを向くふたりに思わず吹き出してしまう。




砂漠に吹く乾いた風が、今日は心地よく髪をなびかせる。どこまでも続く地平線に想いをはせる。


「で、どこに向かって進めばいいんだ?」

「更に西、ウルの寺院に向かいます。そこに三賢者のひとり、わぁ、ひぃぃぃ」


大風で跳ねる船体にいつもの悲鳴がひびく。




「そうだ」


不意にラグがソフィアに問いかける。


「なんであの時、俺を助けたんだ」


大きな瞳が振り替える。


「気にしないで下さい、ただの気まぐれです」


ふたりは見合って笑い合う。






「おじいちゃんは怖くないの?」

「怖いに決まっておる。初めては皆、同じじゃよ。じゃがな、それ以上の楽しみが待っておる。それにの、決まりきったのは、ごめんじゃ。一度の人生、賢く生きる必要もあるまいて」


そう言って笑うジークの声が、碧空に響き渡る。







「いい風ですね」


なびく黒髪を押さえて砂の地平を見詰めるソフィア。旅はまだ始まったばかりだ。
















寺院の屋根で横のなっている人影。


「ソウエン、ソウエン。ヨルナ様がお呼びですよ」


屋根下から呼ぶ声で目を覚まし、臙脂色えんじいろの法衣を身にまとった男が上体を起こす。


「聞こえていますか?ソウエン」


その声は聞こえているのか、意に返さないのか、大あくびをして、高く伸びをする。


「いい風だ」


吹き抜ける風にソウエンは笑った。

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碧い魔眼の算術使い 三夏ふみ @BUNZI

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