第5話 ドッジボール

 体育の教科担任は、クラス担任でもある石原先生。ガタイが良くて、Tシャツのサイズが合っていないように見えてしまうけれど、筋肉が多いだけなんだろう。


「よーし、みんなそろったな? 体育は三クラス合同で次回からは男女別々だから、これから一年間宜しく頼む」

「それでは、まずは準備体操から始めましょう。みんな、お互いに伸ばした手が触れないくらいに距離を取って」


 石原先生の他に、補佐役の先生がつく。宮谷みやたにまこと先生という女性で、きりっとした見た目のかっこいい人だと思う。女子の体育を担当するのは宮谷先生だ。

 わたしたちは整列した状態から、宮谷先生の言う通りに距離を取った。そして、簡単な準備運動をする。突然走ると、体にあまり良くないからね。

 みんなの準備が終わると、石原先生が「今日は最初の授業だ。ドッジボールをするぞ」と宣言した。わたしはそれ程運動が得意ではないけれど、得意な聖ちゃんと同じチームになれたら良いなと思う。

 幸い、チーム分けはクラスを半分に割って六チーム作ることになった。今回は男女混合チームで、わたしは聖ちゃんと早川くんと同じチームになることが出来た。


「お、猫山と桃園も一緒か。よろしくな」

「こ、こちらこそ!」

「よろしくね、早川くん。それから……瀬尾せおくんだっけ?」


 わたしは緊張してちゃんと見ていなかったんだけど、聖ちゃんは早川くんが誰かと一緒にいることに気付いたみたい。わたしもそろそろと顔を上げて、大柄な男の子の姿に目を見張った。

 早川くんがその子の背中をたたいて、挨拶を促す。刈っているのかと思うくらい短い髪の彼は、にこにこと笑みを浮かべて自己紹介してくれた。


「オレは瀬尾和人せおかずひと。甲子園目指して、野球部に入るつもりなんだ」

「ちなみに、キャッチャーを少年野球チームでやってたらしい。だから体がしっかりしてんだな」

「あはは。石原先生には負けるけどな?」


 大らかに笑う瀬尾くんは、早川くんと昨日の時点で仲良くなったらしい。ちょっとだけ羨ましく思いつつ、わたしは聖ちゃんたちに引っ張られてコートの中に入った。

 先生たちはコートの外側から審判をするらしい。宮谷先生がホイッスルを吹いて、第一試合が始まった。


「よっしゃ」


 バシンッという音がして、早川くんがボールをキャッチする。ニヤリと笑った彼はそのボールを敵陣地へと投げるのかと思いきや、味方のいる外へと投げた。


「頼むぜ、瀬尾」

「了解」


 早川くんのボールを受け取った瀬尾くんが、早速一人アウトにする。それから相手にボールを取られたけれど、クラスの運動神経抜群そうな女子がキャッチし、敵陣地へ投げ返す。それは取られてしまって、こちらも一人アウトに。

 転がったボールが、わたしの目の前にやって来る。わたしは何となく手にしてしまって、すぐに後悔した。


(わたし、球技苦手なのに!)


 ソフトボール投げでも十メートルも飛ばせない。そんなわたしが、相手チームからアウトを取れるはずもない。変な汗を背中に感じながら、わたしはどうにでもなれという気持ちでへろへろのボールを相手に向かって投げた。

 案の定、相手チームの男子にボールをキャッチされてしまう。


「何だこれ、あっまい球だな!」


 そう言うが早いか、男子は剛速球をわたしに向かって投げてきた。きっと当たったらとても痛い。そうわかっているにもかかわらず、わたしは咄嗟とっさに動けずボールを見詰めることしか出来なかった。


「――あっぶな」


 パシンッという音と共に、聞き覚えのある声が目の前から聞こえた。わたしが無意識につぶっていた目を開けると、早川くんが取ったボールを投げ返してアウトを取る背中が見える。

 アウトにしたのは、わたしに剛速球を投げてきた男子だ。


「は、早川くん……」

「大丈夫か、猫山? あれは流石にないよな」

「大丈夫。あの、あ、ありがと」


 わたしがお礼を言うと、早川くんは「気にすんな」と笑ってくれた。その笑顔を見て、わたしの胸が大きく高鳴る。

 その時、石原先生がホイッスルをピーッ吹いて今アウトになった男子に注意した。


「こら! スポーツは怪我させるためにするもんじゃないぞ!」

「わっ! すみませんっ」

「謝るのは俺にじゃないだろ」


 石原先生の剣幕に驚いた男子は、その場でわたしに向かって「怖がらせてごめん」と謝ってくれた。だけどわたしは、もうそれどころじゃなくて「大丈夫」と返すので精一杯。

 何故かわたしの顔は熱くなっていって、いつの間にか傍に来ていた聖ちゃんがニヤついている。


「聖ちゃん?」

「ふふっ。春花、かわいー」

「かっかわいくないよ」

「ほらほら、授業中よー!」


 宮谷先生からも注意が飛び、わたしたちは試合を再開した。

 結局わたしたちの三組は六チーム中二位。一位は取れなかったけれど、総当たり戦は激戦だった。

 二位ではあったけれど、早川くんと瀬尾くんのコンビネーションはわたしたちの順位をグッと押し上げてくれた。彼らがクラスの女子たちの人気を集めるのは、もうわかり切っていたけれど。


「……一年間、このクラスなんだ」


 猫にも優しい早川くん。野球部志望の瀬尾くん。そして、親友の聖ちゃん。更に、たくさんのクラスメイトたち。学校で猫になってしまうことさえ避けることが出来れば、きっと大丈夫。

 わたしはそう結論付け、お昼を一緒に食べようと誘ってくれた聖ちゃんと一緒に着替えるために教室へと戻ることにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ねこむすめ!~誕生日に猫になったらクラスメイトからの溺愛が待っていたんですが~ 長月そら葉 @so25r-a

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ