「いしなりさま」

@N0N0C4

いしなりさま

 「たなかさま」


 平仮名でそう五文字だけ書かれている、薄汚れた茶封筒。差出人の表記はない。それに郵便受けではなく、私がオフィスを構えている豊田ビルのエントランスに繋がるドアに挟まっていた。

 はぁ、なんともおかしな……。そう思いつつも、私はその茶封筒をしげしげと眺め、やれひっくり返してみたり、やれ光に透かしてみたりしながら、オフィスへと入った。そうして『田中探偵事務所』と書かれたオンボロ看板を見上げ、今日も仕事を始める。

 とりあえず椅子に腰かけてから、少し考えてみる。このオフィスには私以外に田中の姓を持つ人間はいないし、やはり私宛てだろうか。「たなかさま」という宛名はつたない字で書かれていて、漢字でもないから、差出人は小学生だろうか。などと考えながら、おもむろにその手紙を読んでみることにした。

 茶封筒を開けると、中には一枚の折りたたまれた紙が入っており、そこには赤く拙い文字でこう書かれていた。


 「いしなりさま からん ころん からん ころん

  おおきな くち おおきな おなか

  うれしいな うれしいな からん ころん」


 中身を読んで、思わず笑ってしまった。まさか探偵業の依頼でもないとは。

 いや、実のところ、「小学生が飼っているペットが逃げてしまって、その捜索依頼を親御さんと一緒に頑張って書いたのだろう」みたいな推理をしていた。あくまで状況証拠と経験からくる勘でそう考えられるというだけなのだが、いやはや早計だった。これでは探偵失格ではないか。これからはこういったケースも考慮して仕事をしなければならないのか。勘弁してほしいものだ。

 おおむね、近所の悪ガキどものイタズラだろう。いしなりさま?という架空の存在で遊んでいるらしい。国語の教科書にでも載っていそうな詩に見えるが、意味が分からない。子供の発想とは末恐ろしいものである。

 はぁ、とため息をつく。なんとも馬鹿らしい。私は忙しいんだ、こんな遊びに付き合っていられるか!……と言いたいところだが、あいにく今日は探偵業の依頼はない。いや、すこし見栄を張った。今日どころか、少なくとも一週間は依頼がない。所謂閑古鳥である。まぁ、別に収入源があるので生活に困るというワケではないのだが、いかんせん暇である。今日もビラ作りをしながら駆け込みの依頼者を待つパターンになりそうだな、と苦笑いし、イタズラの手紙をゴミ箱へやった。


~~~


 「本日の業務は終了しました。」

 オフィスに鍵をかけ、家路につく。相も変わらず、暇な一日を終えた。

 なんとなく分かってはいたのだが、探偵はそう忙しい職業ではない。忙しい方が稀である。これで食っている人は前世でどういう徳を積んだのだろう。

 ふと、奇妙な手紙を思い出す。「いしなりさま」。そもそも、これはどういう漢字を充てるのだろうか。いしなりさまなりさま?いや、仮に「いしなりさま」が伝承的に語り継がれている可能性を考慮するなら、「いしなりさま」は別の似た単語が訛って変化したモノとも考えられる。鹿ししさま、が変化したのだろうか。その場合、鹿威ししおどしを聞いた人が、その音を山神のコンタクトだと勘違いし、鹿鳴り様、として崇めたのかもしれない。

 などと一人考えていると、すぐに家に着いた。どうやら、ことのほか起源当てゲームに熱中していたらしい。これほどに尾を引かせるのなら、さぞ悪ガキのイタズラは大成功だろうと――


 ――凍り付く。

 自宅に入ろうと、鍵を差し込もうとした瞬間。

 自宅の郵便受けに、

 恐る恐る、茶封筒の表面を垣間見る。頼む、ただの手紙であってくれ――


 「たなかさま」


 あの字だ。拙い字。オフィスのエントランスドアに挟まっていた。あの茶封筒。なぜここに?捨てたはずでは?また誰かのイタズラ?じゃあ、どうやって住所を?

 ……ダメだ。分からない。

 背筋に何か冷たいものを感じながら、自宅に入る。大丈夫だ、鍵は締まっていた。強盗や不審者の類ではない……と思う。家の前に変なものを置いて、住人の行動をあぶりだそうとする。空き巣のじょうとう手段だが、わざわざこんな変な手紙を用意する意味が分からない。それなら演出家を志望した方が性に合ってるんじゃないか、犯人さんよ。

 だが、誰かが隠れている可能性も捨てきれない。そう考え、RPGの勇者よろしく包丁と鍋蓋を持って自宅内を片っ端から確認していった……が、不審者の類は確認できなかった。

 とりあえず自宅内の安全を確認し、えもいわれぬ不安を感じながらも、その茶封筒におもむろに手を伸ばす。読まずに捨ててしまおうか。だが、この奇妙な出来事を解き明かせるようなヒントが書かれているかもしれない。こう考えてしまうのは職業病だろうか。もしかすると、こうやってやきもきとさせるのが犯人の狙いなのではないか。考えるだけ無駄な文章に時間を取られていると、少し腹立たしくなってきた。

 ……考えていても仕方がない。読もう。オフィスの時と同じく、一枚の折りたたまれた紙に赤い文字。同一犯だと考えて差し支えないだろう。して、その文章はというと、

 

 「いしなりさま からん ころん からん ころん

  おおきな み おおきな おなか

  うれしいな うれしいな ぶらん ぶらん」


 一瞬同じものに見えたが、どこか違う。少なくとも、最後の文は「からん ころん」で締められていたはずだ。まさか、別の手紙なのか。

 本当に意味が分からないぞ。そもそも意味はないのか?ぶらんぶらん、とは一般に、何か吊るされているものが揺れるときの擬音だと思うが。あぁクソ、一通目を捨ててしまったから詳細を確認する術がない。

 あまりにもヒントが少なく、犯人の意図もよく分からない。あれこれ考えても答えが出ないし、手の込んだイタズラだと思うことにしようか。……うん。それがいい。それが……。

 この手紙については、もう考えないことにした。その方がいいと直感が告げているような気がする。これ以上踏み込むなという、セーフティ的な第六感がはたらいているのだろうか。よくあるじゃないか、こういうホラー映画が。土着信仰みたいな。関わったが最後、呪いに巻き込まれるような……。

 いかんな、寒気がしてきた。こんな手紙、早いこと忘れてしまおう。呪いなぞあるワケがない。怖いと思うから怖いのだ。これはしょせんイタズラ、悪ガキの思い付き――

 寝る前に気分が悪くなってしまった。最悪だ。こんな時は、酒をかっ食らって寝るに限る。そうだ、それがいい。

 そうして私は、ワイン二瓶と缶ビール三本を開け、深く微睡まどろむのだった。


~~~


ぶらん。

ぶらん。


何の音だ?


ぶらん。

ぶらん。

ぶらん。


何かが揺れるような。


ぶらん。

ぶらん。

ぶらん。

ぶらん。


いや、それだけじゃない。

別の音も混ざっている。

なにか、硬いものが擦れるような……。


ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。ぶらん。


からん ころん


~~~


・とある新聞記事の切り抜き


【首つり変死体】〇〇市××町で30代男性の変死体が発見される

18日15時ごろ、〇〇市××町の公園で、30代男性が死亡しているのを通行中の男性が発見し、110番した。

〇〇県中央警察署によると、男性の腹部には大量の石が詰められており、公園内の木に括りつけられたロープで首をつっていた。死因は縊死いしとみられている。

その後の調べで、同市内居住の田中浩二さん(35)と判明。同署は自殺とみて捜査を行う予定。


~~~


・とある通話履歴


 「あぁ~、もしもしぃ?俺だけどぉ。」

 「なんね、俺やけどって。オレオレ詐欺かいな。」

 「いやいや、ごめんってぇ。浩二やがなぁ。」

 「アンタ、酒飲んでんの?ふざけた喋り方しよって。で、何の用。」

 「いやぁな、そろそろ帰ろうかと思ってよぉ。探偵なんかぁやめて。ここんとこ、客も来ねぇしよぉ。一回母さんとこ戻ってよぉ、人生リスタート!ってことでよぉ!ガハハ!」

 「酔っぱらってる状態で言われても嬉しかないよ!シラフん時に言いな!……でもまぁ、アンタ、やっとまともに働く気になったんか。長かったなぁ、土地じゃなんじゃ持ってるからって就活サボって。人間ね、金持っててもね、働かんとダメになるよ。精神が腐るんよ。まだアンタにマトモな人間の気持ちが残ってて、お母さん安心したよ。アラサーでも、人生やり直しは効くもんやから。でも、帰ってくる前にアルコールは抜いて。格好整えて。普通の靴履いてよ。探偵で何してたんか知らんけど。」

 「はぁ~?靴ぅ?いやいやぁ、今履いているのは普通の靴よナイキの。なんで?」

 「だってアンタ、今下駄かなんか履いとるやろ?って。うるさいで。」


~~~


・とある民俗学者のメモ


10月20日 水

 この村には、いしなりさまという土着信仰があるらしい。漢字は石鳴様と書くとのこと。村長に聞いたので信憑性高。

 起源について:この村では昔、不作によって長い間飢饉が続いた時期があるらしい。その時、村人は飢えをしのぐために、細かな石を飲み込んでいたらしい。何故草や虫ではなく石を食べたのかは不明。もう少し調べる必要あり。


10月22日 金

 村長だけでなく、他の村民にも石鳴様のことを聞いてみたが、手ごたえなし。

 そろそろ潮時かもしれない。まだ謎は多いが、撤収の準備。


10月23日 土

 今朝、山の方に太った女の子が一人運ばれていくのを見た。ぐったりとしていたので周りの大人たちに大丈夫かと尋ねたが、問題ないとのこと。よく分からない。山の方に診療所があるのだろうか?それに記憶違いでなければ、あの女の子はあんなに太っていなかった気がする。


10月25日 月

 村長の機嫌がやたらとよかったので、気になって聞いてみたが、どうやら石鳴様の思し召しが得られたとのこと。その日振る舞われた夕食が豪勢だったのを鑑みるに、どうやら石鳴様は豊作をもたらしてくれる存在らしい。かつて飢えをしのぐために石を食べていた村人が神格化されたのだろうか。よくある話だ。


10月26日 火

 実がった、実がった、と朝からお祭り騒ぎ。だから昨日の夕食は豪勢だったのか。やはり、石鳴様は豊作と関係があるとみられる。


10月29日 金

 つぎは 私の番

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「いしなりさま」 @N0N0C4

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ