ポケットの中の相棒よ
松本まつすけ
不運は"重なる"もの
これはしたり。やらかしてしまったものだ。ポケットに突っ込んでおいたスマートフォンを落っことしてしまったばかりか、そのまま階段を転げ落ちてしまうとは。
不注意と不運が重なると、ろくでもないことになる。
衝撃吸収型の階段でも開発されてくれないものだろうか。そんなどうしようもなく途方に暮れた気分で、歩道橋の階段を降り、カラータイルの上で無残な姿を晒すご自慢の相棒を手に取った。
「あーあ、こりゃあダメだ」
画面が割れてしまって、真っ暗になってしまっている。こんな蜘蛛の巣が張るような割れ目ができるものなのかと逆に感心してしまうほどだ。
しかし、笑っていられない。この後は大事な待ち合わせがある。これでは連絡を取ることすらままならない。
どうしようか。そう悩もうとしていた、その矢先だ。
聞きなじみのある一昔前に流行った音楽が、目の前のガラクタから流れてきた。
まだ生きているのか? 相手は誰だ?
あいにくなことに、画面は暗闇を映すばかりで何も見えやしない。
着信に出ることはできるのかと耳に当てるも、呼び出しの音楽がうるさくなっただけで応じられない。画面をトントンと叩いても同じこと。
そろそろ時間だっただろうか。ええと、時間は。そこで思わず、ポケットに手を突っ込んでスマートフォンを見ようとしてしまう。なんてバカな。
それは今、自分の手の中にあるではないか。冷静にならなくては。
あたりを見回してみるが、そう都合よく時計は目につかなかった。
「仕方ない、急ごう」
ここからだとまだ距離はある。走らないことにはどうにもなるまい。
スマートフォンときたらまだご機嫌にギャンギャンと演奏してくれているものだから、多分相手も相当怒っているに違いない。
既に何コール目になっているのかは知らないが、ぼんやりする間も惜しい。
歩道橋を駆け戻り、また降りて、次の点滅信号を突っ切り、走る走る。
意外と息切れも早い。マスクが鬱陶しくなって外してしまう。どうせするもしないも自己判断の時代だ。咎めるような警察もそうはいまい。
繁華街まで着くと、これまた人通りが多い。
だが、待ち合わせはここを抜けた先にある駅前。
幸いにも、スマートフォンは依然として陽気だ。
ぶつからぬよう細心の注意を払い、人の波をすり抜けていく。
もう少し、もう少し。駅はもうそこに見えている。
ああ、相手の姿が見えた。こっちに向かって走っている。
「「すまん、遅れた!!」」
何故か声がハモって聞こえた。
ポケットの中の相棒よ 松本まつすけ @chu_black
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