199年 秋 邯鄲奪還戦 

第127話 こいつぁ無理っつぁー作戦、看破!

――袁煕


 急げ急げ急げ。

 俺の魂はメロスよりも早く走っているが、行軍はいたって普通の速度なのがもどかしい。

 遅々として進まないわけではないが、度々足を止める理由もあったのだ。


「あ、貴方様のお陰で、冬を越せそうです。どうぞご尊名をお教え頂きたく」

「いや、俺は軍務の最中であるので、糧秣を管理している兵に労いの言葉をかけてあげてください」


 ここ、仇由は顕甫ちゃんの元統治場所である。


 ははぁ、と額を地にこすりつけて感謝する民衆たち。

 身分が高い者に平身低頭するという義務感ではなく、喜びの気持ちであるというのがまだマシというものだ。

 ふんぞり返っているのは気分が悪いし、俺のガラじゃない。


「に、つけてもだ……」

「中山の荒れよう、まさかここまでとは……まさに張燕は悪鬼の化身なり」


 バフ効果で政治力が爆上げされている許攸を、行く先々での支援担当者に任命した。その彼の目をしても、尋常ならざる荒廃具合であるという。


 つまるところ、張燕は進軍中の村々を襲い、焼き、奪ってきたってわけだ。

 やってくれたよ、マジで。


 邯鄲周辺は顕甫ちゃんが、その性癖故に意地でも繁栄させたという奇跡の地だ。

 顔だけスーパーサイヤ人だった顕甫ちゃんだが、人が変わったように内政に勤めていた。そのため、現地住民は袁家に懐き、税も滞ることなく収めてくれたという。


 実に素晴らしいサイクルで回っていたのだが、一匹のネズミのお陰でぶち壊しだ。

 

 俺の目の前に広がるのは、村だ。

 軍が到着したときは、民衆は無気力に地べたに転がるか、焼けた家屋の残骸に寄りかかっていたのみである。


「え、袁の旗……ま、まさか……若殿様では?」

「おい、詮索するな。若殿様は謙虚で有名な御方なんだぞ。バレたら大変なことになる」


「そ、そうだな。でも嬉しいぜ。袁家の御方々は我らをお見捨てにならなかった」

「末姫様のご統治も素晴らしかったしな。河北は袁家に従うのが道理だよ」


 漏れ聞こえてくる声は明るい。

 俺は表面上は何も聞こえない振り――即ち難聴スキルで乗り切る。

 民の声は嬉しいが、出来ることならこんな惨状に陥らせたくなかった。


 秋風が顔を撫でていく。

 もの悲しい気分を増大させるが、今は凹んでいる場合じゃない。


「殿ォおおおおおお! 魏文長が部隊、前進準備完了ですぞォ!!」


 唾液が頬にへばりつく。

 裏表無き殺意が気分を高揚させるが、今はブチ切れてる場合じゃない。


「ご、ご苦労さま。では前曲の張将軍を追って、我らも進撃しよう」


 一足先に霊寿に向かった張郃と文醜。彼らならば守備兵(笑)モドキの山賊を蹴散らすことなど容易いはず。

 現にここ仇由はほぼほぼ無傷で手に入れることができたのだし。


「妙なんだよなぁ……」


 あの龐統士元が、こんなクッソガバい警備で済ませるかね。

 まさか全軍が常山の間道を通過してくるとでも? 思考はドツボに嵌っていく。生ける仲達もこんな気分を味わったんかいな……。


「中軍、警戒を緩めるな。早さも欲しいが、今は兵力を温存しておくべきだろう」

「承知しました、直ちに伝令を飛ばしまする」


 仇由に残った許攸の代わりに、陸遜・陸瑁兄弟が俺の側近として控えている。

 才気活発……っつか、将来100%才能開花するって分かってるので、安心感がやばい。

 

 前方より早馬が到来したとの報を受け、俺は一時軍を停止させた。

 既に中山国霊寿の索敵圏内である。先手の張郃に何かあったのだろうか……。


「殿、書簡を受け取って参りました。封に書かれている刻印は張郃将軍の物で間違いございません。お読みいたしますか?」

「ああ、馬上なので安定感が、ちょっと、な。相変わらず騎乗には慣れねぇか」

「承知いたしました。では僭越ながらこの陸伯言が――」


 封を切り、内容に目を通した陸遜は、大きく瞳を広げて手を震わせている。

 なんだ……一体何があった? あの百戦錬磨の張郃と、人外の長の文醜だぞ。

 やつらがワンパンマンされたら、相当エグい敵がいるということだが……。


「張郃将軍――無事に霊寿を占領。予定通り、文醜将軍の部隊が治安維持と民への施しに回っているとのことです」

「そ、そうか。それは何よりだ」


 驚かせんといて!

 危うく脳がアーク溶接されるかと思ったわ。これ以上人体実験は好ましくないので、出来れば普通に報告して欲しかったよ。


「張郃・文醜軍の被害は?」

「皆無とのことです。突撃時に足を挫いた者が二名。突き指した者が三名と」

「小学校かな? まあいい、被害が出ていないならそれでいいんだ。両将軍には作戦通りに任務を遂行せよと伝えてくれ」


 だが陸遜は動かない。

 同じく、弟の陸瑁も頤に手を当て、何事かを考えているようだ。


「どうしたんだ。何か気になることでもあったかい」

「殿、仇由で私は違和感を覚えておりました。現在の戦況を見るに、敵の策略が進行していると確信を得た次第でございます」

「兄上と同じでございます」


「今ここで説明できるか、陸兄弟よ」

「仰せつかりました。では――」


「殿、仇由は焼き討ちに会い、ほぼ全ての建物が損傷しておりました。通常であれば、現地に残るのは『多くの死体』であるはずです。ですが、比較的元気な住民が多く、敵兵の守備も合って無きが如し」


「そうだな。龐統の裏をかいた、ということではないと?」

「左様でございます。恐らく、背後を取られたときの動きを予測していたのでしょう」

 

 なんだ、何が罠だったんだ。

 住民たちが敵兵だったというのか?


「恐らく霊寿でも多くの住民が元気な状態で残されていることでしょう。そしてその先の村でも、その次の村でも」

「……兵糧攻めか」

「流石は殿、ご炯眼恐れ入ります」


 侵攻する俺たちは、顕甫ちゃんが統治していた住民を見捨てることなど出来ない。

 進軍最短路に飢えた住民を多数配置しておくことで、こちらの持久力……即ち兵糧を根こそぎ消費させられる。

 これでは包囲戦どころではない。

 敵は糧秣豊富で堅城である邯鄲に陣取っている。比較して俺たちは寒空の下、すきっ腹で延々と包囲しなくてはならない。


「鄴都から補給を回してもらうのは無理だろうか」

「敵軍が重装歩兵中心の編成であればその可能性もありました。ですが、張燕は弓騎兵主体の賊軍です。恐らくは狩られるかと」

「迂闊に後背へ回ったのが仇になったか。流石は鳳雛、やるじゃんよ……」


 包囲してる方が全滅必至とか、笑えない冗談だ。

 さりとて今更進軍を止めるわけにはいかない。なぜなら俺は、俺たちは、放置されている多くの民衆を見てしまったのだから。


 彼らを放置して軍を返すということは、民草の餓死を是認するということになる。

 これが仁の道のなれの果て、なのかもしれない。


「……ふぅ。なあ玄徳公、貴君もこうして救いたかったんだろうか。救って救って、救い過ぎて。そして最後には自分が悪意に巣くわれたのだろうなぁ」

「殿……ん? 止まれ、何者だ!」


 陸遜が俺の前に立ち、近寄って来た者に剣を向ける。


「ま、待ってくださいよ。ほら、お前のツラが悪いからだぞ周倉」

「ハゲに言われたくねえよ、裴元紹。いいから早く文を出せ」

「おっと、そうだった」


 なん、だ。いきなり漫才が始まったぞ。

 帽子だけはやけに立派な男、周倉。そしてハゲが光散らかしている裴元紹。

 こいつら、何しに来た。いや、どこから来た?


「殿、こちらを。おお、汗でぐしょぐしょになってしまいましたぞ」

「男の芳香ってやつだな。誉れじゃ、誉れ」


「早く見せなさい!」


 うお、こええ。陸遜が切れとる。女装癖あるから大人しいと思ってたのは、ジェンダー論がセンシティブだった令和人にあるまじき発想だったな。


「ご確認くださいませ」

 えぇ……俺このぬちょぬちょの紙読むの? 流石にこれは読んでくれないんだ。


「どれどれ……差出人はっと」


 曲がりくねって、汗で滲んだ墨汁をなぞる。

 汗が超絶臭いが、目が痛むほどの刺激が脳を活性化させてくれた。


「これ、マジ?」

「まじ、とは。いえ、失礼しやした。この周倉めが上党で受け取った書状でごぜえやす。抜け道を突っ走り、晋陽まで行ったんですが、もぬけの殻でして」

「あそこは放棄したんだ。ってか結構距離あるぞ。なんでそんな元気なんだ……」


 へへ、だってねぇ。

 そう周倉と裴元紹は顔を見合わせる。


「張の旦那が、気になったと言ってたんでさ。あの方の武勇に惚れてついて来た身としては、嬉しくてションベン漏らしそうですぜ」


 やめい。これ以上場を混沌にさせるな。

 にしても、ついに立つか。

 どういう気変わりかはわからないが、こちらとしては百人力よ。


 いや、訂正しておこう。

『万人敵』だったな。

 

 待ってたぞ、張飛。

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袁煕立志伝withパワーアップセット おい、起きたら妻がNTRられる雑魚武将になってたんだが。いいだろう、やりたい放題やってやる! おいげん @ewgen

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