第126話 晋陽の戦い――あれ、この空っぽの城って……

――袁煕


 結論から言ってもいいかな?

 敵本拠地、あっという間に陥落。投降者続出で、我が軍に目立った被害なし。


「異様に士気が低かったな……何か釈然としない」

「がっはっは、殿も心配性だなぁ。俺や文醜にかかれば、こんなもんよ」

「確かにあれはキツい、敵じゃなくてよかったよ」


 城門が開くのは至極簡単だった。

 城壁の警備が薄いので、複数の工作員を投入し、内から開く。

 

 逢紀が選りすぐった暗殺部隊と聞いていたので、もっと死闘が繰り広げられるのかと思っていた。

 けれど、真に手ごわいのはステルス性を維持しつつ、無音で仕事を成す者なんだろう。


「騎馬での蹂躙ってやつを、初めて見た気がする。早く降伏してくれて助かった」

 

 俺は顔良に護衛されながら、城内の鎮圧を行った。

 生きてる者は皆殺しじゃあ、ってのは悪い手法である。袁家に付いた方が何かとお得だぞと、全員に理解してもらうのが正解だろう。


 無論襲ってきた者は対処せざるを得ないが、極少数の抵抗にあっただけで、あっけなく御座所を確保するに至った。


「しかし殿、降った奴らは元賊徒。言っちゃあなんですが、袁家の威光を損なう可能性が高いですぜ」

「一応彼らの処遇については考えてあるんだ。けど、俺のやり方が一番悪辣かもしれないな」

「そうですか。まあ殿は深謀遠慮をお持ちですからな。我らも安心して戦えるってもんですよ」


 信頼に応えるのは難しい。けれど、せめて身内が辛い目に合わないように歩んでいきたいと願っている。


「……ところでだ、顔良将軍」

「なんですかい?」


「文醜の部隊。アレどういうこと」

「……そいつはいけない、いけませんぜ。人の身では触れちゃいけねぇモンがあるんでさ」

「そっすか……」


 噂によれば、精強無比にして万夫不当の軍であると。

 平時では人々に奉仕し、まさに袁家の旗に相応しいと。


 蓋を開けてみれば、あのザマだよ。

 奇声だとか奇行ってレベルじゃない。マジで亡者の宴だよ。


「文醜は軍のことをどう思ってるんだろうか。聞いたことあるかい」

「いえ、すいません。詳しくは恐ろしくて聞けませんでした……」

「……だよな」


 まあいい、それは一旦忘れよう。

 俺は晋陽の御座所に群臣を集め、今後の対策を練ることにした。

 

 当然諸将の論調は攻撃の続行である。

 ほぼ無傷で敵の本拠を手に入れたのだ。敵が張燕・龐統であることから、慎重に動くべきという意見もあるにはあった。しかし、今はこの余波を借るべしとの方向でまとまりつつあった。


 そこに一人、異を唱えた人物がいた。


「諸将、ならびに諸先生方の前で発言するのは汗顔の極みですが、是非とも」


 恐る恐る手を挙げたのは、先日軍師見習いに昇格した陸遜であった。


「ほっほっほ、今は上級職による軍議の最中じゃ。あとで臣が聞いてしんぜようぞ」

 郭図が大先生モードで上から目線になっているが、それを強制的に黙らせた。


「構わない。実はな、俺も妙な違和感を覚えていたんだ。この不安を取り除けるならば、どんな意見でも重宝しよう」

「かしこまりました。私の献策ですが、一刻も早くこの晋陽城から全軍離れるべきかと。さもなくば、我ら袁家は滅びましょうぞ」


「随分と物騒な考えのようだが、構わない。いいか、誰も伯言を咎めるな。各自あらゆる可能性を考慮し、話を聞いてみようか」

「ありがとうございます、顕奕様」


 陸遜はくれないの唇をぺろりと舐め、滔々と言葉を紡ぐ。


「臣思いますに、晋陽城を取らせることが敵の目的であったと存じます」

「ふむ、そのようなことをして敵にどんな利益があるのだ? 本拠地を失うことほど大打撃はないと思うんだが」


「勢力内の不穏分子と、袁家の精鋭部隊を同時に壊滅させられれば、十分な利益でございましょう」


 ティンと来た。

 なぁるほど、アレか。水鏡派閥お得意の、アレ。


 博望坡の戦いでは徐庶元直が。

 新野の戦いでは諸葛亮孔明が。

 赤壁の戦いでは龐統士元が。


 OK、理解した。

 陸遜の放火魔としての才が、同じ炎の匂いを感じ取ったのだろう。


「理解した。伯言の危惧は俺の不安通りの内容だぞ。戦いに疲れて、ひと眠りってワケにはいかないな」

「流石顕奕様。して、進路には前と後ろがございますが」


 撤退するのか、それとも全軍前進するのか、だ。

 強力編集のイベントを信じるのであれば、このまま邯鄲を包囲しに行くべきだろう。だが、敵の罠が張り巡らされている気がしてならない。


「奉孝殿、伯言の意見をどう思われますかな」

「そッスね。まあ、某としては包囲に向かうべきとしか」

「なるほど。そのこころは、如何に」


 郭嘉が述べるに、以下の事だという。


 城内には恐らく火計の罠が設置されており、夜を待って一気に城ごと殲滅する予定だった。そこまでは陸遜の予言通りである。

 撤退するに路険しく、兵士たちの疲労や士気の低下は否めない。

 だが常山の間道を通りて進むは、敵の横腹を突く一撃となり、大いに動揺を誘えることだろうとのことだ。


「では全軍常山道に進軍するのがいいのかな」

「まあ最後まで聞いてくださいッス」


 敵軍師の周到さから考えて、常山道は落石・落木の罠が多数あるだろうと。

 この手の罠は犠牲者はもとより、瓦礫を撤去する時間をも奪うものである。ゆえに常山道は避けるべしと。


「何を言うか、小僧! 殿、陸家の小童や枯れ枝男の言うことは聞いてはなりませぬぞ。そう、臣は気づきました。ここは袁家の物量を活かし、じっくりと晋陽に本営を構えるのが良策かと」


 答え合わせありがとう。君は実に有能だね。


「公則殿、今は如何に敵を先んじることができるかが勝負です。それに罠の存在は俺も気にしていたんだ。ここは強権を発動させてもらおう」

「おふっ、殿がまた臣を無視……あふんっ」


 誰だよ、郭図に全言裏目と放置プレイ教えたバカ。

 もうこんなクリーチャー、宇宙空間に放りだすしかねーだろ。


「殿、逢紀殿からお預かりしている部隊が、可燃物の山を発見したと」

「許先生、お疲れ様です。そのまま捜索を続行してください。特に可燃物や油に近づこうとする輩は、即刻取り押さえるように」

「承知いたしました」


 決まったな。

 常山を抜けて鄴に向かうのは被害甚大と。ならばしょうがないね。


「全軍、鉅鹿に陣取る敵を後背より討つ。常山の仇由、霊寿を落とし、南下すると見せかける。のちに東進して中山国の曲陽に陣を構える」


 この作戦を実施するにあたり、怒涛の勢いで進軍する本命部隊と、間道を進んで罠に嵌る部隊が必要になる。


「先鋒は張将軍に任せる。武で蹴散らすだけではなく、硬軟合わせて敵の戦意を陥落せしめよ」

「謹んで承りますッピ」


「中軍には魏将軍、呂令嬢を配置。顔将軍は仇由を落としたのちに、周辺の慰撫を。文将軍は霊寿でも同様に当たってもらいたい」


「まかせときな、殿」

「ご命令、必ずや完遂いたしましょう」


 で、だ。


「公則殿、実は貴殿にしか任せられる特命があるのだが」

「おおっ、もう、殿、臣に気を持たせるのが上手ですな! うはははは!」

「済まないが諸将は迅速に出陣準備をしてほしい。それからマオ、人払いを徹底してくれないか」

「合点承知ですよ!」


 思えば長い付き合いだったな、郭図。

 ここで命ずる。


「公則殿には、奇襲部隊――即ち最も有能で最も強力な軍を率いて、鉅鹿の包囲に加わってほしいのですが」

「臣に相応しき役目ですな! お任せください、どうぞ大船に乗った気持ちで!」


 泥船なんだよなぁ。


「では公則殿、命令を下します。『常山の間道を抜け、敵の罠を破壊し、鉅鹿包囲網に加わること』」

「拝命いたしましたぞ。なぁに、臣にかかれば張燕なぞ赤子に酒を飲ませるようなものですぞ」


 いや、意味が分からん。

 まあいい、とにかく郭図には出陣してもらおう。


 晋陽で降った、元賊徒を引き連れて、罠たっぷりの常山へ。

 

 俺も心根が荒んだもんだ。

 どう考えてもここで拾った賊兵は、袁家にとって不利益。しかし降った者を斬首するのは白起並みに嫌われる行為だろう。


 いかんせん、我らが治めるのはもと『趙』の国々だ。

 白起の暴虐があった『長平の戦い』を繰り返してはいけない。


 袁家のため、ここは心を鬼にして手を汚そう。

 覚悟は決まった。いざ、中山へ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る