牧野植物図鑑 🌱

上月くるを

牧野植物図鑑 🌱





 日ごとに艶やかさを増して来た薔薇の葉の横で、重そうな雪柳が風に揺れている。

 ひと枝が長く、それぞれが純白の小花をびっしり咲かせているのでテンヤワンヤ。


 あっちを向いたりこっちを向いたり、吹かれ放題に吹かれていて統制がとれない。

「一年生整列してね雪柳」つい川柳もどきの俳句を詠みたくなってしまう。(笑)


 その向こうには、これはまた真逆におとなしく生え揃ったムスカリの低い紫紺色があざやかで、それぞれの花を吹き抜ける風は、そのつど色彩を変えるのに忙しそう。


 話題の牧野富太郎博士なら、カフェの花壇の春景をどのように表現なさったろう。

 そう思うにつけ閉業の事務所整理で貴重な資料を残せなかったことが悔やまれる。




      🌻




 十センチ近い厚さの植物図鑑を購入したのは市内の古書店だったと記憶している。

 地域版の百科事典の編纂用で、四色(カラー)なので古書でもかなり高価だった。


 もともと植物好きな性質につき、仕事以外にも書棚から取り出して眺めていたが、その愛用の図鑑を気にかける余裕もないほど、閉業の労働は心身ともにきつかった。


 だが、そろって理系好きの次世代次々世代に見せてやったらどんなに喜ぶだろう。

 そう思ってネット検索すると、朝ドラ効果だろうか、相当なお値段がついている。


 貧しいフリーランスになった現在のヨウコさんにはおいそれとクリックできない。

 で、ダメもとで地元図書館の蔵書を検索すると……あった~、それもごく近くに。


 本館まで出向くには、桜見物の観光客で混雑する道を通らねばならないので二の足を踏むが、カフェにほど近い分館に備えてあり、しかも貸し出し中でもないらしい。


 


      🌸




 開館時間を待ち、いそいそ出向いたものの、植物の書棚に見当たらず焦る。だが、その名も「農業文庫」というローカル色豊かな小部屋に収蔵されていることが判明。


 おかげで、だれもいない静かな館内で懐かしい牧野植物図鑑をゆっくりと拝読し、在野の研究者だった博士の偉業に、あらためて深甚なる敬意を表する時間がもてた。


 貴重な本を残してやれずごめん、必要なときが来たらサポートするよ、なにしろ、本は身銭をきってこそ身に着くものだからね……次世代次々世代に語りかけながら。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

牧野植物図鑑 🌱 上月くるを @kurutan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ