2章
第11話 上陸
自分の両手と脇には陽子と司の
四角に変形した針金ハンガーで大きなシャボン玉を作ると二人は目と口をあんぐりと開き。紙のはがれた
司は要領が悪く針金ハンガーを乱暴にタライに着けては振り回す。陽子は団扇の骨をタライにそっと付けゆっくり引き上げると勢いよくクルクル回る。無数のシャボン玉が陽子を包む。しばらく遊んでいると司の姿が見当たらない。周り見回すと2つの黒い人影とその手前に司が見えた。陽子も気が付くと手に持っていた団扇を捨てて笑顔で司の後を追う。二人の後を追おうとするがシャボンの泡が顔に張り付いた。
勇仁は飛び跳ねる様に目を覚ました。状況が理解できず夢と認識するのに数秒かかった。窓の外はまだ暗くSWを見ると後少しで起きる時間だった。
協同洗面所に向かうと鏡を見ないように蛇口をひねった。夢の中で張り付いたシャボンを落とす様に何度も顔を洗う。タオルで顔を拭くとようやく鏡を見た。少し神経質な顔立ちに見えた。部屋に戻り残りの荷物を纏めると忠美から“全員エントランス(寄宿舎入り口ロビー)にて待機”とメッセージが入る。エントランスで隊員に挨拶を済ませ自動ドアをくぐると湿った空気を感じて足が
昨晩雨で霧が立ちこめ路面は濡れていた。マイクロバスは港に着くと2つの黒い塊の前で停車。視界の悪い港の入り江は人影もなく。黒い
ホライゾンとキマイラはタグボートで離岸すると船尾の海面は泡立ちゆっくりと動き出す。入り江を抜けると八岐島に進路をとった。海はまだ穏やかで2隻の船は距離を保ち並走する。空から見るとエレメント(かみ合わせ)の無いファスナーが開くようだ。暫く進むとホライゾンに朝日がかかる。格納庫では2機のヘリコプターの整備、またUCAV(無人戦闘航空機) ・MQ-10ホーク(名称)の組立が行われていた。灰色の流線形ボディはどことなくカンブリア紀の生物を思わせる。作業員が両主翼のハードポイント(装備取付け部)にヘルアローⅢミサイル・アサシンブレード4発、空対地ミサイル2発取り付けている。
多目的輸送艦ホライゾン ロッカールーム 8時過ぎ
俺たちは装備に着替えると手持ち無沙汰になった。暇を持て余していると島津隊長補佐が部屋に酔い止めを持ってきてくれた。その後全員で格納庫に向かった。
「これからマガジン給弾作業を行ってもらう。っがその前にマガジンリレーをする。アルファ・チャーリー、ブラボー・デルタの2チームに別れ先頭から空のマガジンを装着・空撃ち(ファイア呼称)・脱着・隣の隊員に渡す動作を繰り返す。
陽子隊員は不慣れなため除外としマガジンリロードの演習を行ってくれ。
姉ちゃんはホッとした表情でリロードの練習を始めた。この手の訓練はよく行われるがリレーは初めてだ。チームや順番を入れ替えて行われ応援はヒートアップしてくる。途中から格納庫の作業員達の声援も聞こえてきた。ラストはアンカーで姉ちゃんも加わり盛り上がった。連帯感の様な物が生まれた…気がした。
その後マガジンの給弾作業を終え食堂で昼食を済ました。再びロッカールームに戻ると島津隊長補佐から状況説明がされた。
多目的輸送艦ホライゾン 調査指揮所 9時過ぎ
勇仁は艦長から島付近に到着する時間を聞きながら衛星が撮った写真を見ていた。21時過ぎに空港近くで光源。早朝オマエハン島からヘリコプターとヘルシー号の活動が確認された。視線の先には調査隊員の待機所のカメラモニターが見える。忠美にロッカールームの状況を伝えると忠美はCICを出て行った。
ササエルからアナウンスが入る。
「まもなくUCAV(無人戦闘航空機)・MQ-10ホークが八岐島・オマエハン島間の24時間行動範囲内に入ります。離艦後は衛星をオマエハン島に集中、以後交互にカバーします」
離艦したホークからの映像は濃い青・薄い青と白色が続いた。しばらくすると水平線に緑色の三角形が見えると三角形は大きくなった。
八岐島は現在、横2辺が長い5角形の様な形をしている。前方に大きな
「八岐空港にヘリコプターを発見、直ちに無効化します」
ホークのハードポイントからアサシンブレードが発射された。勢いよく飛んで行くと内蔵されているカメラの映像がCICのモニターに映し出された。
「着弾40秒前ブレード展開、20秒前アラート通知…目標に命中。ホークからも無力化を確認。これよりアースの追跡を開始します」
「結構、ササエル。これまでの状況を報告」
「衛星の追跡の結果、オマエハン島からヘリコプターで2回、ヘルシーで1回資材が搬入されました。上陸人数は46名。資材は梱包されているものが多く中身は不明。他には比較的大きな機械の様な物もあり、持ち込んだバギーとトレーラーで資材をけん引しています。空港に拠点…
アースの一団を発見しました。八岐島一周道路の
「何者だ」
「スラド連邦科学アカデミーの原子力技術者で2週間前から行方不明。短い期間ですが八岐島災害以前にエネルギー研究所に在籍していた記録を発見。同時に彼の妹がアースの構成員と言う事も判明しました。本名シャベンナ・イワノヴナ・イワンチェンコフ。構成員リストにはシャベンナ・トゥーレソンの名前で登録されており、数年前にスノーデン国籍に帰化しています。ノアと
また集団の現在所持している装備も判明。GP-35(40mm弾グレネードランチャー)装着AW-47(ワサビニコフ・アサルトライフル)・RPG-30が確認されており手榴弾・地雷・ドローンも所持している可能性があります。対応をお願いします」
ササエルの報告後、少し間を開けて勇仁は指示を出した。
「目的がハッキリするまで情報収集を継続。今アースが運んでいる機材の鮮明な映像を用意してくれ。他にイッターの研究所時代の写真とエネルギー研究所の設計図書(建物図面や仕様などが纏められた本)のデータも欲しい。関わるもの全てだ。それとオンライン参加者の
勇仁はササエルに指示すると艦長に連絡を取った。
「ブリッジ、こちらCICの星守だ。何か変わった事はありませんか?代表(エイデン)や本部(3SKD)から何か連絡は?」
連絡が無い事を確認すると背もたれに寄りかかり腕を組んだ。程なくして毒島から応答があった。モニター越しに勇仁の顔を見た毒島の表情は一瞬にして曇った。
「お久しぶりです。元エネルギー研究所所長 毒島博士。お聞きしたいことがあります」
「私は何も知らん。政府とヒューナレッジがやっていた事だ。今回(調査)も私は参加したくなかった。それに君たち遺族は…その目だ。私を恨んでいる目をしている」
「私はまだ何も言っていません。それに博士を恨んでなどいません。ただ事実を知りたいだけです。イッター・イワノビッチ・イワンチェンコフと言う名前に聞き覚えはあませんか?」
勇仁は先ほどホークが撮った写真とイッターのプロフィールを毒島に送った。
「この男は昔、昔研究所で会った事がある。確かスラド連邦から来ていた研究者だったと思うが」
「現在、彼は八岐島にアースアンバサダーと言う環境保護団体と上陸し行動を共にしています。お聞きしたい事は先ほどお送りした写真の機材についてです。ご協力をお願いします」
毒島は資料をさらに確認すると一瞬顔がこわばったが表情をすぐに戻した。
「映っている機材は物質を分離する時に使われる部品の様に見える。遠くからの映像だから断言出来んが」
「分かりました。ありがとうございます。先ほど言った話ですが、私は研究所時代の兄の事を聞きたいと思っていました。それだけです。では」
毒島と通信を終えると勇仁は設計図書の美原山と研究所の計画断面図を大型モニターに映した。構造は思っていた以上に複雑で地中に住む動物の巣の様に研究所以外にも幾つか出入り口が表記されている。P-1計画予定と記載されているエリアが目に入った。他にもアルファベットの頭文字に番号が書かれた表記が幾つかあった。
「ササエル、キマイラ・ホライゾンの艦長とギデオン部隊長に繋いでくれ」
多目的輸送艦ホライゾン ロッカールーム 13時
「以上が現在判明している状況だ。なおキマイラはオマエハン島の対応にあたる。そのため増援はジェットパックユニットを装備したBS部隊10名となった。
状況は
マガジンを官給後、総員LCAC-2《読:エルキャクツー》(ホバークラフト)に搭乗する」
多目的輸送艦ホライゾン ウェルドック内
俺たちは島に唯一持ち込むホロ付のトラックと操縦席後ろにある汎用スペースに別れて乗り込んだ。LCAC-2の前方ゲートが上がるとホライゾンのスターンゲート(船尾の開閉部)が下がった。海水が床に押し寄せてくる。LCAC-2の2つのプロペラが回り出すと大きな羽音の様な音がウェルドック内に響く。スカート(クッション部)が膨らみ船体がゆらゆらと浮かび後ろに動きだした。船尾には水しぶきが上がり虹が架かる。
しばらくは轟音と共に波に揺られていたが、船体が乗り上げたと思うと揺れが収まり停止した。スカートがゆっくりとしぼむとトラックから降りる。目の前には濃い木々の緑と黒い砂浜が広がっていた。全員船首に集まるとゲートがゆっくり下がる。
「みなさん、指示するポイントに一度集合して下さい」
尚美の声が聞こえるとゴーグルを降ろし浜に歩き出した。みんな歩くなかゲートの端に姉ちゃんが立ち止まっていた。姉ちゃんは俺に気が付くと人差し指を上に向け声に出さず“一番乗り”と言うと両足揃えて砂浜に降りた。島に来た実感はまだ沸かない。けど姉ちゃんの笑う顔を久しぶりに見た。
それから島津隊長補佐の指示で浜に機材を降ろす。スパイダーを起動させると周囲の安全確認。残りの荷物をトラックに積み込み元八岐港の近くのロータリーに向かった。ロータリーの中央にテント・仮設トイレを設置し終わるとあたりには夕日が差し少し風が吹いてきた。スパイダーをロータリー四方に配置すると全員夕食をとった。
20時から2時間交代で周辺を警戒する。俺達からスタートだ。姉ちゃんは特別にトラックのキャビンを寝床与えられ他の隊員は各テントに入っていった。
日が落ちると気温が下がってきた。急いでテントの手荷物からクーフィーヤ(中東地方の布)を取り出すと首に巻きジッパーポリ袋をバックパックに入れ見張りについた。アルマジロの機能のお蔭で見張りはスムーズに終わった。
交代の時間がくると俺たちはチャーリーのテントに向かう。
「司、お前はトラックに行ってこい」
ジョンの指示でトラックに近づくとトラックのルームランプが点くとサイドガラスから姉ちゃんが顔をだした。
「さぶっ。少し窓開けてたから聞こえてたんだよね。ジョンさんはいい人ね。でも全然眠れなくって天の川を見てた…ねぇ司、そこの道ちょっと歩いたら住んでた家なんだよ。後でこっそり行ってみようかな」
「姉ちゃん勤務中の行動はササエルが見てるし、隊長や補佐とか尚美主任も聞いてるかも知れないよ」
「冗談よ冗談。でも何だか不思議な感じだね。19年ま」
俺と姉ちゃんのアルマジロからササエルの声がした。
「交代時間はすでに過ぎています。早く引き継ぎを済ませて下さい」
「了解しました。姉ちゃん寒いからこれ。それとこれも。クーフィーヤは絶っ対に返してね」
俺は首に巻いていたクーフィーヤとポリ袋に入れた女性用品を渡した。
「あんた。こんなもん持ってきてるの?」
「違う違う。止血とかに使うの。まだ使った事ないけど」
「ふ~んなるほどね。ありがと。もう行かないと、じゃあ司。おやすみ」
姉ちゃんはトラックに鍵を掛けるとチャーリーのテントに歩いて行った。俺はチームのテントの前でアルマジロを外すと空を見上げた。満点の星空が目の前に広がる。何だか不思議な気持ちになったが、あくびをするとテントに入った。ブーツを脱ぐと寝袋に潜り込む。目を閉じると程なくして意識が遠のいた。
八岐島 美原山・元ヒューナレッジ財団エネルギー研究所付近 夜半過ぎ
美原山の何処からともなく象の鳴き声の様な、鯨の鳴き声にも弦楽器の様にも聞こえる音が鳴り響いた。しかし弱々しい音色は木々の騒めきや激しく打ち付ける波の音にかき消された。
PLANET:E(仮) 語楽 文章 @satoaki_m
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