第10話 大海

宿舎敷地内及び幹線道路 14時

 忠美は屋上に設置したテントに向かった。この位置から配置した全てが見渡せる。2台の望遠ビデオカメラのスイッチを入れる。その他、各所に設置したカメラで団体構成員のファイリングをする。

 各隊員は偏光グラスとイヤホンを支給してあるのでここから指示を出せる。朝ゴミ拾いをした場所に6台のバスとメディアの車が到着。こちらに向かってくる。簡易ゲートにはパトカーと“集会場、活動に敬意を表します”と書いた看板とカメラを設置。

 チャーリーが用紙を配るのが見える。番号付きの署名用紙は横真ん中にミシン目が入っており上側が署名用で住所氏名に選択式の要望と自由欄、下側には留意事項りゅういじこうが書かれている。内容は、

・防犯のため敷地内に複数のカメラがあります。

・敷地内にて迷惑行為が起きた場合、公的機関(警察)に対応を要請します。

・署名に対して応答を予定していますが、記入に不備や虚偽が確認された場合、無効 

 になります。

・当社の敷地内滞在期間は、○×○×年○×月○×日になります。

 と書かれている。

 

 数名がゲート付近で立ち往生しているが先頭集団は通路を進んでくる。メディアはUの字の内側に案内する。1時間半後、特にいざこざもなく終わり搬入もとどこうりなく済んだ(署名は183枚※内96枚が有効、他は記入不備)。途中、勇仁からスケジュールの変更通知が届いた。


 後片づけを済ませると忠美達は再びミーティングルームに集まった。

「諸君らのお蔭で何事もなく対応できた。今後の予定を通達する。

 本日15時過ぎ、八岐島にアースアンバサダーと名乗る環境保護団体が上陸した。過激思想の団体だ。現在、情報収集・対応を検討中。予定を繰り上げ明日朝出発する事になった。団体の呼称は以後アースと呼称こしょうする。

 それにともない官給品も一部変更、マダニ駆除弾薬を使用するアルファに官給予定だったMGL(40mm口径リボルバー式グレネードランチャー)を取り止める。またM890 MCS(ショットガン)からM204(40mm口径グレネードランチャー)を装着したAR-M5F(6.8mm弾アサルトライフル)に変更、全隊員に駆除、催涙、マーカー、発煙の40mm弾薬ならびに発煙・閃光手榴弾を官給する。

 続いて駆除弾薬について説明する。威力の弱い空中炸裂弾だと思って構わない。弾頭の外装は赤色、有効範囲は半径約10m、即効性の白い散剤さんざいと遅効性の赤い3mm位の金平糖こんぺいとう状の顆粒かりゅうが入っている。進行時に赤い顆粒が無い場所は散布して欲しい。なお人体に影響はないが吸引・誤飲しない事。

 アースと遭遇した際の対応になるが、基本的にはスパイダーを前列に置いて対応する予定だ。また状況に応じてだが護衛艦キマイラに乗船しているBS部隊にも応援を要請する手続きをしている。

 なお、ホライゾンのキャビン(船室)に空きが無いため前乗りは出来ない。よって消灯は通常より1時間早める。以上が現在確定した事項だ。

これより各分隊は夕食後、荷物と身支度を整えて別命あるまで部屋にて待機。

 それから陽子隊員はここに残るように、以上。解散」


「ササエル、勤務時間外の隊員と話すので記録ろぐを一時的にオフ。陽子隊員、装備の確認と射撃訓練の方はどうだった?状況が悪化したが気分は大丈夫か?」

「交代の時もそうでしたけど正直ピンとこないです。想像出来てないからだと思います。でも勇仁さんと島津さんが最善を尽くしているなら従います。私は自分にできる事を全力でやるだけです。

 装備の方は尚美さんの教え方が分かりやすくて助かりました。射撃訓練は…的に当てるのって難しいんですね」

こくな状況で丸腰と言う分けにもいかないので我慢して欲しい。正直BS部隊がいてよかったと思う。防衛隊出身のメンバーだと実戦経験が乏しいからな。代表(エイデン)の危機管理…能力は流石だ。そうだコレを渡すのを忘れていた。

 君のドックタグと携帯式防犯スプレーだ。持っているかもしれないが、これも」

 忠美はSWを一瞬みると、思い出した様に日焼け止めクリーム、2枚のドックタグと手のひらに収まるサイズの小さい筒状の防犯スプレーを束ねたネックレスを取り出した。簡単にスプレーの使い方を説明した。

「私が女性として災害後初めて八岐島に上陸すると思っていたが、先を越されてしまった。少し悔しい…冗談だ」

「島津さんも冗談言うんですね。あっこのクリームすごい高いヤツじゃないですか。ありがとうございます。それと…1つ質問いいですか?」


「答えられる範囲なら」

「私調査に参加が決まってから個人公開プロフィールを見たんですけど、島津さんはどうして調査隊に入ったんですか?」

「別に面白い話ではないが、私の家は俗に言う軍人家系ってヤツでな。歳は離れているが私にも弟がいる。当然弟が家を継ぐし私も気にしていない。だが幼少期から祖父や父の影響を受けて育った。私自身男女問わずどこまで通用するのか試してみたくなって海上防衛隊に入った。

 3級海佐までは順調だったが…組織はピラミット構造で上に行くほど狭く。高い地位に付く人間は少なくなる。簡単な話し手段を選ばない椅子取りゲームの様なものだ。自分と歳が近い者が椅子に座ると自分の番はなくなるに等しい。そんななか退職した元同僚から調査隊の話を聞いた。自分のキャリアをもっと生かせると思った。

 それに尊敬する人と同じ目的を共有できると思うと嬉しかった…そんなところだ」

「尊敬する人って、もしかして勇仁さんの事ですか?」

「そうだ」

「やっぱり、好意的にも…ですよね?」

 陽子は探るような表情で忠美を見る。忠美は、はにかんで視線を逸らした。

「なっ、なぜそう思う?」

「島津さんの態度見てれば誰でも分かりますよ。ハンナ先輩も言ってたし。それで勇仁さんには言ったんですか?」

「ハンナもそう言ってたのか?私の方からは特に…何も、私一人の気持ちで成立するものでは無いし相手の…何が可笑しい」

 陽子は興味津々の眼差まなざしでうなずくと笑いを堪える。

「違うんです。勇仁さんって周りにはすごい気を配るけど自分の事になると全然。灯台みたいな人なんですよ。って変な意味じゃないですよ。

 そう言う事ならわかりました。もっとこう。プッシュした方がいいですよ。プッシュ。とにかく私応援します」

「気持ちは嬉しいが、業務に差し支えないように…なら」

 陽子は忠美と別れると食堂へ鼻歌を口ずさみながら向かった。


調査隊デルタ寄宿舎内 19時前

 俺たちは夕食の後シャワーを浴びると部屋に戻り手荷物を纏めた。

 勇仁さん達が情報を集めてる最中だと思うけど、武器が変更されるってことは戦闘があるって事だよな。どうなるか考えても分からない。

 指を絡めて伸びをするとストレッチをした。ベッドにふくろはぎを乗せると腹筋を始めた。暫くするとカドリがパーティションをノックしながら覗き込んできた。

「おーい司もやるか?おいおい気持ちは分かるけど、今から張り切ってどうするんだよ。リラックスしようぜリラックス。お前もやろうぜポーカー、己の手札に集中する。最高のリラックスだよ」

「ちがう、夜眠れ、そうにないから、やってるだけ」

 パーティションの向こうからルーカスとジョンの声が聞こえる。

「ほっとけ、やらせておけ」

「司、ほどほどにしとけよ」

「ありがと」

 ふと思い浮かんだ事が気になり息を整えてから3人のところへ行った。

「なんだ?やっぱり混ぜて欲しいのか?」

「カドリ…やらないけど、あのさジョン。実戦って言うか初めて戦闘になった時の事って覚えてる?」

「う~ん…随分昔の事だからな~覚えてないな。二人の時はどうだった?」

「俺は工兵だったから特に。大丈夫だよ。今頃ササエルと隊長達うえ頭捻あたまひってるって。それに先頭のアルファとブラボーはBS部隊だ。俺らは殆ど関わらないと思うぜ。なっアミーゴ(ルーカス)」

「銃口を味方に向けるな。ハッピートリガー(無差別乱射)は絶対にするな」

「…わかった。気をつける。ちょっとトイレに行ってくる」



 トイレに向かうと中から物音が聞こえた。覗き込もうとすると中から出てきた源さんと鉢合わせた。

「なんだよ。ビックリした。お前もしょんべんか?」

「うん、ごめん。源さんはさ…」

 源さんにも聞こうと声をかけたが、源さんは体を横に反らし俺の後ろの方を見た。

「ウロウロしてると怒られるぞ。じゃあな」

 後ろを振り向くとタオルを首にかけた勇仁さんがこちらに向かってくる。向き直すと源さんは勇仁さんに会釈えしゃくをして行ってしまった。勇仁さんはトイレを人差し指で示すと先に入るように促した。二人分空いた位置から勇仁さんの声が聞こえる。

「こんな所で言うのも何だが、陽子の件すまなかった」

 “さぁもう一歩前へ踏み出そう”と書かれた張り紙を見ながら答えた。

「聞いた時は驚いたけど、色々大変だって島津隊長補佐から聞いた…今はもう大丈夫。ところで勇仁さん初めての戦闘の時ってどんな気持ちだった?」

「司は今どんな気持ちだ?」

 横を向くと勇仁さんと目が合った。

「みんなの前じゃ言えないけど…怖い、と思う」

「そうか…俺も初めての事は怖い。そんな時は目の前にいる味方や行動を共にしている仲間の気持ちや動きを見たり考えたりする様にしている。気の合うヤツでも、そうでないヤツでも味方が右を見ていたら自分は左を見る。味方が移動したらサポートする。そうしていると落ち着いて判断できるし視野が広くなる」

 言い終わると勇仁さんは洗面台で顔を洗いタオルで拭くと思い出した様に言った。

「それと眠れない時は味方の長所を考えた。大事な事やどうでもいい事は余計に眠れなくなるからな。まぁ参考にならんかも知れんが…明日は早いもう寝なさい」

「ありがとう。勇仁さんもゆっくり休んで、おやすみなさい」

 勇仁さんを見送ると自分の部屋に戻った。


調査隊宿舎 隊長室付近 19時過ぎ

 勇仁は自室に戻る途中、さっきのやり取りの事を考えていた。

 司に上手く伝わっただろうか、実戦はこの道(傭兵稼業)に入った誰しもが通る道。だが出来れば手を汚して欲しくない。陽子の方は島津君に気を使わせてしまった。

 二人にもしもの事が…ならない様にするだけだ。二人には言ってないが俺の戸籍は星守家から既に抜いてある。

 勇仁は自室に入ると今後のスゲジュールを作成し始めた。デスクの上にはノア・トゥーレソンの最新プロフィール(長さがバラバラのボブヘアにベレー帽。口ひげと顎髭あごひげたくわえた本人の乗船姿が映った写真付き)、自分で作成した“課題解決リスト”と調査隊全員のプロフィールが置いてある。ササエルが集めた追加の情報も含めを頭の中を整理する。


 ノア・トゥーレソン 33歳、国籍スノーデンのストックホルン生まれ、12歳の時両親と環境イベントに参加中、爆破テロに巻き込まれ両親と死別。そのご養護施設へ。地元の高校を卒業後軍に入隊。4年後暴行事件を起こし除隊、複数の環境保護団体を転々としたのちアースアンバサダーを設立。構成員の中にも軍出身者が数名いる。武器は所持していると考えていいだろう。

 衛星で確認できた上陸人数は32名、数名誤差が出るだろう。八岐島3海里内に侵入した船のうち、八耳やつみみが乗っていたであろう船は島から一番離れ他の船の様子を見てる様だった。今はダイパン港に向かっている。ダイパンに派遣したBS部隊の対応によるが早ければ明日メディアにて一報がある可能性が高い。島津官房長官と浅沼には情報を追加して資料を送ってある。他の2隻は現在オマエハン島に停泊中。


 オマエハン島はダイパン島から北に約130kmの位置にある火山島で現在無人らしいが、なかなかの歴史がある島だ。1世紀前の大戦では空と海の補給基地として使われた記録がある。またかなり前だがオマエハンの巫女みこ事件と言う漂流者達が起こした事件がある。それはさておき、収集情報の結果1か月程前からアースの構成員がダイパン島に集まっているが分かった。アースはオマエハン島に物資を集めている可能性が高い。

 八岐島が3つの海流(黒潮続流(尹豆諸島周辺)・亜熱帯循環(クァム島周辺)・北赤道海流)が交わる海域に入ると動きが遅くなる。明日には空と海の両方から物資を運ぶかも知れない。そう考えると計画的だ。場合によってだがオマエハン島はギデオンに任せてもいいかも知れない。特記事項の件は早めに片付けておいて正解だった。


 上陸したアースの行動は現在も衛星で追跡中。今夜野営の痕跡を発見できれば付近若ふきんもしくはその先に目的地があるはずだ。恐らく目的地は我々と同じ空港だろう。オマエハン島から物資、他国から人を集めるとなると空路も確保しておきたいはずだ。衛星は日付をまたぐと八岐島・オマエハン島を交互に見張よう指示した。

 アースはマダニと放射線の対策をしているのか疑問だ。抗血清こうけっせいは第6次調査から導入する予定だ。抗体こうたいを持つ生物の割り出しに時間が掛かった。応急対策で厚着をしても今の気候は厳しいはずだ…これは考えても仕方がない。

 我々は明日一刻も早く八岐島に向かいUAV(多目的無人航空機)の活動範囲内まで接近。上陸したアースの情報を収集。衛星をオマエハン島に集中。結果しだいではホライゾンに何部隊か残してキマイラをオマエハン島に向かわせる。私は八岐島に集中したい。19年も待ったんだ。

 スケジュールを作成し終わると背もたれに腰を預け見直した。

それと…先入観は持ちたくないが、情報が洩れている可能性は捨てきれない。BS部隊は直接精査できない。気になるのはチャーリーとデルタの…。


 ドアのノックが聞こえるとSW越しに忠美の声が聞こえた。

「失礼します。食堂もう閉まりましたよ。おにぎりにして持ってきました」

「もうそんな時間か、ありがとう。助かるよ。ついでで申し訳ないが準備状況は?」

 海苔の匂いを嗅いだ勇仁の表情は愕然がくぜんからほころびに変わる。

「問題ありません。調査隊員以外は間もなくホライゾンに乗船します」

「任せっぱなしですまない。これじゃあ、どちらが隊長か分らないな」

揶揄からかわないで下さい。そちらの状況はどうです?」

「今スケジュールのドラフト(仮予定)を送る。やはり1日早く動くのはデカいな。キマイラの運用コストの負担半分は少し痛かったが代表(エイデン)の修正プランを受け入れて正解だった。今送った。すまないが確認ちぇっくを頼む」

 忠美はデスクに皿を置くと調査隊のプロフィールを落としてしまった。

「すみません。すぐ拾います。召し上がって下さい」

「お言葉に甘えて、いただきます」

「隊長…」

 勇仁は話の続きが聞こえないので忠美の方を向く。忠美はまぶたを3秒程閉じた後笑った。勇仁は瞬きをすると書類を受け取った。

「ご飯粒が付いています。書類がバラバラになったのでご自分で直して下さいね」

「おっと、これは失礼」

 受け取ったプロフィールの上2枚の右上端が折られている。確認すると折り目をもどし打ち合わせの続きを行った。


調査隊宿舎 21時前

 司と陽子はそれぞれ部屋のベットの中で勇仁は隊長室で3人ともあの日撮った写真をSWで見ていた。色々な感情が込み上げてはその思いを噛みしめる。そして明日は3人揃って八岐島に向かう。だが、まだスタート地点に立ったばかりだ。そう


「「「俺(私)たちの調査たたかいはこれからだ」」」


 ぼんやりとした意識の中カドリの寝息が聞こえる。誰かが部屋の外に出て行った。のか戻ったのか…寝返りを打つと意識が遠のいていった。

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